Column

2020.08.06 7:00

【単独インタビュー】『ハニーボーイ』アルマ・ハレル監督が父と息子の物語で長編デビューした理由

  • Atsuko Tatsuta

サンダンス映画祭ドラマ部門で審査員特別賞を受賞したアルマ・ハレル監督の『ハニーボーイ』は、2019年のアート映画界を席巻した作品のひとつだ。

12歳のオーティス(ノア・ジュプ)

ハリウッドの人気子役として活躍する12歳のオーティス(ノア・ジュプ)は、前科者で無職の“ステージパパ”(シャイア・ラブーフ)に振り回される日々を送っている。愛に飢えた少年が、不器用な生き方しかできない父親に落胆しながらも、共演する俳優や隣人の少女たちとの交流を通して成長していく姿を描いた、せつなくも感動的な人間ドラマだ。

脚本を担当したのは、『トランスフォーマー』シリーズで知られるハリウッドスター、シャイア・ラブーフ。人気子役からアクションスターへと駆け上がった順風満帆のキャリアと裏腹に、プライベートでは飲酒や事故などでトラブル続きだったラブーフだが、本作は、彼の自伝的ストーリーがベースになっている。

アルコール依存症の治療の一環として、最大のトラウマだった父との関係を書き綴ったという彼だが、リハビリ中にその草稿を送った相手が、友人のアルマ・ハレルだった。ハレルのアドバイスによりラブーフは脚本を完成させ、果たして『ハニーボーイ』は、ハレルの長編デビュー作となった。

ミュージックビデオやコカ・コーラのCM、シャネルのショートムービーなどで名を上げる一方、ドキュメンタリー『Bombay Beach』(11年)や『ラブ・トゥルー』(16年)が国際映画祭で高い評価を得た気鋭の映像作家に、長編デビューの裏側を聞いた。

アルマ・ハレル監督

──これまでドキュンタリーやCMで活躍されてきましたが、長編はやはりひとつの夢だったのでしょうか。
はい、そうですね。ただ、若い頃からこういう仕事がしたいとはっきりと思っていたわけではありません。映画監督になった人の中には、子どもの頃から目指すものがはっきりとしていた人も多いと思いますが、私の場合は、もっとぼんやりしたものでしたね。10代の頃は、ものを書くこと、ダンス、演劇に興味があって、映像を撮り出したのはその後でした。映画学校に行くお金がなかったので、全部独学でした。ミュージックビデオ、コマーシャル、ドキュメンタリー、そして映画に辿り着いた。でもそういう道のりがあったからこそ、いま私が作っている作品には、ある種の“声”というか、トーンがあるように思います。

──『ハニーボーイ』は、シャイア・ラブーフがアルコール依存症の治療の一環として書いた草稿が元になっていると聞いています。脚本を構築する上で、シャイアとはどのようなやりとりがあったのでしょうか?
シャイアとは、出会った時から意気投合しました。父親についてたくさん話し、互いに共感しました。このプロジェクトに関しては、彼がリハビリで書いたものを基に、より映画的になるように、ふたりでどんどん広げていったという感じですね。

最初は、少年オーティスと父親の関係についての物語だけで、ルーカス・ヘッジズが演じた大人になったオーティスの部分はありませんでした。でも、22歳のオーティスも登場させようと私が提案しました。私としては、シャイアが実際に体験したこと、つまり、事故を起こし裁判を受け、リハビリ施設に入り、自分について書くようになる、というところから始めるのが、このストーリーにアプローチする上で誠実だし、興味深いものだと思いました。シャイアが傑出したライターだと思うのは、彼が書いたものに対して私が感想を送ると、数日で新しい脚本が送られてきたことです。結局3ヶ月ほどの間に、彼は70稿くらい書きました。プロデューサーのダニエラ・タプリン・ランドバーグとアニタ・ゴウもこの脚本に興味を示してくれて、シャイアがリハビリ施設から出てきた後、みんなでミーティングをして、さらに脚本を練り上げました。

父親役を演じるシャイア・ラブーフ

──父と息子の話に、女性監督が寄り添っているということに驚きました。父と息子の物語を、どのように自分のものとしたのでしょうか。
私は子どもの頃、男の子みたいに育ったんです。父は息子が生まれてくると信じて、かなりお金をかけて準備したのに、私が生まれてきて大変なことになったらしく。これは私に大きな影響を与えました。父からの最大の褒め言葉は、ヘブライ語で「グレイト・マン!」でした。女の子なのに、“男らしい”ことが評価されたのですね。

それから私の父親は、『ハニーボーイ』に登場する父親のようにアルコール依存症で、私が子どもの頃は、父は住むところも転々としていました。今も“実家”と呼べるところはなく、叔父がお金を用立てて住むところを用意したりといった感じです。子どもの頃に父親と会うときは、いつも映画館でした。いろんな意味で、自分の体験と共通する部分があったから、この物語に繋がりを感じることができたのだと思います。

──男の子のように育ったということですが、親を乗り越えたという実感はありますか?
いい質問ですね。1日かけて考えないと答えられないかもしれないけれど。なぜなら、親とのトラウマを乗り越えるのに、私自身10年ほどかかったので。経済的にも、精神的にも両親を支えられている、つまり子どもである私が彼等の親になったように感じられたとき、初めて私は自由な気持ちになれました。

また、アメリカに移り住んだことで物理的な距離が生まれて、自分がどんな風に育ったか、違う視点を持って見つめることができたとも言えますね。自分が“声”を持ったことも重要です。これまで私は、あまりお金を稼ぐことができない映像を作り続けてきました。『ハニーボーイ』は私にとって初めての、母国イスラエルで上映した商業的な映画になりましたが、映画館では私の両隣りに父と母が座りました。その時は、自分がすごく大人になれたという気持ちになったし、充足感と自由を感じましたね。

──22歳のオーティスを演じたルーカス・ヘッジズに関しては、出演作にハズレがないと言われるほど作品選びの趣味が良いですが、映画作家として彼はどのような俳優だと思いますか。なぜ良い監督に彼は選ばれるのでしょうか。
ルーカスは、なにより人間として素晴らしい人です。とてもスピリチュアルで想像力が豊か。俳優としてもとても特別で、技術面でも感服するところがあります。クリエイティブな意味で、自分が作品に何かをもたらしたいと全力で努力するタイプです。フィルムメーカーがどういう作品を作りたいのか、また、俳優に何を求めているのかを常に見極めようとするし、知的で、実際の年齢よりずっと大人です。

ルーカス・ヘッジズ、アルマ・ハレル監督

彼はいつでも何かを書いている人で、そう遠くない時期に監督もするんじゃないかと思います。なにをやるにしても、スケールとビジョンがありますね。おっしゃったように、趣味も良いです。自分にとって面白くないと思う大作の主演よりも、自分が気に入った作品の小さな役を選ぶ。実は彼は、いろいろな作品のオファーを見送っているんです。そういった決断ができるのは、あの年齢では稀なこと。私は、ライターや監督としての彼の将来も楽しみにしています。

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『ハニーボーイ』(原題:Honey Boy)

ハリウッドで人気子役として活躍する12歳のオーティスは、いつも突然感情を爆発させる前科者で無職の“ステージパパ”ジェームズに振り回される日々を送っていた。そんなオーティスを心配してくれる保護観察員、安らぎを与えてくれる隣人の少女、共演する俳優たちとの交流の中で成長していくオーティスは、新たな世界へと踏み出すのだが──。

監督/アルマ・ハレル
出演/ノア・ジュプ、ルーカス・ヘッジズ、シャイア・ラブーフ
脚本/シャイア・ラブーフ
2019年/アメリカ/95分/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:栗原とみ子/PG12

日本公開/2020年8月7日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給/ギャガ
公式サイト
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