Column

2020.09.19 8:00

【単独インタビュー】『マーティン・エデン』ルカ・マリネッリ

  • Mitsuo

作家ジャック・ロンドンの自伝的小説を、イタリアを舞台に映画化した『マーティン・エデン』で主演を務めたルカ・マリネッリ。船乗りの青年が富裕層の女性との出会いにより教養に目覚め、作家を目指し、独学で底辺から高みへと上り詰めようとする切望と激情を圧倒的な迫力をもって演じました。

本作がワールドプレミアされた2019年のベネチア国際映画祭では、『ジョーカー』(19年)のホアキン・フェニックスを抑えて男優賞を受賞。『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(17年)での怪演も記憶に新しく、7月に配信開始されたのNetflix映画『オールド・ガード』ではシャーリーズ・セロン率いる特殊部隊の一員を演じるなど、今最も話題のイタリア俳優です。

公開に先立ち行われたFan’s Voiceの単独オンラインインタビューで、マリネッリが本作での役作りや撮影について語ってくれました。

──ベネチアでの受賞、改めておめでとうございます。『マーティン・エデン』は俳優としてのあなたのキャリアの中で、大きなステップになりましたね。
はい、大事なステップになりました。ベネチアは1年半ほど前の事でしたが、本作は素晴らしい冒険だったと思います。人としても俳優としても、この美しい映画、素晴らしい監督、携わったすべての方に出会えた事は、僕にとって非常にかけがえのないことでした。

──監督は脚本を書いていた時からあなたのことを想定していたそうですが、アプローチされた時はどのように反応しましたか?
エージェントから電話をもらったときは、非常に嬉しかったです。ピエトロ・マルチェッロが僕と会いたいと聞いて、まさに「ワオ」といった反応でした。彼の映画を観たのはよく覚えていて、前作『失われた美』(15年)には涙したことを覚えています。非常に感動しました。本当にピエトロと一緒に仕事したかったので、とにかく力をつけないと、と思っていました。

それから電話をもらい信じられない感じでしたが、彼と会う前は、このプロジェクトの事については”原作が基にあるストーリー”くらいのことしか知らされていませんでした。彼と会って、ようやくジャック・ロンドンの小説「マーティン・イーデン」を映画にすると聞きました(笑)。素晴らしいことだと思ったし、非常に嬉しかったのを覚えています。それから、他の俳優たちのオーディションにも参加しました。本格的にピエトロとの仕事が始まり、キャラクターについての考えを互いに話したりするうちに、だんだんと彼のことが大好きになって、毎日がより楽しいものになっていきました。

ピエトロ・マルチェッロ監督(右)

──ジャック・ロンドンの原作もお読みになったと思いますが、どのように感じましたか?個人的に共感した部分はどんなところでしょうか。
もともとジャック・ロンドンの他の本を読んだことがあったので、「マーティン・イーデン」の事は知っていましたし、船旅の中で書かれたものと聞いて、ずっと興味がありました。映画の話が来て、原作と脚本の両方を読み始めました。どちらを先に読んだのかははっきりと覚えていないのですが、両方を読み終えた後、僕の中ではこの2つが混ざり始めてしまい、どの部分が原作から来ているのか、またどの部分が脚本から、つまり新たに創造されたものなのか、もうよくわからないんです(笑)。家族や友人など周りの多くの人にもこの原作を読んでもらったのですが、みんな感動していました。それぞれがこの本に共感できるところがあるのは、この物語が普遍的なものだからだと思います。もちろん僕自身もこの本に共感しました。ただ、特に感動した場面といった事は内緒にしているんです。このキャラクターの僕なりの解釈というのも、あと5年ぐらいは話さないようにしておこうと思っています(笑)。

──あなたはローマ出身で、ナポリの言葉の訛りも学ばなければならなかったと思いますが、ナポリで撮影したことがこの映画に与えた影響を、どのように感じていますか?
そうですね、僕は非常に幸運だったと思います。ナポリ出身の人たちに囲まれて時間を過ごし、生活できたわけですから。1ヵ月、2ヶ月経った頃には、完全にナポリの地に溶け込んでいた気がしますし、これまでにない経験となりました。

ナポリの訛りは非常に強く、本当に別の言語と言っていいようなものです。ナポリ出身でないと言葉がほとんど理解できないというか、全く言葉遣いも違います。イタリアではどこへ行ってもそんな感じで、10キロ離れるともう別の訛りがあるようなものですが、ナポリは特にそれが激しくて。方言のコーチがついてくれて、今は少し理解できるになりましたね。

それから僕は、自分なりのちょっとしたゲームをしていました。街中でお店に行ったり道端で話すときに、自分がナポリ出身のふりをして、バレないかというね。自分がうまくナポリ人になれているか、知るためです。時には、「あなたはどこから来たの?ナポリの人じゃないよね?」と言われ、「いや、この辺なんだけど、10キロ先から」と答えたりしていました(笑)。でも、バレてしまうことも時々ありましたね。ナポリは貧困や犯罪による多くの問題を抱えていますが、イタリアでも最も美しい街の一つだし、人々は皆温かく歓迎してくれる、魔法のような場所です。そのような場所で本作を撮ることは非常に大切でした。海のシーンも季節の変化が必要でしたし。ナポリはイタリアのサンフランシスコのような場所だったような気がします。

──サンフランシスコには行ったことがあるのですか?
はい。3ヶ月ほど前に家族と一緒に、サンフランシスコからロサンゼルスまでロードトリップしてきました。サンフランシスコにいた時にオークランドに足を運び、ジャック・ロンドン像に対面してきましたよ。像の前に立ち、足元に記された素晴らしい言葉を読んでいると、非常に感動させられました。いよいよ始められるという感じがして、本当に魔法のような瞬間でした。

──訛り以外では、この役に向けてどのような準備を行ったのですか?
この映画には一般の方も多数出演しているのですが、その方たちとも時間を過ごしました。ずっとというわけにはいきませんでしたが、彼らと一緒に過ごす時間が大好きでした。お店をやっている人だったら一緒に働いたりしてね。特にカルツォーネ役のペッペと一緒に仕事をしたのを覚えています。でも僕にとっては、ピエトロがある意味一番の相手で、彼の後を追っていました。ナポリの街を彼について何日も周り、彼の言葉や詩の奥深くに入り込もうとしのたを覚えています。僕にとってはとても大切なプロセスでした。それから、体作りもしたし、映画を観たり、ジャック・ロンドンやマーティン・イーデンに関する資料を読んだりもしました。

──映画の前半と後半でのマーティン・エデンは非常に異なる人物となっていますが、この違いを表現するのにどのようなことを心がけたのですか。
この映画は2回に分けて撮影されました。最初は夏の始まり、そして後の方は冬の始まりに。ピエトロは、光や天候といった物を含め、全く異なる環境や雰囲気の中で撮影することを求めていたからです。僕自身も、後半部分は違ったものに見せないといけないと思っていたので、そのことはとても嬉しかったです。

前半のマーティンは、非常に力強くエネルギーあふれるハンサムな若い男性ですね。後半では、完全に”失ってしまった”ことに集中していました。僕にとってはほぼ別の映画のようでしたね。完全にとは言いませんが、なにか違ったものを始めるような感じ。前のキャラクターが、自分の遠く、古い記憶の中に存在してるようなものでした。それから、見た目も新しくする必要があり、その点では非常にうまくいったと思います。”堕ちていくロックスター”のようなものですね。それに合わせて外見は作っていきました。

“堕ちていくロックスター”としたのに厳密な理由があるわけでもないのですが、そんなイメージを持たせたかった。ロックスターのような人気を集め、今はその隆盛の終盤に差し掛かっている。前半からは、髪型も服装も変えたし、時の経過を感じさせるという意味で、歯に汚れをつけました。こうした服装やメイクアップをはじめとした外見的な変化は非常に良かったと思いますし、自分の中に溶け込んでいく感じがして、後半で再スタートを切ると言う意味で、とても役立つ外からの助けとなりました。

──前半と後半、どちらが演じやすかったといったことありますか?
前半も後半も、結局は僕がマーティンの感情の”フィルター”になるわけですから、彼の感情を理解し、自分なりに解釈しなければなりません。彼の感情が僕を通して表現されていくなかで、僕の中にあるものも、付け加えられるわけです。

ただ、前半の方がより訛りの強い言葉で話していたので、比較的難しかったかもしれません。後半では、少し訛り気があるくらいのイタリア語にしたので。でも話せる事はそれぐらいかもしれません。この2つはもう完全に異なる雰囲気の中で撮影した全く異なるもので、どちらも難しかったわけではありませんが、挑戦ではありました。やはり前半の訛りが最も大変だった気がします。時にはアドリブをしなければならないのに、言葉のせいで自信が持てなくなってしまいます。特に初めの方はそうで、だんだんと楽になっていきましたがね。

──Netflix映画『オールド・ガード』であなたが演じたニッキーは、日本でも特に話題になりました。『マーティン・エデン』でも愛というテーマが、非常に異なる形ながら登場しますが、この2作で描かれる愛について、あなた自身はどのように考えていらっしゃいますか。
まず、『オールド・ガード』が素晴らしい反響を呼んだことを、僕はとても嬉しく思っています。シャーリーズ(・セロン)をはじめ僕ら全員が、この映画に向けて本当に一生懸命がんばったので、とにかく嬉しいです。そしてあなたが話した通り、それこそが僕がこの物語を大好きになった理由です。もちろん他にも理由はありますが、この映画が世界に広げようとしている愛のメッセージというのは、この映画の中でも最も美しいものだと思いました。

『マーティン・エデン』の愛は、彼自身の助けにならないものです。余計な幻想を与えすぎるものを、彼は追いかけてしまった。一方で、900年も愛し合っているニッキーにとって愛は本当に最高なもので、それこそが彼らの原動力となり、ポジティブさをもたらすものとなっています。僕はニッキーの心が大好きだし、それから様々な困難に対する彼のアプローチの仕方というのも、非常に気にいっています。彼はいつも皆のことを気にかけている人物ですから。

──続編のオファーはもう来ているのですか?
いいえ、まだ何も(笑)。でも続編はぜひ喜んでやりたいと思っています。

──最後の質問ですが、俳優として最も楽しさを感じるのはどんなところでしょうか?俳優としての目標があれば、教えてください。
うーん…(※かなり悩んでいる様子)、答えが出てこないから最後の質問にならないかもね(笑)。

……よく分かりませんが、僕にとっては本当に最高の仕事ですが、常に覚えておかなければいけないのは、これは仕事であること。そのためには一生懸命勉強もしなきゃいけないし、真剣に向き合わなければなりません。でも僕にとっては世界で1番の仕事です。演じることが大好きで、特に『マーティン・エデン』は、今後も続ける力を与えてくれました。本当に美しい体験でした。目標ははっきりとは分かりませんが、今後も自分が本当に気に入ったプロジェクトに携わりたいと思っています。これまで僕が携わったプロジェクトはどれも心から傾倒していたもので、どのプロジェクトのことも信じていたし、これからも、自分自身、それから周りの人への尊敬を忘れず、出来る限りのベストを尽くしたいと思っています。

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『マーティン・エデン』(原題:Martin Eden)

イタリア、ナポリの労働者地区で生まれ育った貧しい船乗りのマーティンは、ブルジョワの娘エレナに恋したことから文学の世界に目覚め、独学で作家を志すようになる。幾多の障壁と挫折を乗り越えてついに名声と富を手にするが…。果たして彼を待ち受けるのは希望か、絶望か──。

監督・脚本/ピエトロ・マルチェッロ
脚本/マルリツィオ・ブラウッチ
原作/「マーティン・イーデン」ジャック・ロンドン(白水社刊)
出演/ルカ・マリネッリ、ジェシカ・クレッシー、デニーズ・サルディスコ、ヴィンチェンツォ・ネモラート、カルロ・チェッキ
2019年/イタリア=フランス=ドイツ/イタリア語・フランス語/129分/カラー・モノクロ/ビスタ/5.1ch/字幕:岡本太郎

日本公開/2020年9月18日(金)よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
配給/ミモザフィルムズ
後援/イタリア大使館、イタリア文化会館、在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
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