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2020.07.09 12:00

【ネタバレなしレビュー】『スパイ in デンジャー』無条件に楽しい!スパイ映画愛あふれる王道エンタメ

  • SYO

アニメ大国・日本ではもはや当たり前な”アニメの見方”がある。「アニメは、スタジオで観ろ」だ。ボンズ、シャフト、Ufotable……。ストーリーやキャラクターの面白さだけではなく、演出や作画といった”見せ方”まで細分化して楽しむ。アニメならではの魅力といえるだろう。

ことハリウッドでは、ディズニーやピクサー、ドリームワークス、近年だと『怪盗グルー』シリーズのイルミネーション・スタジオなどが有名だ。『スパイダーマン:スパイダーバース』で一気に名を挙げたソニー・ピクチャーズ アニメーションも捨てがたい。

そしてもう一社。『アイス・エイジ』や『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』を手掛けるブルースカイ・スタジオも、重要なポジションを占めている。実写作品のCGパートも担当しており、『ファイト・クラブ』や『エイリアン4』にも参加したという。20世紀フォックスのスタジオだったが、現在はウォルト・ディズニー・スタジオ傘下となった。

ブルースカイ・スタジオの特長は、「動物に強い」「コミカルなアクション」「ファミリー映画」辺りだろうか。その強みを最大に生かした最新映画が、7月10日からディズニープラスで配信される『スパイ in デンジャー』だ。”アニメでしかできない”遊びを存分に詰め込んだ、王道の娯楽作品に仕上がっている。

アニメ独自の表現を追求した、ハトの描写

まずは、「敏腕スパイがハト化する」という設定だ。この突拍子もないアイデアは、まさにアニメにうってつけ。実写でもできなくはないだろうが、動きに制限が出てしまい、ケレン味あるアクションが成立しない。

神木隆之介演じる高校生がインコに転生する『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』は、実写ならではのチープさが笑いを呼び起こしていた。しかし本作でそれをやれば、逆効果になってしまう。Netflixで配信されたアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』も、女子中学生が猫に変身する様子を、身体性を軽減したアニメ的な動きで流麗に見せており、アニメ的な「派手さ」が必要不可欠だったといえる。

ブルースカイ・スタジオは『ブルー 初めての空へ』などでも鳥を主人公にした作品を制作しており、この辺りはお家芸。むしろ彼らにとって挑戦だったのは、「スパイ映画」の方だろう。制作陣は「正統派のスパイ映画を目指した。手段がアニメーションというだけ」と語っているが、自分たちのカラーをしっかりと出しつつ、スパイ映画としての面白さを追求するためにアニメ化が必然だった、といえる。

アニメでしかできない表現を模索すること。『銀魂』では主人公が猫化し、『ゲゲゲの鬼太郎』では物言わぬ怪獣化する。「変化」は国内外問わず、アニメで追及されて来たテーマであり、こういった事例からも、アニメに向いた題材であるのだろう。

『スパイ in デンジャー』は所々の演出にも顕著に「アニメ向き」な演出を施しており、例えば相手の肉体をぐにゃぐにゃにするガジェットは、実写で使用したらば『ミッドサマー』を彷彿させる恐怖演出になっただろう。しかし、デフォルメされたアニメでは、おぞましさは回避される。

敏腕スパイ・ランスが発明家ウォルターの試作品を誤飲し、ハト化する過程を何段階に分けて描く様子も、実写であればホラー展開になってしまいそうだが(手がいきなり縮む、目が巨大化するなど。『ドクター・ストレンジ』では手から手が生えるシーンがあったが、あれも人によってはトラウマものだろう)、明るく楽しいブルースカイ・スタジオの雰囲気作りもあって、ギャグシーンになっているのが興味深い。

このように、骨格となる「設定」以外にも、「演出」の部分でアニメが強い表現がちりばめられており、総じて見せ方が非常に上手い。

ウィル・スミス版『007』的な、夢の企画

では、次にスパイ映画としての魅力をみていこう。スパイ映画といえば、何を思い浮かべるだろう?『007』『ミッション:インポッシブル』『ジェイソン・ボーン』『キングスマン』『コードネーム U.N.C.L.E.』などだろうか。先にもある通り、本作は「正統派のスパイ映画」がコンセプトであり、いま挙げたような作品を思い出してクスッとなる描写が、実にあっけらかんと入れ込まれている。

冒頭の潜入シーンは何と日本が舞台なのだが、日本城、鳥居、鐘、刀を持ったヤクザたちなど、コッテコテの日本の描写には笑わされる。これも、古き良き『007』のノリで楽しめるはずだ。ブラックのスーツで決めたランスの出で立ちも『007』(或いはその影響を受けた『トゥルー・ライズ』など)のパロディと言えるし、ハイテクな秘密道具を駆使して戦うスタイルもそう。いわば大衆が抱く「スパイ映画」のイメージが、冒頭から怒涛の勢いで投入される。

ウィル・スミスはドリームワークス制作のアニメ『シャーク・テイル』でも本人そっくりな魚を演じているが、本作ではランスの表情がそのままスミス。この一種のリアルさが、ハトになった時のギャップを引き立てている(余談だが、冒頭シーンのスーツにサングラスをかけたヤクザたちは、スミスの代表作『メン・イン・ブラック』を想起させる)。同時に、ウィル・スミス版『007』を観られたような感動も呼び起こすのではないか。

ダニエル・クレイグによって武骨な男のリアルな美学を描く作品に変化を遂げた『007』。次のボンド俳優が誰になるかは皆が注目するところだが、『アラジン』のジーニー役などコミカルなキャラクターが得意なウィル・スミスが候補に挙がることは、なかなかないだろう。そういった意味でも、『スパイ in デンジャー』は映画ファン心をくすぐる作品といえる。

弱点のない一流のエンターテインメント

トム・ホランドが演じるウォルターにも、ニヤッとさせられる要素が満載。オタクな科学者という設定は『スパイダーマン:ホームカミング』等のピーター・パーカーにも通じるし、「遺伝子を再編集してハト化する」薬は、スパイダーマンにも近い(ホランド自身もインタビューで「またオタクっぽい役だよ」と発言している)。

『ドクター・ドリトル』や『2分の1の魔法』でも声優を演じているホランドは、少年らしいあどけなさが残る声で、ウォルターを好演している。実に彼らしいキャラクターでもあり、安心して観ていられるだろう。

『スーサイド・スクワッド』などのDC映画に出演したスミスと、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)で活躍するホランドが、活発で攻撃的なランスとインドアで平和主義者のウォルターという正反対な性格のキャラクターを演じ、ことあるごとにぶつかる2人を、マシンガントークのスミスとマイペースなホランドによる化学変化で魅せる。

両者がバディになる映画、という意味でも非常に豪華で、「ウィル・スミスとトム・ホランドの掛け合いが見られる」というのは、なかなかにそそるトピックではないだろうか。作品自体が非常に小気味いいテンポで進んでいくのだが、この2人の丁々発止のやりとりが貢献していることは、言うまでもない。

脇を固めるキャストも粒ぞろいで、『レディ・プレイヤー1』や『キャプテン・マーベル』のベン・メンデルソーン、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』のカレン・ギラン、『HEROES/ヒーローズ』のマシ・オカで有名どころがそろう。

評価の面では、アメリカの映画批評サイト「Rotten Tomatoes」でオーディエンススコア92%の高得点を記録(7月8日現在)。こうしてみると、誰もが気楽に見られるポップコーンムービーであることも間違いないのだが、「キャスト・スタッフ」「物語や設定」「演出や映像」など、実は弱点のない堅牢なつくりになっている。

一流の作り手は作為的な部分を一切見せないというが、『スパイ in デンジャー』はまさにそのお手本のようなエンターテインメント。ディズニープラスでの公開になったことで、気軽に楽しめる環境も整った。ぜひ、笑ってアガって、至福の2時間を過ごしていただきたい。

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『スパイ in デンジャー』(原題:Spies In Disguise)

監督/トロイ・クエイン、ニック・ブルーノ
ランス・スターリング役/ウィル・スミス(鶴岡聡)
ウォルター・ベケット役/トム・ホランド(田谷隼)
キリアン役/ベン・メンデルソーン(内田直哉)
マーシー・カペル役/ラシダ・ジョーンズ(佐古真弓)
アイズ役/カレン・ギラン(下山田綾華)
キムラ役/マシ・オカ(石上裕一)

日本公開/2020年7月10日(金)ディズニープラスにて独占公開
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