Column

2020.02.15 18:00

【単独インタビュー】『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』原作者サヴァンナ・クヌープが語る、美少年作家になりすました本人の心情

  • Atsuko Tatsuta

母親から虐待を受け、男娼をしていたという衝撃的な自伝的小説「サラ、神に背いた少年」(00年)、「サラ、いつわりの祈り」(01年)でベストセラー作家となったJ・T・リロイ。金髪の美少年作家は、文壇だけでなく、映画界やセレブリティたちを巻き込んで時代の寵児となるが、2006年、ニューヨーク・タイムズが暴露記事を掲載する。小説を書いていたのはローラ・アルバートという40代の女性で、公の場に登場する“金髪の美少年作家“は、サヴァンナ・クヌープというローラの恋人の妹が演じていたものだったのだ──。

映画『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』は、当事者であるサヴァンナ・クヌープが2008年に出版した回顧録「Girl Boy Girl: How I Became JT Leroy」の映画化である。このスキャンダルに関しては、ローラ・アルバートの目線から描かれたドキュメンタリー『作家、本当のJ.T.リロイ』(16年)が製作・公開されているが、本作は、実際にJ・T・リロイを演じたサヴァンナの立場から描かれたものである点が興味深い。

クリステン・スチュワート演じるサヴァンナ・クヌープ

1971年、サンフランシスコ生まれのクヌープは、スキャンダルが発覚後、ローラとは距離を起き、現在ではニューヨークを拠点として、アーティストとして活動を続けている。フィクションからドキュメンタリー、ファンタジーなど幅広く手掛ける映像作家でもあり、ホイットニー美術館、フィラデルフィア現代美術館などでパフォーマンスを行ったり、エキシビジョンを開催しているという。

世間を賑わしたスキャンダルから約15年。渦中の中心人物であり、この映画の原作・脚本・製作総指揮を務めたクヌープが、日本公開に際してニューヨークから電話インタビューに応じてくれました。

サヴァンナ・クヌープ

──「サラ、神に背いた少年」、「サラ、いつわりの祈り」を原作にしたアーシア・アルジェント監督の『サラ、いつわりの祈り』が「監督週間」で上映された2004年のカンヌ国際映画祭、そしてその映画のプロモーションのために2005年にあなたが来日した際にもインタビューしていますので、お話するのは、今回が3度目になります。
ああ、そうなのね……。

──2006年にニューヨーク・タイムズに暴露記事が掲載された比較的すぐ後に、あなたはあのスキャンダルに関する回顧録を出版されましたが、さらに10年ほど経った今、なぜ映画化することになったのでしょうか。
映画をつくることにしたのは、(本作の監督を務めた)ジャスティン・ケリーに出会ったことが大きいですね。彼の作った短編を観ていて、良い監督だということは知っていました。そんな彼に偶然会う機会があって、一緒に映画をつくらないかと提案されたんです。実は、それ以前にもいくつか映画化権のオファーをいただいていたのですが、どれもいまひとつピンときていませんでした。けれど、ジャスティンという良い監督に出会えたことで、映画化してもいいかもと思い始めたんです。

──あなたの主張を世の中にもっと知っていただきたかったのですか?つまり、本を出版しただけでは、十分に自分は世の中に理解されていないと感じていましたか?
本は映画とは違うアート様式です。私は、自分自身のストーリーを本という形で解きほぐしていきました。ですが、映画はまた違うストーリーテリングですから、違う見方をする人もいるかもしれませんよね。それに本には想像の余地がたくさんありますが、映画は、より直接的に表現できるアート様式です。そういう意味でも、映画という形でこの物語を語るのは面白いのではないかと思いました。もちろん私は、本が出たことも嬉しく思いましたし、それが今回映画化されることも喜ばしく思っていますよ。

──本作でも描かれていますが、2004年のカンヌ国際映画祭では、『サラ、いつわりの祈り』が上映されたことによって、あなた方はそれまでとは違う脚光を浴びることになりましたね。アーシア・アルジェントという注目を浴びる監督の手で映画化されたこともあって、その年のカンヌの話題のひとつとなりました。今振り返って、あのカンヌでの体験はどんなものでしたか?
J・T がスポットライトを浴びていただけで、私がスポットライトを浴びたわけではなかったんですよね。私は単にJ・Tの役を演じていただけですから。でも、J・Tを演じるということが、より際立ったイベントだったことは確かです。映画の最後の方で、J・Tというキャラクターを私はこのまま演じていくのだろうかと思うようになりますが、本当に騒ぎが大きくなりすぎてしまって、このままどうなるのだろうと不安になりました。案の定、騒ぎはどんどん広がっていって、その後に墜落が起きます。私の中では、カンヌでの経験はそのクレッシェンドのハイライトだったと思います。

──カンヌでもてはやされていても、居心地が悪かったのですか?
J・T・リロイというキャラクターを公の場で演じるのは、いつも居心地の悪いものでした。そういう意味では、カンヌでも居心地は悪かったですね。私自身としても、不快な出来事もありまし……それは何かは言いませんが。

──その翌年の2005年、『サラ、いつわりの祈り』のプロモーションで来日した際の経験はどういう印象が残っていますか?海外のプロモーションは、日本だけしか行わなかったそうですが、なぜ日本だけだったのでしょうか?
日本に行くというのは、私が決めたわけではありません。J・T・リロイの本を書いたのはローラ・アルバートで、日本でのプロモーションを決めたのも彼女です。日本での滞在は素晴らしかったことは覚えています。でも、プロモーションで行くとやることがいっぱいあって、あっという間でしたね。

──当時のあなたのインタビュー記事を最近読み返したのですが、回答は、作家として完璧でした。ローラとの間でJ・Tリロイがどうインタビューに答えるべきかなどは、細かく決められていたのでしょうか?
最初にローラからJ・T・リロイを演じてくれないかと頼まれたときも、すでに彼女が書いた小説「サラ、神に背いた少年」は読んでいました。その小説がとても好きだったので、ぜひローラのサポートしたいというのも、私がJ・Tを演じることを引き受けた理由のひとつでした。演じていくうちに、ローラがそれ以前にJ・Tとして受けた電話インタビューなども全部読みました。ローラ自身は、すでにJ・Tのバックストーリーを全部創り上げていました。日本に行ったときは、すでに私がJ・Tを演じてから何年も経っていたので、J・Tの人生に起こった重要な出来事を完全に把握していましたね。

ローラ・ダーン演じるローラ・アルバート

──2006年にニューヨーク・タイムズの暴露記事によって、あなたがJ・Tを演じていたことを世間が知るようになりました。その後、ローラとの関係はどうなったのでしょうか。
私がJ・T・リロイを演じたことで、私とローラの関係はとても強くなっていきました。そして記事が出て、いろんなことが発覚し、そこでふたりの間にはある種の別れが訪れました。その後何年も会わず、電話すらしない時期もありました。そして時間が経って、少しづつ絆が戻ってきたという感じです。私たちは恋愛関係ではありませんでしたが、ある種恋愛関係と同じくらい強い絆だったと思います。恋人と別れた後は、しばらく音信不通になってそれから徐々に、ある距離をおいて付き合えるようになったりしますよね。今はそういう感じですね。

──映画の中ではエヴァという別名となっていますが、アーシア・アルジェントとの関係はどんなものだったのですか?
名前をエヴァと変えたというのは、(私たちの関係は)すでに周知の事実だったから……。ふたりの関係は、この映画の中ではっきりと描かれていますからね……。

サヴァンナ(クリステン・スチュワート)、エヴァ(ダイアン・クルーガー)

──あなたの役を演じたクリステン・スチュワートとはどういう話をされたのでしょうか。なにかアドバイスはされましたか。
特別なアドバイスをしたことはありません。会ったときには、クリステン自身はすでにいろいろリサーチをしていましたから。いろいろなダイナミクスがある物語において、演じ分けるときの繊細さを話したかもしれませんが。そう、唯一のアドバイスは、“サヴァンナというキャラクターのキーポイントは、オープンさだと思う”と言いました。ローラからJ・Tを演じることを依頼されたとき、やってみようという好奇心とオープンさがあったからこそ、この出来事が起こったのだと思うということは話しましたね。

サヴァンナ・クヌープ、クリステン・スチュワート

──15年近く経つのに、なぜあなた方のこのストーリーに多くの人が興味を示すのでしょうか?誰かのアバターになるという願望、あるいは思い通りのアバターをつくって生きたいという願望を、SNSの普及により、多くの人が簡単に実行できるという現実があるからでしょうか?
おっしゃるとおり、今日はSNS、あるいはポスト・トゥルース時代だからこそ、この物語はがさらに意味があるのかもしれません。当時はまだ、スマートフォンもFacebookもなかった時代。それらが発達した時代だったら、あのような出来事は起こらなかったでしょうね。みんながポケットからスマートフォンを取り出し、すぐに写真を撮り、拡散できる時代だったら、すぐにバレてしまいますからね。当時はある種、神秘のベールに包まれることができた時代だったのです。

──あなた自身も本を書き、映画化もされました。ローラの演出でJ・Tリロイを“演じた”ことは、今振り返ってみてあなたの人生においてどんな意味があったと思いますか?
私にとってあの経験は、“自分に対するリマインダー”という気がします。私は一体何者なのか、どういう風に世の中と関わっていきたいのか、どういう風に世の中で生きていきたいのかをチェックする機能というか。あの出来事から、とても多くのことを学んだと思います。自分がいったい何者なのか、自分がどんなものを大切にしているのかということに、とても影響を与えた経験でした。自分が成長していく上でというか、あの時はまだ私は成長期にあったと思うので、とても混乱した出来事でもありました。まだ自分がどんな人間かわかっていない時期に、自分でないものを演じることで、すっかり混乱してしまったのです。当時、私はいろいろな物作りをしていました。たいていは服をつくることに時間を割いていたのですが、たまに外に出るときは、J・T・リロイになって、使っていない筋肉を動かしている、という感じがしました。ローラの影響を強く受けたことで、自分が何を信じているのかが揺らぎました。それまで当たり前だと思っていた価値観が揺らいでしまったんです。人生のあらゆることに疑問を抱くようになりました。この映画の中にも描かれているように、いったい我々人間は、自分がこういう人間だと主張しているものが真の姿なのか、あるいは、世の中でやっていることがその人の本当の姿なのか、ということを考えさせてくれることになりました。

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『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(原題:Jeremiah Terminator LeRoy)

アメリカ文壇に彗星のごとく登場し、時代の寵児となった美少年作家J・T・リロイ。映画『サラ、いつわりの祈り』の原作者としても知られる彼は、ふたりの女性が創り上げた架空の人物だった!2000年代に一大スキャンダルとして報じられたこの驚くべき事件について、初めてJ・Tの分身を担ったサヴァンナの視点から映画化。彼女は、なぜローラに言われるがまま数年間もJ・Tを演じ続けたのか?

監督・脚本・製作総指揮/ジャスティン・ケリー
原作・脚本・製作総指揮/サヴァンナ・クヌープ
出演/クリステン・スチュワート、ローラ・ダーン、ジム・スタージェス、ダイアン・クルーガー、コートニー・ラヴ
アメリカ/カラー/108分/スコープ/5.1ch/字幕翻訳:石田泰子/PG12

日本公開/2020年2月14日(金)よりシネマカリテ&YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開!
配給/ポニーキャニオン
公式サイト
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