Column

2020.09.13 8:00

【単独インタビュー】『窮鼠はチーズの夢を見る』成田凌 × 行定勲監督が語る今ヶ瀬の役作り

  • Atsuko Tatsuta

『ナラタージュ』(17年)、『劇場』(20年)などさまざまな恋愛のカタチを描いてきた行定勲監督の最新作『窮鼠はチーズの夢を見る』。圧倒的な心理描写で多くの支持を得た水城せとなの傑作コミックの奇跡の映像化としても注目されています。

今ヶ瀬(成田凌)、恭一(大倉忠義)

学生時代から「自分を好きになってくれる女性」ばかりと受け身の恋愛を繰り返してきた大伴恭一(大倉忠義)は、大学時代の後輩で今は調査員として働く今ヶ瀬渉(成田凌)と7年ぶりに再会した。不倫現場の証拠を突きつけられた恭一は、妻との生活を守るため、恭一を慕う今ヶ瀬のキスを受け入れる。やがて独身に戻った恭一の部屋に今ヶ瀬が転がり込み、ふたりの生活が始まった。「俺は、お前を選ぶわけにはいかないよ」という恭一だが、果たしてふたりの「恋」はどこへ向かうのか──。

公開を前に、恭一を一途に思う今ヶ瀬を演じた若き実力派・成田凌と行定監督が、その制作過程をFan’s Voiceのインタビューで明かしてくれました。

左より:成田凌、行定勲監督 Photo: Kisshomaru Shimamura

──おふたりの再会は、どのくらいぶりですか?
行定 3月の取材以来かな。

成田 痩せました?

行定 めちゃめちゃ痩せた。コロナ痩せだね、飯を食わなくなった。いま、ここ数年で一番痩せているかも。30代後半くらいな感じ。朝と昼だけで、夕食はほとんど食べない。それがいいってことがよくわかった。夕飯食べると、翌日に堪えるんだね。朝、腹減って起きるっていいよ。

成田 わかります。それ、最高ですよね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──では、早速『窮鼠はチーズの夢を見る』のお話を伺っていきたいと思います。大倉忠義さんと成田凌さんというふたりのキャスティングの妙が本作の大きな魅力につながっていると思います。キャスティングでは成田さんが先に決まったとお伺いしました。
行定 成田は、ずっと気になる俳優だったんですよね。毎回、彼が出ている作品を観るたびに、同じことを絶対にしていない。かといって、これみよがしにカメレオン風に役作りしているわけではなく、人としての素直な感じが伝わってくる。受け身の時もあるし、自分から発信しているようなときもある。両方出来る人。脇役でも光るけれど、おそらく主役を演る俳優なんだろうな、と思っていた。そんな時、映画祭で永瀬正敏さんに会って、“そういえば、『カツベン!』で成田君と共演するんですよね、彼はどうですか?”って聞いたら、“彼は映画の人ですよ”って言われたんです。永瀬さんはいい加減な事を言う方ではないので、そのひと言だけで十分で、それ以上は根掘り葉掘り聞かなかったんですけどね。で、(成田の所属する)事務所に脚本を送ったら、恭一、今ヶ瀬のどっちでもやる、という返事がきたんです。それで、一旦考えた。

──どちらの役でもよかったというのは?
成田 魅力的じゃないですか、どららも。恭一でも、今ヶ瀬でもやりたかった。なによりも行定さんから話が来たことが嬉しかった。僕のこと知っててくれたんだって(笑)。今ヶ瀬の役に決まったときは、驚きませんでしたけど。僕は、きっと今ヶ瀬なんだろうな、って思っていたので。

Photo: Kisshomaru Shimamura

行定 僕は、前にどういう役を演じてたかとか、あんまり気にしない方なんだけど、『愛がなんだ』という作品で成田が演じた役は、作りやすいキャラクターじゃないんだけど、役作りをなんかちょっと複雑化していたんですよ。ファジーというかね。なんか、匂いをつくる役者だな、と思った。廣木(隆一)さんの『ここは退屈迎えに来て』も全然また違う顔していた。それらよりも、今ヶ瀬はもうちょっと輪郭の濃い役なんだけどね。実際の自分のセクシュアリティとも違うし。そういう意味では、永瀬さんの言っていた“映画の人”であることが重要だった。心構えと準備がこの役には必要だった。しかも、この本を読んで欲しいとかこの映画を観て欲しいとか、こちら側からオファーする準備じゃなくて、自分の中で、この役を見つけ出してからじゃないと今ヶ瀬を演じる覚悟はできないんじゃなだろうと思った。演出家がわからない部分は、俳優が作っていくしかない。成田はそれを作れる。

成田 最初の衣装合わせの時に、行定監督と意見が一致したのは、今ヶ瀬は目が濡れているってことだったんですね。今ヶ瀬は、濡れた雰囲気を纏うことが大事だったんです。“演じる”のではなく、“纏う”。役作りとしては、実際に、もともと女性が好きな男性とお付き合いをしているカップルの方にいろいろお話を聞きました。タバコの銘柄とかも、何吸ったらいいですか、とか。“今、紙のタバコ吸っているゲイなんていないよ。もし吸うならセブンスター”といわれて“ああ、そうなんだ”と。

──監督からは、役作りに関してなにか注文はあったのですか?
行定 特にないですよ。成田自体にいい意味で欲があるから。芝居する欲もある。成田とはいい時期に出会えたなと思います。どこかで壁にぶつかるかもしれないけど、今の成田は、なにかを吸収したり、自分の糧にしたり、表現する面白さを、ちょうど掴んでいるところ。これまでいろんな若手の人を見てきてけれど、日本を代表する俳優になっていった人たちの若い頃と同じ匂いが明らかにする。やっぱり永瀬さんの一言は間違いなかった。“あの人は映画の人”。

成田 ありがとうございます。その言葉は、何回聞いても鳥肌が立ちます。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──ふたりが最初にお会いしたのは?
行定 最初の衣装合わせかな。

成田 そうですね。勝手に髪の毛染めていったら、“黒でいい”って言われたのを覚えています。

行定 染めるのもありだけど、まあ、今ヶ瀬は染めなくてもいいんじゃないかな、と思ったんだよね。でも、現場でも僕の場合は、役者とは密なやりとりってあんまりないんですよね。最初に打ち合わせをしたら、やりたいようにやって、という。俳優にはそれぞれちゃんとプランもある。役のエッセンスのようなものを血肉化するという作業をするのは俳優なんです。今ヶ瀬役も、最初は男っぽくて、それはそれでいいんだけれど、(演じていて)段々心が開放されると、女性的ものが見えてくるというのが、驚異でしたね。演技ってすごいなと思うのは、肉体と直結している。

成田 なんかね、そういう風になっていくんですよ。

行定 “女性”を演じてもらうつもりは、まったくなかったですね。なんかそうなっていくんですよ。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──行定監督は、いろいろなインタビューで“成田、可愛いんだよ”って発言されていますね
成田 現場でも言ってましたよね。

行定 成田、可愛いんだよ。芝居でいえば、女優に勝てるか、というのがある。女優より可愛らしく見えるところって、ちょっとした仕草だったり、相手がツレなかった瞬間に見える態度だったりする。大倉忠義という相手が、絶妙だったのかもしれないね。原作だとちょっとうろたえたり、今ヶ瀬にマジでつっかかったりするんだけど、大倉君はちょっとミステリアスっていうか、なんかあるよね。陰がある。

成田 本当ですよね。色気とか、艶っぽさとじゃまた違う雰囲気を持っている感じ。なんだろう、とくに何もしていない時も、見ている人はわかる雰囲気のようなものがある。不思議な人ですよね、本当に魅力的。

行定 なにかあるよね。陰というか。そういうと、“えーーそんなことないっすよ”とか、本人は笑うんですけどね。

成田 あのね、あの笑い方とかすごくいいんですよ。(岡村たまき役の)吉田志織さんとコーヒー飲んでいるシーンも、“ははっ”て笑うんだけど、目は笑っていない。それが大倉君の笑い方の特徴で、不思議な雰囲気がある。

──大倉ワールドがこの映画にもたらしたものは、大きいですね。
行定 大きいと思うよ。大倉と成田という、ふたりが向き合っているシーンが撮れるかどうかが、この作品には重要だった。僕は撮影現場では、こうしろああしろとはあんまり言いたくない。いつもスタッフが的確に機能している組を目指しているんですよ。スタッフみんなが的確に機能していれば、俳優にいいタイミングと空気を提供できる。俳優がテンション上げて現場に入ってきたときにすぐにカメラを回すというのは、長年培ってきたやり方なんですよね。そこを大事にしたいから、キャスティングを真剣にやるんです。撮り始めたら、俳優に任せるためにね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──キャスティングの重要性は、7、8割は占めます?
行定 そういうことです。俺は、現場で残りの3割を完全に機能させて、役者に良い環境を与えたい。まあ、撮影現場にはトラブルもつきものなんだけど。でも、成田とかを見ていると、スタッフに対する気配りもするし、いい空気を持ち込んでくる。面白いのは、成田が大倉君にも場を盛り上げようとして寄って行くんだけど、大倉君が意外にツンデレというか、空返事していて、すっとかわしたりするんだよね(笑)。

成田 やっぱり、現場の空気って大事じゃないですか。“ねえ、大倉君”とか高いテンションで言っても“ああ、任せます”とか、すっとかわされちゃう。気持ちいいくらい(笑)。

行定 あれはたぶん、大倉があの時点でなにか感じたんだね。自分より若い成田に、任せますって。自分が無理して盛り上げたりすると、多分疲弊しちゃう。自分は映画慣れしてないって彼は最初から言ってたんだけど、“映画の空気ってこんななんや”ってずっと言ってたから。

成田 そういえば、言っていた!“映画の現場って静かですね”って。でも、すごく好きですなんですよね、そういう大倉君。受け入れてくれているんですよ。そういう確信があった。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──ところで、ご本人を前に言いにくいかもしれませんが、成田さんにとって、行定監督とはどういう監督ですか?
成田 いろいろなことを、言葉にしてくれる監督です。僕自身、言葉が上手いほうじゃないので自分でなにか話そうとするとなにかが薄くなっちゃう気がして、それが嫌だなと思って口をつぐんでしまうというか。でも、監督はちゃんと言葉にしてくれる。現場でも、大倉君と吉田さんが部屋でメシ食っているシーンのリハの時、モニターで見ていたんですけど、なんか上手くいってないなと思ったんですよ。本番前に、ふたりに寄っていって少し何か話したら、本番はめちゃくちゃ面白くなってるんですよ。これって、すごいな、行定さんのマジックだと思いました。映画ってすごいな、と改めて感じました。

行定 いやいや、演出が前に出過ぎないほうがいいんですよ。キャスティングが7割占めるというのは、その俳優が俳優であることの意味がある。成田凌を得たことが大きいということ。脚本からスタートして撮影まで、3年くらいかかっている。3年前は、まだ成田凌はデビューしたてで、まだ頭角を現していない頃だからね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──この作品が成田さんを待っていたってことですね。
行定 そういうことですよ。こういうめぐり合わせは、映画ではあるんだよね。

成田 お話をいただいて、どうやろうか悩んで、出来上がって好きな作品になった。コロナで(公開が)遅れたけれど、今思うといろいろ全部、良い方向に向かっている気がします。

行定 『窮鼠はチーズの夢を見る』は、完全にそんな映画になったね。『劇場』も『窮鼠』も公開延期になり、春頃は、コロナのおかげで今年はあんまり良い年にならないかもしれないって思ったけど、今はそうは思ってないんだよね。2020年は忘れられない年になるはずだから、何年か経って“あの時、何観たんだっけ?”となった時に、『窮鼠』はかなり強く残るんじゃないかな。個人がなにを考え、選択するのかがテーマの映画だから、コロナ時代には大きなメッセージになっていると思う。

成田 恋愛映画だけれど、“他人事じゃない”映画ですよね。自分から話したいと思う作品です。

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『窮鼠はチーズの夢を見る』

7年ぶりの再会 突然の告白 運命の歯車が動き出す──
学生時代から「自分を好きになってくれる女性」と受け身の恋愛ばかりを繰り返してきた、大伴恭一。ある日、大学の後輩・今ヶ瀬渉と7年ぶりに再会。「昔からずっと好きだった」と突然想いを告げられる。戸惑いを隠せない恭一だったが、今ヶ瀬のペースに乗せられ、ふたりは一緒に暮らすことに。ただひたすらにまっすぐな今ヶ瀬に、恭一も少しずつ心を開いていき…。しかし、恭一の昔の恋人・夏生が現れ、ふたりの関係が変わり始めていく。

原作/水城せとな「窮鼠はチーズの夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」(小学館「フラワーコミックスα」刊)
監督/行定勲
脚本/堀泉杏
音楽/半野喜弘
出演/大倉忠義、成田凌、吉田志織、さとうほなみ、咲妃みゆ、小原徳子
映倫区分:R15 

日本公開/2020年9月11日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給/ファントム・フィルム
公式サイト
©水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会