【単独インタビュー】『君が世界のはじまり』ふくだももこ監督の「どうしようもなく特別な物語」
- Atsuko Tatsuta
2016年に小説「えん」ですばる文学賞佳作を受賞し、同年に『父の結婚』で映画監督デビューを果たしたふくだももこ。今、最も期待される若手監督のひとりであるふくだの長編第2作『君が世界のはじまり』が完成した。自らが著した2本の短編小説「えん」と「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」を原作とした青春群像劇である。
大阪のとある町。高校生2年生のえん(松本穂香)は成績が学年で一番の優等生だが、授業をさぼって幼馴染の琴子(中田青渚)とたわいもない時を過ごしていた。彼氏がころころと変わる琴子は、旧講堂の片隅で泣いていたサッカー部のナリヒラ(小室ぺい)に会った途端、ひと目で恋に落ちる。えんのクラスメイトで、サッカー部の部長・岡田(甲斐翔真)は、女生徒たちの憧れの的だが、密かに琴子に思いを寄せている。純(片山友希)は、母親が出ていったことに腹を立て、父親を無視している。東京から転校してきた伊尾(金子大地)は、父親の再婚相手と関係を持っているが、それを純に知られてしまう。それぞれに秘密と悩みを抱えた彼らが、希望と絶望を爆発させた夜、高校生による衝撃的な事件が起こる──。
どこへも行けない高校生たちが閉じこめられた“青春”を見事にスクリーンに焼き付けたふくだ。「私にとって、どうしようもなく特別な物語」という小説を自らの手で映画化した新進監督にインタビューした。
──長編第2作にして、本当に素晴らしい青春映画でした。
嬉しいです。ありがとうございます。
──この物語は、ふくださんが書かれた「えん」と「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」というふたつの短編がもとだそうですが、小説と映画はふくださんの中でどのようにつながっているのですか?
自分のしたいことを表現する、ということがつながっていて、それをひとりでやるか、人と一緒にやるのかが明確な違いですね。
──もともと映画監督を目指していたんですよね?
そうですね。まず映画の専門学校に行きました。
──なぜ映画監督だったのですか?
映画が好きだったというのはもちろんありますが、人と一緒にいたかったという気がしますね。誰かと何かをつくりたかった。文化祭みたいな感じなんだろうなって思ってたんです、映画づくりって。監督になったら、一生文化祭なんだろうなって。中学2年生あたりかな。気がついたら自分が映画監督になるだろうと思っていました。映画を観ていて、スクリーンに俳優が映っているけど、この映っていない部分にたくさんの人がいるんだろうな、ああ、監督になればこのスクリーンの中に入れるんだと、そんな風に思っていた気がします。
──その頃は、どんな映画観ていたのですか?影響を受けた作品や監督とかは?
よく父と映画を観に行っていたんです。父が、『踊る大捜査線』が大好きで、『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』が公開された頃でした。それと同じくらいの時期に『かもめ食堂』を京都の小さな映画館に父と観に行ったとき、驚きがありました。いつもはシネコンだったんですけど、ミニシアターという小さな映画館があることも衝撃だったし、今まで観てきた映画とは全然質が違うというか。とても静かで何も起こらないといっちゃ起こらないけれど、めちゃくちゃ面白いという。同じ邦画でも、こんなにも映画に幅があるんだということが衝撃でした。
──小説を書こうと思い始めたのは、どういうきっかけだったのですか?
ちょっと事故的というか。一度、映画を諦めようと思って実家に帰ったんです。で、することがないけど、なにか表現することはしたかったので、書き始めて、先輩に見せたら、“これ面白いから賞に出しなよ”って言われ、すばる文学賞に応募したんです。それが「えん」です。
──いきなり受賞とはすごいですね。実家に帰る前は、東京で自主映画とか撮っていたのですか?
実は、自主映画を撮ったことがないんです。東京の映画の専門学校に入ったんですが、選ばれたら卒業制作に学校から200万円の資金が出て、映画が1本撮れるというのが魅力の学校だった。で、それだけを目標に3年間やった。1本撮って、卒業して一度はCM会社に就職したんです。でもCM制作はすごく過酷でした。そうしたら、卒業制作の作品がゆうばり映画祭に呼んでもらえて、そこで映画の人たちと話をしていたらめちゃくちゃ楽しくて、やっぱり映画やろうと思って会社を辞めたんです。フリーで助監督を2作品くらいやったんですけど、やっぱり監督やりたかった。でも、どうすれば映画を撮れるのかわからなくて──という経緯です。
──その頃は、いちばんくすぶっていた時期?
そうですね。もう映画をやめようと思っていたくらいだから。といっても、実家帰っていたのは、結局、2ヶ月くらいでしたけど。
──それは、復活早かったですね!
大阪の実家に帰ったら、当時、東京で一緒に住んでいた恋人が大阪に会いに来て、別れるという話になった。でも彼が泣いたのを見て、やっぱり東京に帰ろう、もう一度映画を撮るために頑張ろうと思ったんです。
──小説を書いたことによって、突破口のようなものが見えたのですか?
確かにそうかもしれないですね。達成感もあったし、なんとかやっていけるんじゃないかなと漠然と思っていたのかもしれないですね。
──書いているときは、小説を元に映画化しようという考えはあったのですか?
「えん」の時はなかったですね。それしかすることがなかったから書いた、という感じだったので。「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」は、少し映画化も意識して書きました。
──今回、脚本は向井康介さんに依頼されていますよね。向井さんはブルーハーツの楽曲が引用されている山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』も手掛けていますね。
企画の佐々木史朗さんが、脚本家をどなたにしようと話しているときに、向井さんの名前を出してくださった。私からすると、向井さんが書いてくださるなら最高ですよ、という感じでした。『リンダ リンダ リンダ』のつながりもありますしね。
──脚本は自分で書くという選択肢はなかったのですか?
それはなかったですね。できないと思いました。思入れが強い物語だし、自分に小説を映画にするという技術がないと思っていたので。最初から脚本は別の方に頼むつもりでした。
──高校生の、特にえんを始めとした10代の女性の感情や感覚を描いています。今ふくださんは28歳で、まだ10代の温度感を覚えていると思いますが、その世界を世代がかなり上の男性脚本家に頼むことに、懸念はありませんでしたか?あるいは、逆に世界が離れているからこそ、上手く機能すると思ったのですか?
向井さんは、そう感じるところがあったかもしれないですけど、私にはまったく違和感がありませんでした。向井さんは、素晴らしい脚本を書く憧れの脚本家だったので。でも、向井さんが原作を読んだときに、“すごい世代が違う人が書いているはずなのに、自分にも理解できる点が多く、そんなに(感覚が)離れていないように感じた”というようなことをおっしゃってくださった。小説を読んだ人からは、同じようなことを言われることが多いんですけど、平成生まれの人が平成の話を書いているのに、昭和っぽいよね、とか。だから、向井さんが脚本を書いてくださったのが、結果としてとてもよかったと思っています。
──昭和っぽいかどうかは別として、私は相米慎二監督の『台風クラブ』を思い出しました。
『台風クラブ』好きです。相米監督はめちゃくちゃリスペクトしています。展開的には完全に『台風クラブ』ですから。あの展開をつくったのは向井さんですけど、私も『台風クラブ』から影響をたくさん受けているので。相米さんは、憧れの監督です。
──『台風クラブ』は青春映画のある種の金字塔ですが、どのあたりに影響を受けましたか?
明確に言葉にできないですね。でも個人的に好きなのは、野球部のちょっとひょろっとした男の子(紅林茂演じる清水健)が自分の家の前で行き来しながら、“行ってきます、お帰りなさい”ってやっているおかしなシーン。あの子に対して、とても共感した記憶があります。
──思い入れの強い物語ということですが、小説という言葉から映画という映像に表現方法を変えるにあたって、難しかったことはありますか?
小説には私的な要素が散りばめられているので、あんまり自分と近くなりすぎないようにしようと思っていました。私が“正解”を出してしまわないように、できるだけ役者にこの人物はどう思っているのだろう、というのを聞いたりしました。
──群像劇では、キャストのバランスも大事ですが、配役が素晴らしかったです。特に女性キャラクターのキャステイングは、ソフィア・コッポラを思わせるような絶妙さでした。ソフィアも有名な俳優も使うし、演技経験がない人も使う。さらに単に演技が上手い人、あるいは美しい人を起用するわけでもなく、観る側が共感を抱くキャラクターを作り上げられていて。
ありがとうございます。本当にいい俳優さんが集まってくれたと思います。
──キャスティングの核になったのは、松本穂香さんですか?
そうですね。穂香ちゃんが最初に決まったから、他で冒険ができた部分もあります。
──前作『おいしい家族』でも一緒に仕事されていますが、なぜ今回も松本さんだったのですか?
そうですね、もう1回仕事をしたかったというのもありますが、まずは顔ですね。それとたたずまい。穂香ちゃんて、可愛いしきれいだけど映像を通して見ると“普通”に見えるんです。ただそこに存在していられるという強さがある。それは役者としてすごい武器だな、と思います。意図的に表現しなくても出てしまう。彼女の持っている芯のようなものが強いんでしょうね。
──松本さんの女優としての圧倒的な力は、前作で仕事をしたときに発見したのですか?
そうですね。現場ではあまり話したりはしなかったんですが、(映画についての)取材を一緒に受けたりして会話を重ねていったときに、同じように考えていたんだなとわかった。この人とだったら、まったく別の役で違うアプローチでもまたいいものができるだろうな、という感触がありました。彼女のことは本当に信頼しています。
──若い世代の俳優さんは、1年毎に成長し変わっていきますよね。今回は、前作からの違いはありましたか?
私の演出のアプローチを前作とは変えたんです。前作では、現場では私は俳優さんとほとんど話さなかった。仲が悪かったんじゃないですよ。しゃべらなくてもわかる、という感じ。でも今回は若い俳優もいるし、演技経験のない人もいる。ちょっと穂香ちゃんに、座長としての意識を持ってもらってもいいんじゃないか、と。それができる人だろうし。人物のこと、演出のこと、場の空気感だったりを私に寄って欲しいというか、私と同じ目線で考えて欲しいなと思ったので、コミュニケーションを意識的にとりました。“このシーンでえんはなんていうかな?”とか、一緒にセリフを一から作ったりしました。
──えんのセリフには、松本さんの意見も入っているのですね。
入っています。それができたことは私にとってもよかったし、やっぱり出来る人なんだという信頼も積み重なりました。
──この映画の取材を受けている松本さんをテレビで見ましたが、本当に“座長”という言葉がぴったりなくらいに、しっかりしていましたね。
そうなんですよ。ホント、しっかりしているんですよ。
──松本さんが決まった後は、どんな風にキャスティングを進めたのですか?
ひとりひとりオーディションですね。琴子を演じた中田ちゃんは、ベビーフェイスですごいかわいい顔なんですけど、オーディションに来て琴子を演じてもらったときに、めちゃくちゃはすっぱな琴子の喋り方と態度を弾けてやってくれた。このギャップは面白い。琴子ってこういう子かもしれないなと思わせてくれました。
──純役の片山さんも素晴らしいですね。
今、いろいろなところでプロデューサーに「誰かいい俳優はいますか?」と聞かれて、片山ちゃんの名前を出すと“片山友希いいよね”って、みんな言いますね。彼女はカメラに愛されているというか、撮りたくなっちゃう人。彼女のポイントは、穂香ちゃんや中田ちゃんと顔の系統が違うこと。それに佇まいもよかった。片山ちゃんに会ったとき、“純に共感する”と言っていたんです。“じゃあ、純ってどんな子なんだろう”と質問したら“親友がいない子です。私もそうだったから”って答えた。その価値観がいいなと思って決めました。
──男性陣のキャスティングは?小室ぺいさんは、ロックバンドNITRODAYのヴォーカルで、映画は初出演ですよね?
ミュージシャンのように、俳優が本業じゃない人をキャスティングしようと思っていました。図書館でクイック・ジャパンという雑誌を読んでいて、そこにあったコラムを書いていたのがぺい君だった。調べたらバンドのヴォーカルで、YouTubeで動画を見ました。すぐに「この人に会いたいです」とプロデューサーに言って会わせていただきました。本読みとかしても俳優としては素人なんですけれど、佇まいがよかったですね。プロの俳優にない空気を持っていて。それと顔もよかった。私の好みでいうとみんな薄い顔になっちゃうんですけど(笑)。
──では、小室さんは偶然見つけたのですね?
そうです。声を大にして言いたいです。私が見つけました!音楽業界ではすでに見い出されてましたが、映画業界で見つけたのは私だとずっと言い続けたいですね(笑)。
──ショッピングモールでバンドが歌いますよね。あれはやりたかったシーンなのですか?
やりたかったですね。爆発は必要なんじゃないかって最初から話していたので。爆発している彼らの姿が切なく見えてよかったです。
──バンドには思い入れはありますか?
軽音楽部のバンドでドラムをやっていたので思い入れはあります。コピーばっかりやっていました。チャットモンチーの世代ですけど、ブルーハーツのコピーもしていました。
──ブルーハーツは、年齢に関係なく青春時代に通過する青春中の青春バンドだと思いますが、どういうところに思い入れがありますか?
すごくシンプルだけど、簡単じゃない。言葉の力。ヒロトが歌っている動きが好き。あの暴れ回るような。
──『リンダ リンダ リンダ』からは影響を受けました?
めちゃ好きな映画ですね。こういう映画もあるんだと衝撃を受けました。山下監督のあの空気感、シネコンではあまりみないタイプの作品ですし。なにも起こらないけど、なにか起きているみたいな。
──今回の作品を撮ったことで、映画監督として新しい一歩を踏み出したという実感はありますか?
作品がいいものになってくれたというのが、なによりも嬉しいです。作りたいものがある限り、やっていきたい。今後は、社会的なことにも目を向けていきたいな、と。この映画でナリヒラ君が直面していた状況のような、今まさに当事者として苦しんでいる人を主人公にした作品を作りたいと思っています。
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『君が世界のはじまり』
大阪の端っこのとある町。深夜の住宅地で、中年の男が殺害される。犯人は高校生だった。この町の高校2年生のえん(松本穂香)は、彼氏をころころ変える親友の琴子(中田青渚)と退屈な日々を送っていたが、琴子がサッカー部のナリヒラ君(小室ぺい)に一目惚れしたことで、二人は徐々にすれ違うようになっていく。同じ高校に通う純(片山友希)は、母が家を出ていったことを無視し続ける父親に何も言えぬまま、放課後ショッピングモールで時間をつぶす。ブルーハーツを聴きながらふと通りかかった屋上で、東京から転校してきた伊尾(金子大地)と会い、求めるものもわからぬまま体を重ねるようになる。偶然ナリヒラ君の秘密を知るえん。急接近した二人を見て見ぬふりをする琴子。琴子に思いを寄せる、サッカー部キャプテンの岡田(甲斐翔真)。思いの捌け口を見つけられない純。田舎に閉じ込められた自分と義母を重ねる伊尾。変わらない町。そんなある朝、父親殺しの犯人が逮捕され……。郊外の気怠い空気とそれぞれの感情が混じり合い、物語は疾走していく。
出演/松本穂香、中田青渚、片山友希、金子大地、甲斐翔真、小室ぺい、板橋駿谷、山中崇、正木佐和、森下能幸、江口のりこ、古舘寛治
原作・監督/ふくだももこ
脚本/向井康介
音楽/池永正二
撮影/渡邊雅紀
照明/林大智
録音/西正義
整音/原川慎平
編集/宮島竜治
美術監修/小坂健太郎
衣裳/宮本茉莉
ヘアメイク/有路涼子
スチール/木村和平
助監督/伊藤希紗
企画制作/オフィス・シロウズ
公開/2020年7月31日(金) テアトル新宿ほか全国ロードショー
配給/バンダイナムコアーツ
製作/『君が世界のはじまり』製作委員会 バンダイナムコアーツ アミューズ オフィス・シロウズ
©2020『君が世界のはじまり』製作委員会
※古舘寛治の「舘」の正式表記は、舎に官です。