Column

2020.02.29 19:00

【単独インタビュー】『レ・ミゼラブル』ラジ・リ監督

  • Mitsuo

現代の社会問題を衝撃的なまでにリアルに描き出し、第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞したフランス映画『レ・ミゼラブル』 が2月28日(金)に日本公開されました。

映画『レ・ミゼラブル』の舞台は、ヴィクトル・ユゴーによる同名の傑作小説で知られ、現在は移民や低所得者が多く住む危険な犯罪地域と知られるパリ郊外のモンフェルメイユ。地元警察の犯罪防止班に新しく加わることになった警官のステファンは、仲間と共にパトロールをするうちに、複数のグループ同士が緊張関係にあるこの街の実情を理解し始めます。そんなある日、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へと発展。事件解決へと奮闘するステファンたちでしたが、事態は取り返しのつかない方向へと進み始めることに……。

本作が長編監督デビューとなるラジ・リ監督は、モンフェルメイユで生まれ育ち、現在もその地に暮らす注目の新鋭。1995年、幼少期からの友人であるキム・シャピロンとロマン・ガヴラスが起こしたアーティスト集団Kourtrajméのメンバーとしてキャリアをスタートさせ、1997年、初の短編映画『Montfermeil Les Bosquets(原題)』を監督。2004年にはドキュメンタリー『28 Millimeters(原題)』の脚本を、街の壁に巨大な写真を貼るアートで有名になった写真家JRと共同で手がけました。2005年のパリ郊外暴動の発端となった、クリシー=ス=ボワの変電所に隠れていたジエド・ベンナとブーナ・トラオレという2人の若者の死に衝撃を受け、1年間自分の住む街を撮影することを決意、ドキュメンタリー『365 Days in Clichy-Montfermeil(原題)』(07年)を制作しました。2017年には、初の短編映画『Les Misérables(原題)』を製作し、セザール賞にノミネート。『レ・ミゼラブル』はこの短編にインスパイアされて制作したもので、監督自身がこの街で体験してきた出来事を、圧倒的な緊迫感とスタイリッシュな映像で見事に描き切っています。

現代が抱える闇をリアルに映し出し、まさに「世界の縮図」ともいえる衝撃作となった『レ・ミゼラブル』は、第72回カンヌ国際映画祭では「コンペ最大のショック!」とセンセーションを巻き起こし、見事に審査員賞を受賞。その後も、第92回アカデミー賞国際長編映画賞(旧名称:外国語映画賞)、第77回ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネートなどをはじめ各国の映画祭や賞レースを席巻。本作を絶賛しているスパイク・リー監督もその才能を認め、アメリカにおけるプロモーションのサポートを買って出るほど。

本国フランスでは公開からわずか17日で同国の観客動員数100万人を突破し、マクロン大統領も本作を鑑賞。自国が抱える問題をリアルに描いた本作に反応し、政府に「映画の舞台となった地域の生活条件を改善するためのアイデアを直ちに見つけて行動を起こす」よう求めたといいます。 

フランス現地時間2月28日に授賞式が開催されたフランス版アカデミー賞である第45回セザール賞では、最多12ノミネートを獲得し、見事、作品賞、観客賞、編集賞、若手有望男優賞(アレクシス・マネンティ)の4部門で受賞しました。

そんなフランス映画界きっての注目監督が、日本公開に先立ち来日。Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。なおインタビューには、あわせて来日した”市長”役のスティーヴ・ティアンチューも同席してくれました。

ラジ・リ監督

──あなたはモンフェルメイユに暮らし、本作に限らずこの街をずっと撮影されています。JRとの写真のプロジェクトもしたりと。あなたがこの街にかける思いを語っていただけますか。
リ監督 僕にとっては故郷の村といった感じで、すごく思い入れが深いところです。そこに40年間暮らしてきて、ちょっと出てみようかと思った時期もありましたが、いや、やっぱりここに残るというほど強い思い入れがあります。

──もともとは警察の素行を撮影し出したことが、本作の前身となる短編につながったとのことですが、自分の街で、そのような映像を撮り始めようと思った経緯は?
リ監督 13歳のときに初めて自分のカメラを買って、それから自分の”村”で撮り始めました。それで、警官を撮り始めた”Copwatch”というのも、本当に自然な流れでした。結構撮ってみたら、それがかなりインパクトのある強烈な映像になっているという印象を自分でも感じ、撮り続けていたら、ある時偶然、警察の失態を撮る流れになりました。

──本作は、モンフェルメイユの現状を世界に知ってもらう、声を上げることを主な目的として作られたのですか?
リ監督 もちろん、自分が住んでいる地区の現実をいろいろな人に見てもらって、そしてそれがまた人々の話題に上がることを望んでいました。そういう意味では、僕自身がこの映画に込めたメッセージというのも、フランスのみならず世界の人々に伝わったかなと思いますし、満足もしています。でも、実はこれで僕自身のメッセージというのは完結しているわけではなく、また次回作をと思っています。ですので、本作は第1弾という感じですね。

──マクロン大統領が反応したことで、あなた方の声はそこには届いたわけですが、それに関してどのように思っていますか?またそれからモンフェルメイユに具体的な変化はありましたか?
リ監督
 本当にマクロン大統領が観てくださったわけですし、すごく感動して衝撃を受け、閣僚に対策を講じるように指示を出したということまでは、僕たちも聞いています。でも、今は”待ち”の状態ですね。実際に行動が起きたわけではなく、やはり政治家というのは、公約のようにそうしたことを軽く口に出すので、それが本当に実行されるのか、我々は固唾を呑んで待っているところです。

──2018年の黄色いベスト運動はこの作品の脚本を書いた後に起きたものだと思いますが、これが起きたことについて、どのように感じましたか?
リ監督
 黄色いベスト運動というのは、僕らの社会階級よりはもう少し上の人たちが反旗を翻したものです。僕らとしては、警察官の暴力的な行為といったものを、たったの2、3年のスパンではなく、20年ぐらい前から受け入れ続け、耐え忍んできているという社会的な悲惨さがあり、それは長いものです。今回の黄色いベスト運動を見つつ、「ああ、僕らの階級だけではないんだ、また違う階級の人たちも同じようなことで苦しんでいるんだ」ということがわかりました。フランスで皆がきちんと声に出したのは良いことだと思います。

──脚本は3人で書いたものですが、映画的な面白さをこの作品で演出していく上で、気をつけたところは?またそうした面もあったために、カンヌで審査員賞に繋がったとご自身ではお考えですか?
リ監督 もちろん。本作はメッセージも含まれていますし、政治的な映画でもあります。でもそれ以前に、やはり誰が観ても「これは映画だよね」「映画でしかこんなのは作れないよね」と思ってくれるような作品作りをするのは、自分の中では自明の理でした。ちょっとアイディアがあって単にそれをドキュメンタリーでもないフィクションにしました、というような薄っぺらなものではなく。だから脚本もきちんと書くようにしました。脚本は独学で一人で書いても良いものが書けるわけでもないので、一人はプロの脚本家を入れてね。映画的にも一作品として、きちんとひとり立ちするようなものを作るつもりがありました。

クリス(右)を演じたアレクシス・マネンティは、ラジ・リ監督、ジョルダーノ・ジェデルリーニと共に脚本も手掛けている

──(スティーヴへ)あなたはモンフェルメイユに住んでいたことはあるのですか?
スティーヴ モンフェルメイユ自体に住んでいたことはなく、隣の地区なのですが、とても似通った地区です。

──モンフェルメイユの実態を知っているということは、今回のキャスティングにおいて重要だったのですか?
リ監督
 もちろんスティーヴはあのような世界観を身をもって知っているわけですが、でもそれが理由で即決したということはなく、やはり彼はこの役をやりたいという思いでオーディションを受けてくれて、それで決まりました。

“市長”役のスティーヴ・ティアンチュー

──(スティーヴへ)そのエリアを知っているということは、今回の役を演じる上で助けになりましたか?それとも逆に難しくなってしまったり?
スティーヴ
 もちろんあの世界観は自分では知っていたわけですが、この自称市長という役柄に対しては、こうした人の存在は知らず、ただ脚本に書かれていたので、役作りをしました。この社会での”市長”の役割は、社会的な平和をなんとか守っていくために、例えば行政の人と話をして「ケンカが起きているけどお金で示談になるから、助成してくれ」みたいなことを調停する役割ですね。これは脚本に書かれているわけではないので、自分でリサーチもしました。映画に市場が出てきますが、そこでは縄張りがどんな風になっているかも調べました。

役作りでの人物造形としては、一応彼は支配者側にいるわけですが、いつもイライラしているという風にはしたくありませんでした。どちらかと言えば、彼自身も”持つ者”ではなく”持っていない者”で、唯一少しだけ持っている物が失われるかもしれないという恐怖感を抱きながら、なんとか平和を維持しようと努めているという、脆弱な部分もある人物にしました。

スティーヴ・ティアンチュー演じる”市長”

──外から来たキャストには、モンフェルメイユの実態を肌で感じてもらうために、なにか行いましたか?
リ監督 僕自身が撮ったドキュメンタリーが既にあったし、Kourtrajméという我々のアーティスト集団の作品もあったので、それが資料になったところもあります。グワダを演じたはジェブリルは、実はクリシー=ス=ボワというモンフェルメイユと非常に似通った、もっと貧困が残ったところの出身です。クリスを演じたアレクシスはモンフェルメイユに住んでもう15年だし、Kourtrajméのメンバーでもあります。本当の意味での新参者は、ステファンを演じたダミアン・ボナールですね。だから、警官の行動とか態度はリサーチしてもらいました。実際に警官に会いに行ってもらったり、パトロールについて行ったりして。その時は警官たちは協力的でしたね。

──昔あなたが撮った警察の映像はメディアで取り上げられたことにより反応があったわけですが、ソーシャルメディアの登場などでニュースメディアを取り巻く状況も大きく変わっていく中で、映画という媒体も含め、メディアが果たす役割は何だと思いますか?
リ監督
 僕自身は、郊外に対するメディアの責任は重大だと思っています。メディアは、最初から自分たちのイメージや先入観が頭の中にあって、それに見合った映像を撮って、すぐにルポルタージュと呼んだりとか、批評しながらも深く掘り下げるものではなく、自分たちの欲しい物だけを撮って、それで郊外はこんな感じだと、とてもステレオタイプ的な郊外のイメージをこれまで流し続けています。それが一般的な市民の郊外に対する見方となっていくわけですよね。

それで僕自身はメディアの責任をすごく感じていたので、『Go Fast Connexion』(08年)という、本当はフィクションなのですが、ドキュメンタリー風に見せた、メディア一般を批判するニセのドキュメンタリー作品を一本撮っています。2005年の暴動の後ですね。

──郊外の問題を描いた作品の多くは”よそ者”が撮ってきた一方で、本作はその地で生まれ育ったあなたが描いているところが決定的に違います。例えば、マチュー・カソビッツの『憎しみ』も、パリ郊外の荒廃と若者の怒りを描いた作品として有名ですが、そうした作品には共感しますか?
リ監督
 そこがまさに問題で、郊外に住んでいない作家たちが、郊外を舞台にした作品を撮るのが現実です。権利がないというわけではありませんが、やはり彼らは、外側から見ているため、必然的に多少のバイアスがかかっていたり偏見があることは否めません。本作は40歳の私はずっと見てきた、経験してきたことを描いており、それが大きな違いだし、見てわかると思います。

スティーヴ もちろん郊外を撮る権利は誰にもあると思いますが、最低限のリサーチはするべきだと思います。だいたい今は、既に書かれた記事をいくつか読んで、テレビのルポルタージュを見て、郊外映画を作っていくパターンが多いです。『憎しみ』も、僕から見たらとても表層的な、郊外映画のポスターみたいなものです。僕らがもっと描いてほしいのは、その中に入っていくという意味で、例えば警察官たちの住民たちに対する態度は、これまでなかなか撮られてこなかった。それこそを撮ってもらいたいのに、見過ごされてきたのが現状です。

──以降、『レ・ミゼラブル』のエンディングに関するネタバレが含まれます──

──映画の終盤では、火炎瓶が実際に投げられるという、より悲劇的なエンディングにする案もあったと伺いましたが、今回のようなトーンで終わらせることにしたのには、どんな考えがあったのですか。
リ監督
 脚本の時点で、今回のラストシーンとなっていました。その撮影が終わってみると、ちょっと時間もあったし、どんな風になるのか監督として見てみたいと思い、その火炎瓶が投げられたというバージョンを撮ってみました。でもそれを見たところで心が揺らいだということはなく、最初から今回のような終わり方にするという意図はありました。

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『レ・ミゼラブル』(原題:Les Misérables)

パリ郊外に位置するモンフェルメイユ。ヴィクトル・ユーゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台でもあるこの街も、いまや移民や低所得者が多く住む危険な犯罪地域と化していた。犯罪防止班に新しく加わることとなった警官のステファンは、仲間と共にパトロールをするうちに、複数のグループ同士が緊張関係にあることを察知する。そんなある日、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へと発展。事件解決へと奮闘するステファンたちだが、事態は取り返しのつかない方向へと進み始めることに……。

監督・脚本/ラジ・リ
出演/ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ、ジャンヌ・バリバール
2019年/フランス/フランス語/104分/カラー/シネスコ/5.1ch

日本公開/2020年2月28日(金)新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給/東北新社、STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト
©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS