Column

2020.09.26 11:00

【インタビュー】草彅剛『ミッドナイトスワン』─「僕の中の母性を呼び覚ましてくれた」

  • Atsuko Tatsuta

草彅剛主演、内田英治監督・脚本による話題作『ミッドナイトスワン』。まったく境遇の違う孤独なふたり寄り添い合い心をつなぐ、美しい愛の物語です。

新宿のショーパブで働くトランスジェンダーの凪沙(草彅剛)は、ある日、故郷広島から親戚の娘・一果(服部樹咲)を預かることに。“好きであんたを預かるんじゃないから”と冷たく言い放つ凪沙と、叔父だと思い訪ねてきて戸惑う一果の奇妙な生活が始まります。実の母親(水川あさみ)から虐待を受けていた一果は、バレエダンサーになることを夢見ていましたが、月謝を払うために、内緒で違法なバイトをして警察に保護された一果の姿を見て、凪沙の中でかつてなかった感情が芽生え始めます──。

オリジナル脚本と監督を手掛けたのは、『下衆の愛』などで知られる俊英、内田英治監督。その演出に応えた草彅剛は、肉体的にも心理面でも複雑な難役を見事こなし、新境地を開拓しました。また、主人公・凪沙と特別な絆でつながる少女・一果役には、本作で女優デビューを果たした新人・服部樹咲が抜擢されました。演技が初めてとは思えない、その初々しい存在感は、はやくも大器の期待がかかります。

公開を前に、主演の草彅剛さんがインタビューに応じてくれました。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──感動的なドラマですね。たいへん心を動かされました。一方で、俳優としてはトランスジェンダーになりきらなければならず、俳優としてチャレンジングな作品だったのではないでしょうか。
はい、常に新しいことをしたいんですね。まあ、どれも違う作品なので、演ればそれだけでチャレンジにはなるんですけど、今回は、ドキドキワクワクできる素晴らしい脚本に出会えたなと思います。いつもチャレンジだけど、いつもよりもさらに大きなチャレンジになるんじゃないかと思いながら取り組みましたね。

──劇中、ハイヒールを履いてましたが、女性の服を着たことによって、感情的に影響を受けたことはありますか。キャラクター作りに衣装は役立つと思うのですが。
すごくあると思います。服やお化粧とかって大事です。自分ですら普段とは違う自分に見えるので、この役になりきれるんじゃないかと思える。そういう意味でもドキドキ、ワクワクした経験でした。普段は着られないものを着ているし、ブラジャーも付けて。正直、心地はよくないですよ。カサカサするし、アクセサリーとか付けるものは多いし、女の人って大変だなって思いました。こんなに準備にかかるのかって。僕は、(着るものに関しては)男がいいなって。でも、その支度をしていく過程によって、役に入れたというところはありますね。スカートやハイヒールを履くと、脚を広げちゃいけないとか思うし。衣装は良いアプローチになりますよね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

 

──役作りで参考にしたことはありますか?
監督がトランスジェンダーの世界に気持ちがあるからこういう脚本が出来た。監督が事前に資料を用意してくださったり、実際にトランスジェンダーの方々に会う機会を設けてくださったりとか、そういったことからヒントを得て役作りしました。

──内田監督が、「草彅さんは、撮影中にどんどん心情的に入り込んで演じられる方だ」とおっしゃっていました。本作は、とてもドラマチックに物語が展開していきます。どのように自分の感情が変化していったのでしょうか。
一果とのふたりのシーンがこの映画の核になっていくと、脚本を読んで感じました。なので、一緒に芝居する時は一果の目をしっかり見たり、意図的にしていました。本当に彼女のことを守ってあげたい、愛おしいなと思うのがいちばん大事だなと思ったので。でも実際に、だんだん一果が可愛くなってきたんです。ほとんど順撮りだったので、一果のおかげで、僕の中に少しある母性のような、お母さんみたいな気持ちを呼び覚ましてくれました。

──新しい感情が生まれてきたのですか?
そうなんですよね。アパートに一緒にいるときとか、一果がすごい可愛い。不思議な感覚だったんですけど、その感覚は、僕が最初に台本を読んだときにも感じました。“母親の気持ち”は、実際僕にはわからないですけど、台本を読んだ時に涙が溢れてきた。何かわからないような、あやふやな、愛おしいような気持ちみたいなものがあった。まったく同じような感覚で、演じることができたと思います。

──凪沙の愛読書は「らんま1/2」でしたが、監督のこだわりだったんですか。
そうみたいですね。好きなんでしょうね、あの漫画が。お茶目というか。あれは監督の意見ですね。

──内田監督は、カメラテストをほとんどしないそうですね。
僕もテストしないのが好き。そこが監督と合っているんじゃないかと思います。この役は計算しても演じられないと直感的に思っていたので。自分の中でこだわりを持ち過ぎたり、女らしさとはなんだろうといろいろ考え出すと、演じられなくなる。内田監督とは最強のコンビでしたね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──内田監督らしい演出だと感じたシーンがあれば教えてください。
監督は、100人いたら100人違う。内田監督は、あまりこうしようと作り込むのは好きじゃないように思います。僕は監督の映画の、エンターテイメント性があって劇的な感じが好きですね。

──好きだったシーンは?
本当にすべて好きなんですけど、予告編でも使われている、一果を抱きしめてあげるところ。僕が仕事のためにメイクをせずに男性の格好をしているんですけど、それに一果が怒って、テーブルにあるものを全部ひっくり返すところがある。だけど、その気持ちも泣けるというか。自分の嫌な姿をしてまでも仕事をしなくていいんだよという、一果の気持ちに感動しました。でも、つっぱねた一果を自分が抱きしめてあげるシーンがすごくいいなと思いました。

──この作品を観終わった後、これまでの中で一番席を立てなかったとYouTubeで話していらっしゃいましたが、そう思った一番の要因は?
余韻が残っていたんです。凪沙の末路は劇的なんですが、最後に一果が踊っている姿は、ハッピーエンドのように見えたんです。それで僕は幸福に満たされてしまって。試写室で観たので、もちろん立ち上がったんですけど、もし映画館で観たら座ったままで余韻に浸っていたんじゃないかな。じわじわと幸福感が出てきたんです。一果、大人になったな、と。ハッピーな気持ちがしました。

──ご自身の代表作になるのではないかとも、おっしゃっていましたね。
だいたい(どの作品でも)いつもそのコメントを言うんです。いつでもその時作ったものが代表作で、集大成。作品ってそういうもの。でも、いつも言っているコメントでもあるんだけど、今回はすべて奇跡的というか、自分が意図してやっても出来ない演技とか、一果との関係性だとかがすべてリンクしていて、良い偶然が重なって、すごい作品に出られたな、と。そういった意味で、僕の代表作になるんだろうな、と思っています。

──すべてのピースが上手くはまったという感じですか。
そうなんだよね。

──作為的にならず、素直に演じたということですが、完成した映画を見て、自分ってこういう表情をしていたんだと思ったところなどはありますか?
うーん、自分の顔はあんまり好きじゃなんですよ。演じているときも、どういう顔をしようとか思っていないですね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──撮影が終わって、一果役の服部樹咲さんと別れる時は辛かったですか?
寂しいというのはなかったですね。彼女はお母さんいるしね。お母さんと僕、同じくらいの歳なんですよ。むしろ撮影を終えてほっとしたというのが強かったかな。寂しくないと言うとなんですけど、またすぐに会えると思うので、楽しみにしています。彼女は、最初に会ったときからどんどん成長しました。成長を近くで見ていると、愛おしくなりますね。これからも頑張ってよ、というか。これから彼女は女優さんとして羽ばたいていくと思いますが、最初に僕と共演したんだなと思うと、今から嬉しいですね。誇らしいです。純粋で才能豊かな子なので。将来偉くなったら、僕のことを指名して貰おうと思っています。“最初に、共演したんだから、樹咲、頼むぞ!偉くなったら、俺をおじいちゃん役とかに指名してね”とかは言っておこうか、と。

──成長は、どんなところで?
身長とかは伸びるよね。

──撮影期間はどれくらいですか?
1ヶ月くらいかな。撮影の1日目からどんどん顔つきも変わった。全然違うの。バレエを踊るときとかも。慣れとかじゃなくて、そこにあるものをすべて吸収しているんだと思って。植物みたいですよ。それは驚きましたね。期間をおいてから撮影したシーンもあったのですが、スクリーンでも全然違う。その瞬間しかできないものを作り出しているっていう感じでした。

──この映画が持っている力とは?
人を思いやる気持ちとか、他人を認めてあげること。そして自分自身を認めて許してあげる。そういうことが人の人生においてものすごい大事なんだなって思うんです。凪沙も一果も、生まれてきてずっと自分自身を許せないところがあったけれど、自分を許していく。それは他の誰かに置き換えることができる。人を許してあげる、認めてあげるということが、この作品のテーマだったり優しさだったりすると思います。

──LGBTQに関する作品も増え、10年前とは違うアプローチの作品が作られるようになってきていると思います。映画の変化について感じることはありますか。
コロナで、映画やエンターテインメントが自粛している。僕も舞台が今年あったんですけど、なくなって悔しい思いをしている。人の命がいちばん大事なので、映画だったりエンターテイメントが二の次になったりするんですけど、でも、映画の力って大きい。家で外出自粛している期間も映画をたくさん観て、心が満たされたり、楽しくなったりしました。

変わったことで言えば、気がつけば、監督の方が僕より年下になったというのはありますね。僕が知らない監督さんもたくさんいて、素晴らしい作品を撮っていらっしゃる。ジェンダーも垣根も超えて自由に作品を作って、それがひとりでも多くの心に響けば最高のことなんじゃないかなと思います。映画の世界も、もっと自由に羽ばたいていって欲しいと思いますね。コロナで難しい時期だからこそやる意味があるので、観ていただいた方には必ずなにか持って帰ってもらえるものがあるというか。この時期だからこそ観てよかったと思える作品なので。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──稲垣吾郎さんや香取慎吾さんには、いつも作品を観ていただいているんですか?
そうですね。評価っていうか、一番近い誰かが観てどういう風に感じるのか、その感想は僕にとっても参考になるので、いつも観てもらいたいんです。

──『ミッドナイトスワン』は、お二人はもうご覧になったのでしょうか?
吾郎さんは観ました。2日くらい前に。すごく褒めてくれました。特に今回は感じてくれた部分があったのか、熱く「グッドだ!」と言ってくれて。“グッドポーズ”は、吾郎さん的にはやらないポーズなので、嬉しかった。

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『ミッドナイトスワン』

故郷を離れ、新宿のニューハーフショークラブのステージに立ち、ひたむきに生きるトランスジェンダー凪沙。ある日、養育費を目当てに、育児放棄にあっていた少女・一果を預かることに。常に片隅に追いやられてきた凪沙と、孤独の中で生きてきた一果。理解しあえるはずもない二人が出会った時、かつてなかった感情が芽生え始める。

監督・脚本/内田英治
出演/草彅剛、服部樹咲、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖

日本公開/2020年9月25日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
配給/キノフィルムズ
©2020Midnight Swan Film Partners