【単独インタビュー】『ダンサー そして私たちは踊った』主演レヴァン・ゲルバヒアニ
- Mitsuo
ジョージア国立舞踏団のトップダンサーを目指す青年の運命を変えた恋と成長を描き、第92回アカデミー賞国際長編映画賞スウェーデン代表作に選出された『ダンサー そして私たちは踊った』が2020年2月21日(金)に日本公開されました。
国立舞踊団で幼少期からダンスパートナーと練習に明け暮れてきたメラブ(レヴァン・ゲルバヒアニ)が、突然舞踊団に現れたカリスマ性溢れる青年イラクリ(バチ・ヴァリシュヴィリ)に惹かれていき、保守的なジョージア社会の中でダンスと共に自身のアイデンティティに向き合い成長していく様が描かれる本作。
スウェーデンの新鋭かつジョージアにルーツを持つレヴァン・アキン監督が、「ジョージアへのラブレターだ」と語る本作は、ジョージアでは11月8日から3日間のプレミア上映の5,000枚のチケットが13分で完売。ところが国内最大の教徒数を持つとされるジョージア正教会は、同性同士の恋愛を描いた本作に対して「ジョージアとキリスト教の価値を貶める」と上映中止を求める声明を発表し、右翼部隊が上映に抗議し映画館に突入しようとするなど、空前の騒動となりました。
一方で、2019年カンヌ国際映画祭「監督週間」でのプレミア上映を皮切りに、世界各国では高い評価を獲得。2019年スウェーデン・アカデミー賞(Guldbaggen:ゴールデン・ビートル賞)では最多7部門にノミネート、作品賞、主演男優賞など最多4部門で受賞しました。
主人公のメラブ役を演じたのは、1997年ジョージア生まれのレヴァン・ゲルバヒアニ。スクリーンデビュー作ながら、その自然な姿が劇中のダンスシーンを牽引し、世界中で高い評価を獲得。米W Magazine誌では、2019年カンヌ国際映画祭の「最も刺激的なスター」の一人に、アントニオ・バンデラスやウィレム・デフォーと並んで選出されました。
子どもの頃にアニメを見て日本に恋をしたというレヴァンは、左腹には”カオナシ”のタトゥーを入れ、劇中に登場するとある日本映画のポスターも自分で選んだといいます。公開に先立ち来日し、滞在中にはスタジオジブリに行ったり、お台場の花火を見たいと話すレヴァンが、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。
──最初に脚本を読んた時は、どんな印象を持ちましたか?ジョージア社会では論争を引き起こしそうな内容が含まれているわけですが。
最初の反応は「わあ、僕たち火炙りにされるんじゃ」といった感じでしたが、そうした内容が含まれていることはオファーを受けた時から聞いていたので、脚本を読む前から心構えはできていたし、そうした意味で驚くようなところはありませんでした。とても良い脚本だったし、驚いたところと言えば、(監督の)レヴァンはスウェーデンに住んでいるのに、どのシーンでもジョージア社会を本当に自然にリアルに書いていたところですね。
──今回の役はインスタグラム経由でオファーを受けたそうですね。
はい、監督が見つけてきました。
──最初は出演を何度も断ったそうですが、最終的にはお母様に背中を押されて、決心したそうですね。その頃はどんなことを考えていたのですか?
出演はしたかったのですが、この社会がどんな反応を示すのか、怖かったのです。僕にとっては友人や家族からのサポートが必須で、それが得られたことで落ち着くことができ、「よし、やろう」と決断することができました。本作のような映画を作り、議論を促すことは非常に大切なことだと思いましたから。
──友人や家族はどちらかと言えば伝統的な価値観を大事にするタイプなのですか?
いいえ、そうではないと思います。親は古臭い考え方をしているところもあるかもしれませんが、友達は違いますね。若い世代は考え方もとてもオープンで、プログレッシブですから。
──メラブというキャラクターについて、監督からなにか説明を受けたりしましたか?
メラブという人物は、2年近くかけて監督と一緒に作り上げていきました。トビリシのバーやクラブといった若い世代が遊ぶ場所を夜に巡って、その雰囲気や感情を掴むようにしました。メラブを説明するような記述があったわけではなく、撮影しながら僕たちの中で形成されていきました。
──役作りのためになにか準備したことはありますか?
いいえ、特にありません。リハーサルをしたり、脚本を読み込んだりしたくらいですね。
──あなたとメラブが似ているところと言えば?
「ムード」ですかね。メラブも僕も非常に気分屋です。それから二人ともダンサーであるところですね。
──メラブは経済的に苦しい家で暮らしていますが、これもジョージアの現状を反映しているものなのでしょうか?
はい、あのような暮らしを送る人々はジョージアに大勢います。ジョージアは非常に貧しい国で、莫大な富を握る1人が国全体を所有しているような状況です。他の人々は非常に貧しく、あのような形で私たちは育ってきたわけです。
──カメラの前でメラブを演じる際に、最も気をつけたところは?
会話のやりとりと言葉ですね。これまで感情を言葉で表現する経験をしたことがあまりなかったので、カメラの前では毎回、その時の感情や気持ちを言葉で正しく表現しようとするのが大きなポイントでした。
──映画初出演だったわけですが、大変だったところは?
演技面では、「セックスシーンは大変でしたか?」といつも聞かれるのですが、答えはノーで、とても楽でした。現場も楽しかったというか、撮影したのは11月で氷点下の極寒だったので、バッグの後ろに湯たんぽを潜ませてありました。共演相手のバチも、キスをする場面では石と身体の間に湯たんぽを隠し持っていて、セックスの場面では二人の間に湯たんぽを入れて、面白かったです。演じるのが気まずそうに思われる場面ですが、実際はとても簡単でした。リハーサルもしたし、一部の動きも事前に決められていたので、準備も良く出来ていましたし。
身体面で一番キツかったのは、ラストのダンスですね。それから家での結婚式の場面で、長回しのショットがあるのですが、その撮影が一番大変でした。
──そうしたラブシーンに対する不安はありましたか?
はい。脚本を読んだ時に唯一心配したのは、その部分ですね。非常にセンシティブだし、描き方次第では、極右の人々に対して挑発的なものになってしまいますから。撮影されたショットを確認すると、とても良くて本当に美しかったので、大丈夫だと思いました。
──バチとの相性は抜群ですが、関係づくりになるようなことはなにか…
(記者が質問を終えるのを待たず興奮した様子で)いいえ、それが本当に面白くて、一切何もしていないんです!本当に自然と、あのようなケミストリーが生まれました。
──カメラの前で演じてみて、最も気に入ったところは?
初めてのことだったので、まだわかりません(笑)。数年後にはその答えにたどり着けると思います。でも、映画作りの一連のプロセスや雰囲気は大好きです。
──続いて、ダンスについて。まずクラシックバレエを習い始めたのは15歳頃の時だったと伺いましたが……
その辺は実はとても複雑で……、まず4歳の時に、母が僕をジョージアダンスのスタジオに入れました。ジョージアダンスはとても一般的で、本当にみんな経験したことがあります。日本でいう空手のような……(笑)?9歳頃までやっていましたね。その後ラテンダンスを1年ほど。”チャチャチャ”の社交ダンスですね。それから演技の勉強も始めました。14歳からは、クラシックバレエの学校に4年ほど通いました。同時期にコンテンポラリーダンスのトレーニングも受け、高校卒業後はスキルを磨くために、フィジカルシアターなどにも参加しました。15歳という年齢はバレエを始めるには非常に遅いし、僕はバレエダンサーではありません。授業をいくつか受けて基本を知っているくらいです。
──多数のダンスシーンがありますが、あなた自身が振り付けに参加したものはありますか?
僕の提案が含まれているのは最後のダンスシーンだけですね。残りのジョージアダンスのシーンはコレオグラファーが演出したものです。残念ながらそのコレオグラファーの名前は言えませんが……。
──エンドロールでも名前は伏せられていましたね。
名前を明かしてしまうと、彼は職を失い、一部のジョージア人から脅されてしまうでしょうからね。撮影の前には3ヶ月間のリハーサルを行いましたよ。
──最も気に入っているダンスはありますか?
中盤でバチと一緒に踊るデュエットのダンスですね。
──ダンスをしている時に最も楽しさを感じる瞬間は?
その時次第ですね。いつも楽しい気分でいるわけではないし、特に踊っているときは、身体やダンスを通じて感情を表現していくわけです。だから、その時次第。でも僕にとっては、踊ること自体が楽しいものです。ダンスは心と身体を精神的に繋いでくれるもので、踊っている最中はそれを強く感じることができます。その繋がりこそが、楽しさなのでしょうね。
──コンテンポラリーダンスとジョージアダンスは非常に異なりますし……
そうです、白と黒のようにはっきりと違いますね。
──身体的にも求められものは異なるわけですが、どのように今回のジョージアダンスをやり遂げたのですか?
そうなんです、本当に大変でした。コンテンポラリーダンスはソフトで……、女性的とは言いませんが、しなやかなものです。それに比べ、ジョージアダンスは非常にマッチョで男性的で、身体的にも過酷な動きが多く、体力が求められます。その男性的な動きを表現するのがとても難しく、どうやって撮影を乗り越えられたのか自分でもまったくわからないのですが……、とにかく努力しました。ジョージアダンスの経験がある人なら、この映画で僕がプロのジョージアダンサーでないことに気づくでしょうね。
──どのくらい練習したのですか?
3ヶ月のリハーサル中は、毎日6〜7時間ですね。かなりの時間をかけたと言えます。
──体重も増やしたのですか?
いいえ。僕の普段の体重は60キロなのですが、撮影中も同じでした。ダンサーとしていつもワークアウトをしていて、身体が出来てしまっていますからね。でもバチはダンスをしていて7キロ痩せましたよ(笑)。
──今後ジョージアダンスはやりたいと思いますか?
いいえ、絶対やりません(笑)。とにかく、ジョージアダンスを踊っている時の気分が嫌です。僕向きのダンスではないのだと思います。
──喜びや悲しさをはじめ、様々な感情を素晴らしく豊かに表現されていましたが、どうやってメラブと感情的に繋がるようにしたのですか?
(監督の)レヴァンがとても良いヒントをくれたのを覚えています。自然のまま、ありのままで。アクションはリアクションなのだから、互いのことをよく聞くようにと。それを実践してイラクリに耳を澄ますようにすると、自然と動けるようになりました。なので、簡単でしたよ。
──続いて、観客の反応についての話を……
どこのですか?ジョージア(笑)?
──カンヌをはじめ各地では大好評だった一方で、ジョージアでは反対運動があったそうですね。
ジョージアでは、残念ながらその通りです。カンヌでは、なぜだかわかりませんが、非常に気に入っていただけました。素晴らしい観客に恵まれ、スタンディングオベーションが15分も続きました。モノによってはブーイングが起きるようなところなのに、異例だったのではないでしょうか。数多くの映画祭などを巡ってきましたが、ほとんどの場所で皆さんに好意的に受け止めてもらえています。
その一方で、ジョージアでも同様の反応が起きたとは言えません。6,000枚のチケットが1日で売れてしまいましたが、映画館の入口をブロックする人々も現れました。とある女の子はジョージア人の男性から携帯電話を投げつけられたりもしたし、多数のセキュリティや警察官も出動し、シアター内でも複数の警察官が立会い、大変な騒ぎとなっていました。でも面白かったは、僕たちのもとに届いたのは良いコメントやポジティブなメッセージばかりで、例えば僕のSNSにヘイトコメントが寄せられるようなことはありませんでした。この映画のことが気に入らないジョージア人はたくさんいるのにね。
ジョージアという国はとても複雑で、アゼルバイジャンやアルメニアといった他のコーカサス地域の国に比べると本当にプログレッシブですが、非常に保守的な面もあり、社会は分断しています。僕を含む若い世代はオープンでEUに憧れる一方で、年配の世代はソビエト連邦の子孫というか、ソビエト的思想に洗脳され、ロシアから強く影響を受けています。この2つの集団が同居しながら、お互いにコミュニケーションをとれていないのが現状です。
──ジョージアにはどのように変化していって欲しいですか?
ジョージアは変わっていくと思いますが、それには時間がかかります。それでも、2013年と比べると……ご存知かもしれませんが、この年にジョージア初のプライドパレードがあり、それに対して極右グループが大規模な抗議を行った様子が、世界で報じられました。50人ほどの若者が行おうとしたパレードに、2、3万人が反対したのです。その頃に比べると、ジョージアは随分と変化しました。理由はよくわかりませんが、その変化は日々感じられます。この映画の上映では劇場の外で大勢が反対しましたが、数日前に女性同士の恋愛を描いたジョージア映画が上映された時には、劇場の外で抗議したのは10人ほどでした。社会がもう変化し始めていることの現れだと思います。信じ難いと思う人もいるかもしれませんが、ジョージア社会は変化することができるのです。
──本作を通じて、そのジョージア社会の変化を促す1人となったことに対して、どう感じていますか?
嬉しいことだし、誇りに思っています。そのような時代に、社会に名を残す素晴らしい機会だったと思います。
──友人や家族は映画を観てどのような反応をしましたか?
ジョージアで行ったシークレット上映で最初に観てもらったのですが、みんなとても気に入ってくれたし、誇りに思ってくれました。僕の母は抗議運動があった劇場でも観たのですが、その時は僕がジョージアにいなくて、母は携帯で「泣いた」とメッセージを送ってくれました。「映画を観た後、外に出たところで現実を見ると、とにかく泣けてきた」とね。でもそれこそがこの映画の最も大切なポイントだと思います。そうしたぶつかり合いは日々起きている現実であり、時にはそれを異なった視点や角度から見てみる必要があると思います。
──当初から「この映画に出れば絶対に人生が変わる」と言われていたそうですが、振り返ってみて、この映画に出演したことであなたの人生はどのように変化しましたか?
個人的な話では、2年前の自分と今の自分を見比べると、本当に変わったと思います、細かくここが変わったとか、こんな風に行動が変わったとかいう具体的なものではなく、2年前とは何かが違う感じがします。前よりも他人を尊重して好意を持ったり、理解できるようになったと思います。例えば極右の人々のことだって、2年前の僕ならLGBTコミュニティに対する抗議運動を見たらひどく怒り、ダークサイドな奴らだと言い放っていました。でも今は見方が変わり、問題なのは、ゲイであることがどんなことなのか彼らが知らないことであり、さらには、教会や政府からゲイは病気だ、ウイルスだといったイメージを植え付けられているのが発端なのだと、気づけるようになりました。
キャリア面では、以前はバーテンダーをしながら月に何度かダンスパフォーマンスをしていたのが、今はこのように様々な機会に恵まれているわけで、もちろん大きく変わりました。
──今後はダンスと演技、どちらに注力していきたいですか?
それは……良い質問ですね。なぜなら、どちらもやりたいから。ダンスは僕の人生において非常に大きなもので、ダンスのない自分なんて想像できません。でも一方で、映画作りのプロセスや撮影も好きだし、演技もしたいと思っています。どちらもですね(笑)。
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『ダンサー そして私たちは踊った』(原題:And Then We Danced)
監督/レヴァン・アキン
出演/レヴァン・ゲルバヒアニ、バチ・ヴァリシュヴィリ、アナ・ジャヴァヒシュヴィリ
2019/スウェーデン、ジョージア、フランス/カラー/ジョージア語/113分/映倫:PG12
日本公開/2020年2月21日よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開
配給/ファインフィルムズ
後援/スウェーデン大使館、ジョージア大使館、在日フランス大使館、アンスティチュフランセ日本
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