Column

2020.09.11 12:00

【単独インタビュー】『スペシャルズ!』ヴァンサン・カッセルの新たなる挑戦

  • Atsuko Tatsuta

『最強のふたり』のヒットで知られるエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュ監督が、構想25年の末に完成させた最新作『スペシャルズ! ~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~』。本国フランスで大ヒットし、セザール賞では9部門にノミネートされるなど、大きなムーブメントを起した社会派ヒューマンドラマがいよいよ日本公開されます。

ヴァンサン・カッセル(ブリュノ役)、レダ・カテブ(マリク役)

自閉症の青少年を支援する団体「正義の声」を運営しているブリュノ(ヴァンサン・カッセル)は、ドロップアウトした若者たちを支援する「寄港」を運営している友人のマリク(レダ・カデブ)とともに、社会からはみ出した子供や若者たちをなんとか救おうと日々奮闘している。けれど、無認可・赤字経営の「正義の声」に監査が入ることになり、閉鎖の危機に迫られる。政府や自治体に見放されたら、一体、子供や若者たちはどこへ行けばいいのか?

実在の人物をモデルにした本作で、主人公ブリュノを演じたのは、『オーシャンズ』シリーズや『ジェイソン・ボーン』、『ブラック・スワン』などハリウッドでも活躍するヴァンサン・カッセル。強面の役が多い印象の強いフランスのスター俳優を、新たなる挑戦に駆り立てたものは何か。オンラインでインタビューに応えてくれました。

Photo: Léo Laumont / FDC

──ブリュノ役は、これまでのあなたが演じてきたキャラクターとは一線を画すもののように見えますが、オファーが来たときのあなたのリアクションは、どんなものでしたか?
面白いことに、みんなは僕が演じてきた役でも意地悪な役とか悪役ばっかり覚えているんだよね。僕自身としては、いろいろな役をやってきたつもりなんだけどね(笑)。ただ今回は、役柄というよりは、エリックとオリヴィエと一緒に仕事をすることにとても興味を惹かれた。彼らは役者の人間的な部分を引き出してくれる。じゃあ僕が彼らの手にかかったらどういうものが出てくるのか、と思ったんだ。

──監督の二人とは、どのように出会ったのでしょうか?
彼らは、かなり前に僕にコンタクトをとってきた。シナリオもまだなかった頃だ。彼らは、25年くらい前に本作のモデルとなったステファン・ベナムとダーウド・タトゥに出会い、この物語をどうしても実現したいと頑張っていたんだけど、資金が集まりにくい難しいプロジェクトでもあったから、ちょっと息切れしていた。そこで、誰か俳優を想定して脚本を書かなければ資金集めは難しいと思って、僕にコンタクトをとってきた。マリク役は、レダ・カテブだった。僕もレダも脚本を読む前だったけどすぐに、やるよと返事したんだ。

──エリックとオリヴィエの大ヒット作『最強のふたり』はご覧になっていたと思いますが、どのような感想をもっていましたか?
本当に素晴らしい作品だと思った。オマール・シーはものすごくカリスマ性がある俳優だしね。エリックとオリヴィエの仕事で興味深いと思うのは、コメディでありながら、社会的な作品を作れること。僕が大好きな60年代のイタリア映画を彷彿とさせるんだ。ドラマチックな部分もあるけれど、ユーモアがあって、観客はつい笑ってしまうんだけど、シチュエーション・コメディのように“笑わせられる”という感じじゃない。

撮影の様子

──ブリュノのモデルとなったステファン・ベナムにお会いになったと思いますが。
もちろん、ステファン・べナムとも会ったよ。早い時期にオリヴィエが引き合わせてくれたんだ。彼の団体で働く人や、そこにいる子どもたちにも会った。正直、衝撃を受けた。それまで僕は自閉症というものがどんなものか、全然知らなかった。彼等に圧倒されて、この話がどうしたらコメディになるんだろうとオリヴィエに言った。彼は、“まあ、見ててごらん”って言ったけど、僕はこんなにシリアスで重いテーマなのに、どうやってコメディ的な軽やかさを出すのか、まったく想像もつかなかった。

──『スペシャルズ!』には、重度の自閉症の方やその家族も実際に出演していますね。彼らとの共演で学んだことはありますか?
まずは、僕が自閉症について何も知らないってことを実感した。でも実は、僕だけじゃなくて、自閉症については専門家でさえも明確にわかっているわけじゃない。ステファンたちも、自閉症の人たちと関わる中で手探りでやっているのが現実だ。彼らとどう対応すればいいというマニュアルはなく、常にリサーチして最適な方法を見つけようとしている。

──フランスや日本に限らず、今、このように社会のひずみの中で、見捨てられた人々、あるいは見捨てられそうになっている人々を描いた映画が多いように思います。その理由はなんだと思いますか?世の中は、より無慈悲な方向へと悪化しているのでしょうか?
増えてきているわけじゃないとは思う。映画の歴史においては、常に存在していた。ドラマチックな題材を扱うことは、常套手段。僕自身は、そればっかりをやっているわけじゃないと思う。

──この作品がフランスで多くの人々に観られたと聞いて、とても嬉しく思いました。人々が、この物語に感動する心や感受性を持っている証拠だと思うからです。上映後の観た方々の反応で、心に残っているものはありますか?
ふたつあります。これほど真っ向から自閉症を扱った作品を見たことがなかった観客が、自閉症に対しての興味をもって、感動してくれたことが僕としては驚きだったし、嬉しかった。そして、自閉症の家族たちも、こんなに関心をもってくれたことに感動していた。こうしたいい循環があったことが嬉しかったね。

──『スペシャルズ!』が反響を呼んだことで、フランスの政府や自治体などは、どのように動いてくれているのでしょうか?
ちょっとシニカルになるけど、政治家は世間で話題になっていることに対して飛びつく傾向にある。だから、この映画が公開出たときには、少し進歩したというところもあった。でも政治家を動かすために、映画を利用しなければいけないっていうのは悲しいことだよね。

──この作品は、日本ではコロナ禍の真っ只中で公開されることになりました。あなたはこの新しい困難に対して、どう対応していますか?
世界中の人々が、この特別な状況に直面しなければならなかった。仕事を失った人もいれば、都市封鎖で家から出られなかった人もいる。僕自身は、撮影が中断したことがいちばん辛かったね。

──映画界はこれからどう変わっていくと思いますか?
変化ということでいえば、そうだな、コロナ前から人々の映像に対するポジショニングが変わってきていると実感していた。映画は、たくさんある映像コンテンツのひとつになりつつあった。NetflixやAmazonなどのストリーミングが出てきたことによってね。今はこうした配信サービスが、40年代、50年代、60年代におけるスタジオのような大きな力をもっている。

近年僕は、『ウエストワールド』というアメリカのドラマに出演しているんだけど、実際に撮影に参加して、ものすごい衝撃を受けた。本当にショックだったんだ。TVシリーズだけれど、映画よりもずっと制作費も高いしね。しかも、映画のように観客動員数を気にしたり、ポップコーンなどをコンセッションを売らなきゃいけないというような、プレッシャーもない。もっと自由なんだ。映画界では、ほとんどあり得ないことだよ。

これからはそういう配信に適応して、ストーリーの語り方も変わってくるかもしれないね。ただ、物語を映像で見たいという人々の欲求は変わらない。そういう意味では、これからも映像は作られるだろうから、見る方法や語り方が変わってくることになるんじゃないかな。

第71回カンヌ国際映画祭にて Photo: Tristan Fewings/Getty Images

──あなたの次のプロジェクトは、いつから再開されますか?
2月に中断した『ウエストワールド』の撮影が10月にアメリカで再開する予定だけど、確信はないね。来年になるかもしれないし。

──今年は、フランス映画界の誇りでもあるカンヌ国際映画祭が中止になりました。今後、映画祭はまた再開されると思いますか?
もちろん!カンヌは開催されるようになるよ。開催の方法は違ってくるかもしれないけどね。人間は何にでも順応する。今、映画界はちょっと停滞しているけれど、きっとまた始まると思う。僕は全く不安に思っていないよ。ただ、コロナ危機に直面して、人々は自分自身や自分の生き方に向き合うことになった。そこからは絶対に良い作品が生まれてくるはずだ。そういう風に、僕としては前向きに思うようにしているんだ。

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『スペシャルズ! ~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~』(英題:The Specials)

ブリュノは今日も朝から大忙し。自閉症児をケアする施設〈正義の声〉を経営しているのだが、どんな問題を抱えていても断らないために、各所で見放された子供たちでいっぱいなのだ。〈正義の声〉で働くのは、ブリュノの友人のマリクに教育されたドロップアウトした若者たち。どこから見てもコワモテのふたりだが、社会からはじかれた子供たちを、まとめて救おうとしているのだ。その成果は現れ、最悪の問題児だったディランと、最も重症のヴァランタンの間に、絆が芽生えようとしていた。だが、無認可・赤字経営の〈正義の声〉に監査が入ることになり、閉鎖の危機に迫られる。さらに、ディランが目を離した隙にヴァランタンが失踪するという事件が起き──。ヴァランタンはどこへ消えたのか? そして施設はこのまま閉鎖に追い込まれるのか? 救いの手が必要な子供たちの未来は──?

出演:ヴァンサン・カッセル、レダ・カテブ、エレーヌ・ヴァンサン
監督・脚本:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
制作:ニコラ・デュヴァル・アダソフスキ
原題:Hors Normes/2019年/フランス/114分/フランス語/カラー/シネスコ/字幕翻訳:丸山垂穂/映倫:G    

日本公開/2020年9月11日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
配給/ギャガ
公式サイト
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