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2020.02.14 12:00

【ネタバレありレビュー】『1917 命をかけた伝令』観客の“五感”を戦地に放り込む、驚異の119分

  • SYO

※本記事には映画『1917 命をかけた伝令』のネタバレが含まれます。

こんな映画は、観たことがない。

誇張でも宣伝でもなく、全身でそう思わされてしまう世紀の傑作だ。鳥肌が立つほどの圧倒的な臨場感と没入感。究極的なまでのリアリティ。「兵士が走る」だけのシンプルなストーリー。戦争映画としての深み。そして、衝撃的な“全編ワンカット”。それでいて、細部に至るまで「見やすさ」を追求しているから恐れ入る。

第73回英国アカデミー賞で作品賞をはじめ最多7部門、第92回アカデミー賞で3部門を受賞した『1917 命をかけた伝令』(19年)が、いよいよ日本公開を迎えた。

監督は、『アメリカン・ビューティー』(99年)『007 スカイフォール』(12年)のサム・メンデス。撮影監督は『ブレードランナー 2049』(17年)のロジャー・ディーキンス。編集は『ダンケルク』(17年)のリー・スミス。プロダクション・デザインは『ビッグ・フィッシュ』(03年)ほか、メンデス監督、ディーキンスとのタッグも数多いデニス・ガスナー。衣装・音楽なども入れれば、アカデミー賞受賞者や候補者がずらりと並ぶ。よくこれだけのメンバーをそろえたものだ。アカデミー賞だけでなく、ゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞ほか、賞レースを席巻したのも当然といえよう。

『1917 命をかけた伝令』のストーリーは、先にも述べた通り極めて明快だ。1917年のフランス。イギリス軍の兵士スコフィールド(ジョージ・マッケイ)とブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)は、上官からドイツ軍を追撃中の別部隊に重要なメッセージを届ける指令を出される。夜明けまでに部隊と合流し、伝達できなければ、ドイツ軍の罠にかかって1,600人が全滅してしまうというのだ。ドイツ軍の占領地を、たった2人で駆け抜ける決死の任務が始まった──。

実体験を“再現”するためのワンカット手法

本作は元々、メンデス監督が祖父から聞いた戦争体験が基になっている。そこに、ロンドンの帝国戦争博物館で見つけた当事者の証言や、1917年当時の西部戦線の研究を加え、作品の骨格が出来上がっていった。1917年といえば、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのピーター・ジャクソンが手掛けた、戦時中の記録映像を集めた傑作ドキュメンタリー『彼らは生きていた』(18年)と同じ時代だ。

余談だが、『1917 命をかけた伝令』と『彼らは生きていた』をセットで観ると、本作がここまで現実に近づけて制作されたのかと驚かされるだろう。製作陣は史実に敬意を払い、実際の戦場での撮影を行わなかったそうだ。ロケーション監修のエマ・ピルは「銃弾や砲弾、遺体もまだ地中に残っている場所で撮影を行うことはできない。戦争による遺産を損なわず、戦没者への侮辱に当たらない場所を探した」と語っている。最終的にはイギリスやスコットランドでロケ撮影を行ったそうだ。このエピソードからも、入念な事実考証を経て製作されたことが分かる。

メンデス監督は、「『西部戦線異状なし』や『地獄の黙示録』と同様、事実に基づいたフィクションを作り上げたかった」と語っている。そのために採択されたのが、「最も実体験に近い」とメンデス監督が語る、ワンカットという手法だったのだ。つまり、「ワンカットで撮りたいから」ではなく「事実を“再現”したいから」が目的だったということ。そのため『1917 命をかけた伝令』のワンカットは、これまでの映画で観られたワンカットとは大きく異なっている。

ロジャー・ディーキンス(撮影監督)、サム・メンデス監督

端的にいうと、本作のカメラには意思がある。ワンカットといえば、名作『黒い罠』(58年)で「時限爆弾が爆発するまで」をリアルに見せるためにこの演出が使われたように、「追う」イメージが強い。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14年)も『カメラを止めるな!』(17年)も、その系譜に位置する。しかし、『1917 命をかけた伝令』のカメラは登場人物を飛び越えて先に行く。ただ追うだけではなく、時に待ち構え、次に向かうべき方向を指示し、カメラ自体が1つのキャラクターとして成立しているのだ。この辺りの動きは、後述するがテレビゲームの感覚に非常に近いといえる。

さらに本作のカメラは、非常にアクティブだ。主人公が走れば走り、水に飛び込めば飛び込み、車に乗れば追いかける。とはいえ、ピントがずれたり画面がぶれたりすることはない。映像のクオリティは保ちつつ、動き回る。撮影には複数のカメラマンを起用し、入れ代わり立ち代わり動くことで成し遂げたというが、メイキング映像を観てもその苦労が痛いほどに伝わってくる。ワンカット手法の限界値を突破した作品であることは間違いない。

さらに、当然ながら360度撮影で、大半がロケ撮影。照明器具も設置できず「雲の動き一つ違っても成立しない」天気頼みの撮影では、太陽が陰り、曇りになった瞬間出演者・スタッフが一斉に動き出し、撮影を始めるような状況だったという。撮影期間は65日で余裕もあまりなく、スタッフは数年分の気象データをリサーチし備えたという(それでも予想外の天候に日々悩まされたそうだ)。

約4ヶ月かけてリハーサルが行われ、細部に至るまで段取りが詰められ、セリフの微調整などが行われた。「このセリフを言い終わるタイミングでここに着いていなければならない」等の理由から、書き直しが発生することもしばしばだったそうだ。『パラサイト 半地下の家族』(19年)で、登場人物が話しているタイミングに合わせてバスを通らせるのに苦労した、という話があったが、そういった作業が無数にあったのだろう。

正確に言えば、本作は「ワンカット風」の映画であり、ワンカットで撮影されたシーンをつなげて1本の映画にしたものだ。とはいえ、『ダンケルク』の功労者であるスミスによる職人芸としかいえない見事な編集によって、観ている我々にはつなぎ目を一切判別できない。「全編ワンカット」という言葉は、決して間違ってはいないのだ。

ゲーム的な構造の先にある、反戦の想い

全編ワンカットに「見える」驚異的な映像が本作の最大の特長だが、その武器を際立たせる“構造”が、作品全体の隠れた核といえよう。本作のつくりを見ていくと、「見やすさ」「分かりやすさ」というものに非常に気を配っていることが感じ取られる。

本作は、主人公のスコフィールドが目を開けるシーンで始まる。その後、命令が言い渡され、任務が始まる。全てのイベントは、映画が始まってから起こるのだ。そのため予備知識が全く要らず、観客は映画を観ているだけで十二分に楽しめる。この「目を開ける=物語始まる」というスイッチは非常に明快で、ボタンを押すことで始まるゲーム的な演出といえる。さらに本作は「塹壕」「敵の基地」「平原」「廃墟」といった“ステージ”が複数用意されており、それぞれを制限時間内に突破することで次のステージに移り、新たなミッションが提示される。一つひとつを乗り越えてゴールを目指す、という構造もゲームに近い。

また、道中で「牛乳を手に入れる」「車を見つける」などの“サポートアイテム”を入手するイベントが用意されているのも、実にゲーム的だ。加えて、各所にチュートリアルキャラも配置されており、「次にこうするべき」といったイベントの説明を行ってくれる。その役割を、コリン・ファース、アンドリュー・スコット、マーク・ストロング、ベネディクト・カンバーバッチといった英国の人気俳優たちが担っているのも示唆的だ。メンデス監督がどこまでゲーム的なつくりを想定していたのかは定かではないが、実際に『1917 命をかけた伝令』は若者でも一瞬で入り込める親切な設計が行き届いており、エンタメ性が抜群に高い。

スミス大尉(マーク・ストロング)

さらに、ワンカット撮影における「時間の演出」も見事だ。『メメント』(00年)や『インセプション』(10年)など“時間”のトリックが大好きなクリストファー・ノーラン監督は、『ダンケルク』でも陸・海・空の3つの異なる時間軸を1本の映画に落とし込む離れ業を駆使したが、分かりやすさという点ではやや玄人向けだった。

本作では『ダンケルク』でいうところの「陸」だけに設定を絞り、メインのキャラクターを1人にして、さらにモノローグや過去と今、夢と現実を行き来するような映画的演出も全て削ぎ、目に見えている“今、この瞬間”だけが絶え間なく積みあがっていくという削ぎ落とした作りにすることで、「解釈」や「考察」などの入る隙を無くしている。その結果立ち上がるのは、純然たる“体験”のみ。

メンデス監督は「観客が、主人公の道のり全て、一歩ずつを一緒に歩み、呼吸をするように感じさせたかった」と語っている。極限にまで画面に没入し、主人公と同化し、自分が戦場にいるような状態を味わう──それこそが本作の命題であり、それを成し得た際にあるのは、戦争の愚かさというものを身をもって体験した人々の中にあった「恐怖」だ。メンデス監督は言う、「主人公たちと同様に、戦場から抜け出せない心情も味わってほしかった」と。それこそが、戦没者たちへの弔いであり、はなむけなのだ。

この映画の中にあるのは、100年後の私たちから観た「懐古」では全くない。1917年当時の生々しい「今」だ。「戦争反対!」というメッセージを現代人の立場から声高に叫ぶのではなく、観客を戦中に叩き落すことで“痛感”させるアプローチ。押し付けるのではなく、自発的に感じさせる。実に映画人らしいスマートな手法ではないか。本作が映像面だけでなく、世界中で高く評価されている理由の1つでもあるだろう。

映画を観終えた後に、改めて『1917』というタイトルを考えていただきたい。第一次世界大戦の終結は、ヴェルサイユ条約が締結された1919年。つまり、この映画の後も戦争は終わらないのだ。戦場に駆り出されたスコフィールドのような若者たちは、まだまだ増え続けたのだろう。

それ故にこの作品には、映画としてのカタルシスはあるにせよ、「歴史」や「事実」が重くのしかかる。20年後の1939年には第二次世界大戦が勃発し、スコフィールドたちの子ども世代が戦地に送られた。そしてその後も、今に至るまで各地で戦争は起こり続けている。戦場で生きることがどんなものなのか、まざまざと五感に刻み付ける本作が、今も世界でくすぶる戦火の歯止めとなることを願ってやまない。

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『1917 命をかけた伝令』(原題:1917)

監督/サム・メンデス
脚本/サム・メンデス、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
製作/サム・メンデス、ピッパ・ハリス
出演/ジョージ・マッケイ、ディーン・チャールズ=チャップマン、ベネディクト・カンバーバッチ、コリン・ファース、マーク・ストロング、ほか
全米公開/2019年12月25日、上映時間/119分

日本公開/2020年2月14日(金)、全国ロードショー
配給/東宝東和
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