Column

2020.03.13 21:00

【単独インタビュー】『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』のジョン・チェスター監督による“ディズニーランドよりも楽しい”農場生活のススメ

  • Atsuko Tatsuta

アニマルプラネットなどの数々のネイチャー番組や映画を手掛けてきたジョン・チェスターが、自らの究極の農場づくりと理想の生活を目指して奮闘した記録を収めた『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』。

殺処分寸前で保護した愛犬トッドの鳴き声が原因で、大都会ロサンゼルスのアパートを追い出されたジョン&モリー・チェスター夫妻は、一念発起し郊外へ引っ越すことを決意します。それは、料理家の妻モリーの“本当に体に良い食べものを育てたい”という夢を叶えるために、ふたりが理想の農場づくりに挑む第一歩でした。ふたりが購入したのは、200エーカー(東京ドームの約17個分に相当)の荒れ果てた農地。土地を耕し、土壌を作り直し、有機的に作物を育てようというふたりに、さまざまな困難が降りかかります。害虫、山火事、干魃。厳しい自然の掟の中でふたりは、自然との共生とはなにかを学び、“アプリコット・レーン・ファーム”と名付けた農場を美しく、健全に育てていきます──。

自然と共生する人間の姿を模索するダイナミックなドキュメンタリーであり、感動の人間ドラマでもある本作。パームスプリングス映画祭、AFI映画祭などで観客賞を受賞した他、サンダンス映画祭やトロント映画祭など各国の映画祭で上映され、高い評価を獲得しています。

ジョン・チェスター監督

日本公開に先立ち、ジョン・チェスター監督がスカイプインタビューに応えてくれました。

──お二人が8年間で成し遂げたことには本当に驚かされました。
そうですか。ありがとうございます!

──この映画は、2018年のテルライド映画祭に始まり、トロント国際映画祭などいろいろな映画祭で上映され、評判となりました。観客からの反響の中で、興味深かったことは?
テルライド、トロント、ベルリン、サンダンス映画祭などいろいろな映画祭を周ったのですが、最後のサンダンス映画祭では、クレイジーなくらいの反響がありました。農業や自然のことを知らない方々が、この映画を観て、エコシステムや生態系の複雑さに恋をし、心から感動してくださる方がたくさんいて、驚きました。私たちは地球に住んでいるけれど、自然や生態系に関して、なにも知らないのです。それと、面白いリアクションということで言えば、年配のご婦人から“鶏が豚を妊娠させたことができたのか?”というものもありましたよ(笑)。

──料理家であるモリーの“良い食材を提供したい”ということが農場を始める大きなモチベーションになっていますが、農場を始めて8年余り、食生活にどんな変化がありましたか。
面白いことに、私たちがかつて食べていたニンジンは、ニンジンの味がしなかったけれど、今はしっかりとニンジンの味がしています。卵も味がよくなってきていますし、その他の農作物もみんな味がよくなってきています。それは、土壌がよりヘルシーになっているからです。土の中のミネラルが増えることによって、味が変わってきたのです。なので、モリーはこの変化にとても満足していますよ。

──有機栽培で作られたオーガニックの農作物は、日本でもとても注目されています。ところがこの映画を観ると、本当の意味でのオーガニックの作物は、“無農薬”というだけでは十分ではないということがわかりますね。
アメリカでも、オーガニック作物の基準は、科学的な肥料や殺虫剤を使用しないということだけなんです。でも、生物多様性がある土で育てられた作物は、味のレベルがまったく違います。なので有機農業は最初のスタートとしては悪くはありませんが、ベストとはいえないのです。

──農場を始める前、カメラマン・製作者として自然界を長い間撮影してきたことで学んだことは?
野生動物の映像を撮るのは、とても忍耐力のいる仕事です。まず動物たちの行動パターンを理解しなければいけません。動物たちのストーリーをより深いレベルでキャッチするためには、動物たちの信頼を得なければなりません。それもとても忍耐の必要とされることです。動物を撮影しているといっても、動物だけでなく、全体のシステムというものを映しています。何を食べているとか、どんなところに潜んでいるとか。あるいは子どもを育てているとか。そういったダイナミックなシステムを把握することによって、ある動物を撮りながらも、その周りにある健全なシステムがどんなものなのかを学んでいると思います。

──それは農場づくりにどのように役立ちましたか?
もちろん役に立っているのですが、私はよくこう言っています。「映画というものは創られたがらないし、農地は耕されたがらない」。ドキュメンタリーにおいては特にそうだと思うのですが、自分の見方を押し付けては、良いストーリーは得られません。一番良いストーリーを得るためには、自分の思い描いていたストーリーを捨てて、目の前で起こっていることに従っていくこと。そうすると、素晴らしいストーリーが生まれてくるんです。それは農場も同じですね。

──この映画ではカリフォルニアの森林火災が映し出されますし、最近ではオーストラリアの大規模な森林火災が大きなニュースになったばかりです。農場を営むことで、より自然に近い存在にいると思いますが、世界的な気候変動について、より危機感をもっていますか。
もちろんです。エコシステムの生態系の中でバランスが崩れていると感じています。それが極端なカタチで私たち人間に警鐘を鳴らしているのです。その信号は、多様性が欠けていると忠告しているのだと思います。

──「アプリコット・レーン・ファーム」の周りは、1、2種類の農作物しか栽培していない単作農家ばかりでしたが、あなたたちの農場は周囲にどんな影響を与えているのでしょうか。
蜂や鳥、野生動物が増え、それによって伝染病なども防いでいますので、周囲の農家にとっても有益だと思います。同時に、伝統農法によって私たちの農場ではより大きな木が育ったり、豊かな農作物が穫れているので、彼らにインスピレーションを与えているようです。周囲の農家がいろいろと話しを聞きに来ることも多くなっていますね。

──見学者も受け入れているようですね。どういう目的で来られているんですか?
映画に登場する見学者は、「パタゴニア」というメーカーに綿花を納めている栽培家で、香港、中国、インド、メキシコなどの方々です。そういった農家以外にも、一般の方々向けの農場ツアーも行っています。伝統農法を実践している方々、興味のある方々などをサポートできればと思っています。

──「アプリコット・レーン・ファーム」で成果を出した伝統農法を世界的に広めていくことも、あなたの目的のひとつですか?
そうですね。こうした農業文化を作り上げることは、私たちがやろうとしていることの中でも最も刺激的な部分です。自然と再び繋がるだけでなく、こうした私たちのやり方を理解してくれる人たちと繋がれますから。

──映画やテレビの制作をしてきたあなたが、農場を始めたことの意義とは?
私は、映画やテレビ制作だけをしているときも、猛烈に働いていました。でも、農場の仕事はそれ以上で、まったく休む暇がありません。年365日、週7日、1日24時間体制で働いています。農場を運営する上での痛みは、映画やTVを作っているときの痛みより目的があり、より意味もあると思います。そのおかげで充実感があるのだと思います。

──映画でも、幾多の困難が映し出されていますが、理想の農場づくりを諦めよう思ったことはなかったのでしょうか?
私は何度もやめたいと思ったことはありますよ(笑)。でも、妻のモリーは、一度もありませんね!彼女はドイツ系だからか(笑)、意思が強く、一度も諦めようとしませんでした。でも私も、もうこれ以上は続けられないと思ったりしても、その夜ベッドに入って、もしやめるとして明日何をしなければならないかと考えると、作物は枯れてしまうだろうし、動物は譲渡した先できちんと扱われるだろうかとか考えると、次の朝、起きてまた農場を続けることの方が楽でした。やめるのが怖かったのですね。

──あなたの農場は、大都会ロサンゼルスから車でたったの1時間ですね。その地の利の良さは、農場の成功の理由のひとつでしょうか?
良い質問ですね。そう思います。アメリカのオーガニック農場のほとんどは、100万人都市から3時間以上離れているところにあるのです。それに比べると、800〜900万人の人が住んでいるロサンゼルスから1時間しか離れていないことは、大きな利点です。そういうマーケットからの近さは、これから農場を始めたいと思っている人は考えた方が良いと思います。

──映画が完成してから1年以上が経ちましたが、農場に新たなる変化はありましたか?
まず、豚のエマが太りましたね。今は300キロ以上ありますから(笑)。農場はいくつもの季節を経て、より良い生態系のリズムが出来てきたと思います。牛、豚、鶏、鴨がいて、馬や番犬としての犬もいます。フルーツは桃とかリンゴとか柑橘類が75種類くらい。畑では150種類ほどの野菜を栽培しています。

豚のエマ

──自然と共生したいという人は、日本でも増えています。あなた方がやっていることは、そういう人たちのある意味ロールモデルになると思います。アドバイスはありますか?
農場を始めたら良いと思います(笑)。自分が見ている土壌で育った食べ物に、謙虚に頼るようにしては良いのでは?人生において、自然と再び繋がる生活より意味のあるものはないと思っています。

──農場は子育ての場としては、理想的ですか?
もちろん、ベストですよ!ある意味、ディズニーランドの中に住んでいるようなもので、5歳の息子は、大好きです。先日も“僕はすごいラッキーだよ、自然の中で暮らせるから”と言っていました。自然のエコシステムのサイクルの中で生きていることを、ちゃんとわかっているんです。

──伝統農法を取り入れたあなたの農場は8年間で成功を収めましたが、次の目標は何ですか?
この8年の間は、土壌の免疫システムを作ってきたと言えます。これからは、チームメンバーのコミュニケーションをスムーズにすることによって、免疫システムを次のレベルへと強化したいと思っています。それと、8年間でずっと睡眠不足なので、とにかく十分寝たいですね。でも、5歳の子どもがいるとそれは難しいですが(笑)。

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『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』(原題:The Biggest Little Farm)

監督/ジョン・チェスター
出演/ジョン・チェスター、モリー・チェスター、愛犬トッド、動物たち
2018/アメリカ/英語/91分/シネスコ/日本語字幕:安本熙生/サウンドトラック:ランブリング・レコーズ

日本公開/2020年3月14日(土)シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA他、全国順次公開
配給/シンカ
公式サイト
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