Column

2020.07.17 8:00

【単独インタビュー】『パブリック 図書館の奇跡』エミリオ・エステベス監督

  • Mitsuo

エミリオ・エステベスの監督・主演最新作『パブリック 図書館の奇跡』が7月17日(金)に日本公開されます。

大寒波のために行き場を失い公共図書館に籠城したホームレスの集団と、彼らと行動を共にすることを決意した図書館員の奮闘を軸に、笑いと涙たっぷりのストーリーが展開されていく本作。災害や格差に揺れる現代社会に向けていくつもの問題提起をはらみながらも、温かな人間味に満ちあふれ、巧みなプロットのひねりやサプライズが盛り込まれています。

きっかけとなったのは、2007年にソルトレイクシティー公共図書館の元副理事チップ・ウォードが、LAタイムズに寄せたエッセイ。図書館がホームレスシェルターとなっている現状や、彼らの多くが精神疾患を抱えていることが記されており、この記事にインスパイアされたエステベスが11年の歳月を費やして完成させたのが、『パブリック 図書館の奇跡』です。

1980年代ハリウッドの青春スターの一団を総称する“ブラット・パック”のひとりとして一世を風靡した名優エミリオ・エステベスは、23歳で監督デビュー。その後も監督としてのキャリアを積み重ね、政治ドラマ『ボビー』(06年)ではゴールデン・グローブ賞作品賞と全米映画俳優組合賞アンサンブルキャスト賞にノミネート。聖地巡礼の旅を描いたロードムービー『星の旅人たち』(10年)では、円熟味すら感じさせる作風を披露しました。ブラット・パック時代の代表作『ブレックファスト・クラブ』(85年)では、図書室への居残りを命じられるやんちゃな高校生を演じています。

エステベス監督のもとには、実力派揃いの個性豊かなキャストが集結。多彩なジャンルで圧倒的な存在感を保ち続けるアレック・ボールドウィン、エステベスと同じように青春スターとして脚光を浴びたのち、近年は曲者俳優として異彩を放つクリスチャン・スレイター、ダニエル・クレイグ版『007』シリーズのCIA局員フェリックス・ライター役で知られるジェフリー・ライト、さらに『ネオン・デーモン』(16年)のジェナ・マローン、Netflixオリジナルシリーズ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』の主人公役で絶賛を博したテイラー・シリングが、エステベスとの掛け合いをいきいきと演じ、極上のアンサンブル劇に厚みを与えています。

エミリオ・エステベス監督

日本公開に先立ち、エステベス監督がFan’s Voiceの電話インタビューに応じてくれました。

──LAタイムズに掲載されたエッセイがこの映画の起点だったそうですが、どのようにインスパイアされたのですか?
『ボビー』(06年)はジョン・F・ケネディが暗殺された日を描いた映画だったのですが、それが完成して、当時はその続編になるような物語を探していました。要件はいくつかあって、1つの場所で、短期間に起こる出来事で、LAが舞台、それから『ボビー』でも非常にうまくいった、大勢のアンサンブルキャストで構成するという点でした。ロサンゼルス公共図書館の中央図書館では、膨大な量のリサーチを行っていたのですが、LAタイムズの記事、確か2007年4月1日に掲載されたものだったと思いますが、それを読んで、これぞ私の探し求めていたストーリーだと思いました。LAの公共図書館では非常に長い時間を過ごしていたので、このエッセイでウォード氏が書いていることがよくわかりました。さらにまた中央図書館に行って、いろいろと観察したり、司書や利用者と話をしたりして、時間を過ごしました。チップ・ウォードが書いていたことの全てが、そこで起きていましたよ。

そしてこの図書館という場所で、利用者が60年代にあったような昔ながらの座り込み抗議を起こすと、どんな物語が展開されるかと想像し始めました。警察はどのように反応するか。メディアはどのように反応するか。政治家も無情ではないので、問題に真っ向から対応せざるを得ないでしょう。そうしてこの映画は始まりました。チップ・ウォードに連絡をして、映画化の権利が欲しいと伝えました。非常にインスパイアされる話で、あなたの助けや見識を無くしてこのプロジェクトをこれ以上前に進めることができない、ともね。そうしてチップと私は文通相手となり、今でもその関係は続いています。

──そのエッセイから映画が完成するまでの11年間で、金融危機やトランプ氏の大統領就任など、本当に様々なことが起き、変化がありましたね。
私たちは今、世界的なパンデミックの渦中にいて、あらゆる国が影響を受けているのは明らかです。そしてアメリカは、この感染爆発の中心にいます。その中でも、マイノリティーや貧困に苦しむ社会的弱者は、最も影響を受けています。またこのパンデミックは、様々な形で我々の弱い部分を露呈したと思います。医療制度は機能しておらず、政権が従い本当に大切にするのは、権力を持った金持ちだけ。

それから図書館がいかに必要不可欠な施設であることも、露呈したと思います。図書館は社会的インフラであり、その柱であること。今はほとんどが閉館してしまっていますが、図書館はコミュニティに必要不可欠なものを提供しているのです。コンピューターやスマートフォンは、全ての人が持っているものではありません。図書館にあるコンピューターに頼って生きる人は大勢います。仕事を探したり、家族にメールを送ったり、エンターテイメントやニュースを得る手段としても。図書館を閉館することは、こうしたサービスを最も必要とする人々を、文字通り寒空の下に放置することになるのです。今我々が置かれた状況、そしてこの4年間で起きた様々な変化により、非常に不透明で怖い世の中になったと思います。ちょっと回答がズレてしまいましたね……。

──世界で広がりを見せるブラック・ライブズ・マター運動とも、社会的に追い詰められた人々が声を上げるという面で、この映画がいつになく関連深いのものになっていますね。日本でこの映画が今公開されるというのもすごいタイミングだと思いますが、本作を2018年に完成させて、今こうした現実を見ていることをどのように感じていますか?
その通りですね。私もこの映画の時代との関連性についてや、全てはタイミング次第だといった話を家族や友人としているのですが、アメリカでの公開は1年ほど早すぎたようですね。でも日本公開は、今世界が置かれた状況から、ある意味で追い風を受けるのではないでしょうか。

ただ今後も、人々がこの映画をまた見つけてくれるでしょうし、劇場公開の枠を超えた、息の長い映画になると思います。私が未来を予見していたように振る舞うつもりはありませんが、でもこの数ヶ月で起きた出来事に対して、この映画のストーリーは本当に的を得ていたと思います。

実際のところ、これまで無視し続けてきた本質的な問題が、いつまでも表面化しないわけがないのです。いつかのタイミングで、そうした課題に向き合わなければなりません。先延ばししていれば、そのうち誰かが解決してくれるというわけにはいかないのです。その一方で、一時の政権や一つの法律で、ホームレスにまつわる問題や人種問題が一気に解決するとも思いません。機能していない社会システムに対して人々が声を上げ、異論を唱えることが必要不可欠です。そのことをこの映画は反映しているし、ちょうど今世界で起きている事も、それを反映しているのだと思います。

──この物語は、“平和的に声をあげる”ことの大切さも描いています。平和的であることは、どれほど重要なのですか?
核心となる点だと思います。これまで変化をもたらすことに成功した素晴らしいムーブメントは、ほとんどどれも平和的に行われたものだと思います。それに、アメリカを始め世界各地で今起きているデモ活動も、大部分は平和的なものです。”平和的ではない”という話にするのは、大体の場合がメディアです。言い方の違いで、私たちが行進と呼ぶものも、メディアは暴動と呼んでしまうのです。もちろん中には実際に悪い例もあって、放火や略奪が起きたところもありますが、それはほんの僅かにしか過ぎません。でも残念ながら、その僅かなことがニュースの大部分になってしまい、平和的な部分はなかなか取り上げられません。

──図書館といえば、『ブレックファスト・クラブ』であなたは罰として図書館に軟禁されましたが、今回は自ら籠城しますね。再び図書館に戻ってきた感想は?
図書館で再び軟禁という皮肉は、もちろん脚本を書き始めた時点で意識していました。きっと賢いジャーナリストに勘付かれてしまうだろうとね。でも実際は、非常にわかりやすいものでしたね(笑)。

図書館はとにかく大好きで、子どもの頃から安心できる場所でした。親が私を図書館に”預ける”ことがよくあったので、図書館は私にとっていろんな意味でベビーシッターのようなものでした。本棚に囲まれて夢中になって、本当にいろいろなテーマで好奇心を刺激してくれました。読書感想文を書くのも大好きだったし、もちろん読書も大好きです。10歳の頃はSF本の”ブック・オブ・ザ・マンス・クラブ”のメンバーだったので、フランク・ハーバートやアイザック・アシモフ、アーサー・C・クラークのSF小説を読んでいました。きちんと内容を理解できていなかったでしょうがね(笑)。でも私は読書家で、図書館が自分の家のようでしたので、この映画を作る事は、図書館という施設だけでなく、私がそこで過ごした時間に対してのオマージュでもあります。

図書館を舞台にした映画というのはそれほど数多くなく、司書という仕事も、映画ではなかなか取り上げられません。でも彼らの仕事というのは本当に大切で、利用者が司書に尋ねごとをするのは、神聖な行いだと思います。医者と患者、弁護士と依頼人のような、秘匿な関係です。このことは本作を作り始めるまで完全に理解できていなかったのですが、リサーチを始める中で、この場所がいかに神聖なものかがわかりました。

──図書館が舞台と言えば、フレデリック・ワイズマンの『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(17年)は日本でもヒットしましたが、この映画から何か影響はありましたか?
もちろん観ていますが、『エクス・リブリス』が公開された時には、『パブリック』の撮影はもう終わっていましてね。でも『エクス・リブリス』の成功があったので、私はニューヨーク公共図書館のトニー・マークス館長に連絡をとり、「図書館の映画がもう1本あるのですが、5番街の本館でプレミアをやらせてくれませんか」と尋ねました。まずは映画を観せてくれと言われましたが、マークス氏は本作を非常に気に入って、また、よく理解してくれました。図書館という施設を讃える映画ですからね。実際に公共図書館でニューヨークプレミアを行えて、私たちにとっては非常に意味のある出来事となりました。

確か去年だったと思いますが、マークス氏はとても面白いこと言っていて、図書館がいかに今日の社会にとって大切な場所か知りたいのなら、ニューヨークのブロードウェイ公演、スポーツイベント、美術館に訪れた人を足した数と、彼の図書館の来訪者数を比べてみればいいと。図書館に来た人数の方が多くて、1,700万人。本当に膨大な人数です。

──この作品ではアレック・ボールドウィンやクリスチャン・スレーターといったかつての青春スターが、円熟味を増した素晴らしいパフォーマンスを見せていますね。あなたもブラット・パックの一員でしたが、彼らとこうした映画を一緒につくった感想は?
クリスチャンとは、『ボビー』では共演シーンはありませんでしたが私が監督しましたし、『ヤングガン2』(90年)でも共演したので、もう30年ほどお互いを知っていますね。

アレック・ボールドウィンとは一緒に仕事したことがなかったのですが、ずっと彼のファンで、共通の知人も大勢います。彼はマーティン・スコセッシ監督の『ディパーテッド』(06年)で私の父と共演しましたしね。「脚本があるので読んでくれますか?仕事のオファーをしているつもりです」と彼に電話をしたところ、確かその日のうちに脚本を読んで、出演を決めてくれたと思います。

監督として私は、自分が周りを固める人たち以上に優れたフィルムメーカーになることはできないと思っています。そして本作では、アレック・ボールドウィンやクリスチャン、ジェフリー・ライト、マイケル・ウィリアムズといった強者達が私を取り囲み、素晴らしい演技をしてくれました。私が実際よりも優れた監督であるかのように見せてくれましたね。

──『ボビー』、『星の旅人たち』、『パブリック』と、監督としてあなたは社会的な問題や人々の関係性というものに興味があるようですね。
その通りです。全く疑いようなくね。私は、宇宙が舞台の映画やスーパーヒーロー映画の作り方は知りません。私の映画は、人の体験に根付いたものです。そのため、人々に共通する人間らしさや不完全な面を扱う物語に惹かれます。この地球上で、心の傷やトラウマを一切抱えずに生きている人はいないと思います。誰もがそれなりのトラウマを抱えて日々を過ごしているのですから、むしろ、”どれ程のトラウマを背負っているか”という話になります。このトラウマというのは、『ボビー』、『星の旅人たち』、そして『パブリック』に共通したテーマあり、どれも”人生のバックパック”に背負った不完全さを扱った物語でもありますね。

──世界的に見て、ホームレスを含む社会的弱者に焦点を当てた映画が増えているように感じます。映画には、そうした弱者の声を代弁する義務があると思いますか?
スタジオや映画に出資する人たちはこう言うと思います。「エンタメ第一で、メッセージを送りたいのなら構わないが、エンタメの奥にそれを埋め込む方法を考えなさい」と。この考えに私は反対しませんし、フィルムメーカーの役割は、観客を楽しませることだとも思います。でもフィルムメーカーは、社会を鏡のように映し出して現実の姿を見せることもできるし、さらには、異論を唱えたい事に対して、それはやめよう、我々はそんなに愚かじゃないと声を上げることもできます。私は、フィルムメーカーには責任があると思います。ハリウッドの監督や俳優は、”この映画は家族を養うために作って、自分の本心に沿ったものはまた別に作る”とよく言うのですが、でも実際のところ、”家族を養うための”映画ばかりを作り続けてしまうことが多く、だからハリウッドから酷い映画がこんなにたくさん出てきているのだと思います(笑)。芸術への愛ではなく、お金のためという不誠実な理由で映画を作ろうとするからですね。

──ホームレスの問題、貧困問題は目の前にあるにも関わらず、この物語で提示されているように、政治家も警察もメディアも、この問題についてなかなか解決策を見い出せずにいます。米国におけるホームレスの問題の核心はなんだと思いますか?
長年かけて作り上げられた、体系的な問題だと思います。一晩で起きたものではありませんからね。特にアメリカでは、精神科病院はいわば解体されたような状態になってしまい、精神疾患を抱えた大勢の人たちが路上に放り出されました。ホームレスの問題は歴史的に見れば、せいぜい40年ほど前からの比較的新しい現象です。もちろん世界恐慌では大勢の人が家を失い、ハーバート・フーヴァー大統領の名にちなんだ”フーヴァーヴィル”と呼ばれる場所が用意されましたが、でもそれは、今日のホームレスほど大規模なものではありませんでした。今アメリカでは、50万人を超す人々が路上で生活しています。ロサンゼルスでは毎晩6万人以上が路上で夜を明かしています。これは危機であり、もはや大流行と呼んでもいいでしょう。さらにその上に、別のパンデミックがのしかかってしまった。既に厳しく困難な状況にあった人たちは、このような状況でどうすれば良いのか。私が思うに、状況は良くなる前にまずはもっと悪くなると思います。経済も絶望的な状況に落ち、そこからの回復は非常に長く、困難なものになると思います。そして社会的に追い詰められた人たちは、その影響を被り続けることになります。

──コロナ禍において、映画界も未曾有の状態に置かれています。このパンデミックは、今後あなたや米国映画界が作り出す作品に、どのような影響を与えると思いますか?
それは非常に面白い質問ですね。観客の興味の矛先は、今後どのような方向に向かっていくのでしょうか。今回の出来事が起きたことを一切忘れた空想世界を映画やテレビで見たいのか。それとも、今回の出来事を想起されたいのか。

でも、今回の出来事が一切起きてないフリをして映画を作り続けられるのか、私にはわかりません。9・11の後のようなものですね。例えば空港で、お見送りの家族が保安検査を超えてゲートまで来たりすることは、もうありませんから。

その一方で、今とは別の年代を舞台にした作品がもっと多く作られるようになるのではという考えもあります。面白いと思いますよ。別の年代が舞台なら、我々がパンデミックに対処してきていることをすべて忘れて描けますからね。ただ今後もしばらくは、配信プラットフォームが非常に強い力を持つと思います。才能を持った大勢の人たちが、配信プラットフォームに流れていくでしょう。なぜなら、映画の未来には疑問符がついていますからね。特にここハリウッドでは。

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『パブリック 図書館の奇跡』(原題:The Public)

米オハイオ州シンシナティの公共図書館で、実直な図書館員スチュアート(エミリオ・エステベス)が常連の利用者であるホームレスから思わぬことを告げられる。「今夜は帰らない。ここを占拠する」。大寒波の影響により路上で凍死者が続出しているのに、市の緊急シェルターが満杯で、行き場がないというのがその理由だった。約70人のホームレスの苦境を察したスチュアートは、3階に立てこもった彼らと行動を共にし、出入り口を封鎖する。それは“代わりの避難場所”を求める平和的なデモだったが、政治的なイメージアップをもくろむ検察官の偏った主張やメディアのセンセーショナルな報道によって、スチュアートは心に問題を抱えた“アブない容疑者”に仕立てられてしまう。やがて警察の機動隊が出動し、追いつめられたスチュアートとホームレスたちが決断した驚愕の行動とは……。

製作・監督・脚本・主演/エミリオ・エステベス
出演/アレック・ボールドウィン、テイラー・シリング、クリスチャン・スレイター、ジェフリー・ライト、ジェナ・マローン、マイケル・ケネス・ウィリアムズ、チェ・“ライムフェスト”・スミス
2018年/アメリカ/英語/119分/スコープ/5.1ch/日本語字幕:髙内朝子

日本公開/2020年7月17日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
提供/バップ、ロングライド
配給/ロングライド     
公式サイト
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