Column

2020.02.09 12:00

【単独インタビュー】ヨーロッパ企画 上田誠が語る映画『前田建設ファンタジー営業部』の夢と現実

  • Atsuko Tatsuta

※本記事には映画『前田建設ファンタジー営業部』に関するネタバレが含まれます。

空想世界の建造物の設計と見積りに本気で取り組んだサラリーマンたちの実話を映画化した高杉真宙主演『前田建設ファンタジー営業部』。『賭ケグルイ』、『あさひなぐ』など数々のヒット作を生み出してきた英勉が監督を手掛ける話題作です。

「うちの技術で、マジンガーZの格納庫を作っちゃおう!」──広報を目的としたWEB向けの企画を立ち上げた、前田建設工業株式会社広報グループ。前代未聞のプロジェクトに鼻息が荒い部長アサガワ(小木博明)とは裏腹に、社会人として粛々と働くことに情熱を見出だせない若手社員のドイ(高杉真宙)は熱が入りません。“実際には作らない”設計図を作り、工期を立て、見積書を完成させるという挑戦に、アニメ世界のあいまいで辻褄の合わない設定に翻弄されながらも、プロジェクトは進み始めます──。

“前田建設ファンタジー営業部”は、ダムやトンネル、発電所などの大プロジェクトに携わってきた実在する建設会社、前田建設工業株式会社が、アニメやゲームなどの空想世界の巨大建造物の建設を受注したらどうなるかという企画をWEB上で展開したプロジェクトです。連載が開始された2003年2月は、バブル崩壊後の建設不況に業界全体が不安を抱えていた時代でした。そんな時に登場した驚愕のプロジェクトはシリーズ化され、度々話題となりました。その後、書籍化、舞台化もされた驚くべき実話がついに映画化されました。

脚本を手掛けたのは、劇団ヨーロッパ企画代表の上田誠。1998年にヨーロッパ企画を旗揚げし、すべての公演の脚本と演出、2017年には舞台『来てけつかるべき新世界』で第61回岸田國士戯曲賞を受賞した気鋭の劇作家・演出家です。テレビやラジオの企画・構成や映画の脚本家としても活躍しており、これまで手掛けた脚本は、『サマータイムマシン・ブルース』(05年)、『曲がれ!スプーン』(09年)、『夜は短し歩けよ乙女』(17年)、『ペンギン・ハイウェイ』(18年)など。

2013年に舞台版『前田建設ファンタジー営業部』の脚本・演出を、そして映画版では脚本を手掛け、舞台から映画へとその世界観を盛り上げてきた上田氏が、Fan’s Voiceの単独インタビューでその裏舞台を語ってくれました。

上田誠 氏

──2013年に『前田建設ファンタジー営業部』を舞台化されていますが、もともとこの題材に興味を持ったきっかけは何ですか?
舞台化する何年か前に書店で書籍を見かけて、買いました。タイトルに惹かれて読んだのですが、タイトルからも異質な素材であることは感じました。“建設”にも“ファンタジー”も興味があったので、とても楽しく読みました。その時は、舞台化しようという目線で読んだわけではありませんでしたが、その後に、舞台化のお話をいただきました。脚本を書くために、前田建設の岩坂(照之)さん(総合企画部・広報グループ長)に、プロジェクト設立までの経緯やその苦労などの裏話をお聞きして、ストーリーを膨らませていきました。裏話などは書籍に書かれていなかったので、前田建設の方々のお話を聞いて、本で読んでいた以上に、いかにこれが特殊なプロジェクトだったかということがわかりました。裏側でこうした人間のドラマが起こっているとは、書籍やWEBサイトだけでは思いもしませんでしたね。もちろん、ただならぬ熱量は、最初から感じていましたけれど。

──“建設”や“ファンタジー”に惹かれたというのは?
まず、単純にタイトルの字の並びが好きです。マジンガーZを見ていた世代ではありませんが。マジンガーZの格納庫を作るというのはとてもトリッキーな企画に見えて、これには、掘削担当やら機械部がからみ、他社の力も借りたり、前田建設の普段の業務ノウハウがそのまま生きている。空想=ファンタジーではあるのですが、ウチの会社は“これを現実に作れる会社なんですよ”、“ファンタジーと現実の架け橋をウチはできます”という夢に、グッときました。最初に発案された企画が、なによりも的確だと思いました。

──戯曲化するときには、なにを骨子にしようと?
規模がそれほど大きくない公演でもあり、舞台という性質上、巨大な建造物を実際に作ることはできないので、どういう風にするか考えたのですが、もともとはWEB上で設計図と想像でやっているものだから、それを舞台でもやればいいと思いました。舞台美術は簡素にして、映像などを使って会議室での密室劇にしました。前田建設さんが、ロックボルトと模型は実物を提供できるというので、それはお借りしましたが、あとは徹底して資料や設計図などを使って、格納庫の実在感を表現しました。

──その時点では、映画化も視野に入っていたのですか?
いいえ、全く思いもよらなかったですね。

──では、映画の脚本のオファーが来たときは?
舞台にしたものを、映画化してくれるというのは嬉しかったですね。一方で、映画でどういう画にするのか、想像がつきませんでした。特に、舞台をベースにしてというお話だったので、じゃあ会議室の映画になるのかな、と。英(勉)監督とお会いして、役者の熱演を撮ると聞いて、ビジョンが見えてきました。原作の資料やデータは、これは生々しい闘いの記録なので、これは映画の中でも説得力があるので全部映しましょう、と。また、前田建設さんが協力してくださるのなら、現場のトンネルやダムの映像も入ればいいな、と。そういう風に変換していきました。

──映画化に際して、再度、前田建設さんに取材されましたか?
はい。舞台は1時間20分くらいのものだったのですが、映画は2時間くらいの尺を考えていましたから。各章ごとに岩坂さんに、例えば「いま掘削の章を書いていますが、どうでしょうか?」とメールでやりとりしながら、書き込んでいきました。岩坂さんは、アサガワのモデルとなった方です。

──岩坂さんは、映画の中のアサガワと同じように熱血タイプなのですか?
小木さんの演じたアサガワのように、飄々としているように振る舞いながら熱血でもあり、お茶目な愛すべき人でもあり……(笑)。

“熱血な上司”のアサガワ(小木博明(おぎやはぎ))

──建設業界には以前から興味があったのですか?
僕は劇作家には珍しく理系なんですね。SFも好きですが、自分の攻めるべき領域はどこか考えると、他の劇作家の方がやらなさそうで、僕がやると良いかもしれないというものの中に、建築や建設もありました。まあ、ダムや建設現場の写真集を見る程度でしたけどね。でもこの映画を観た観客の方々が、少しでも建設の世界がわかるといいなとは思います。

──映画にダムとかトンネルとか巨大建造物が登場すると、それだけで気分が上がるというか、夢が広がりますね。
昔は、造船所でその巨大さに感動して、造船業に一生を捧げようと思ったという日本人がたくさんいたみたいです。ピラミッドなんかもそうでしょうけど、大きいものを作るというのは、ロマンのようなものがあるのかもしれませんね。僕は京都に住んでいるのですが、東京に来てビルの上階の窓から街を見下ろして、「これ全部作ったんやな」と思うと、気が遠くなります。「よく作ったな」と思うのと似ているかもしれません。

──キャラクターに、どれくらい実在の方々を反映しているのですか?
岩坂さん以外からは、あまり話を聞いていません。人物像は、ほとんどフィクションですね。舞台版は、登場人物は5人で、アサガワさんもヤマダさんも登場していませんし、ドイくんの役も、女性だったんですね。けれど映画版では、基本的にプロジェクトの行程ごとに活躍する人を決めながら、映画版に変換していったという感じですね。実際のキャストの方々に合わせて、作り変えていったところもあります。また、町田さんが演じた“ヤマダ”という掘削オタクのキャラクターは、戯曲を書くにあたって前田建設さんに取材に行った時、土質のことを教えてくださったヤマダさんという方がいらっしゃったので、その名前から引用させていただきました。

──映画では男性を主人公にしたんですね?
2003年という設定なので、ちょっと過去ではあるんですが、その当時の若者を主人公にしたいと思いました。なんとなく無気力というか、仕事はするけれど、ちょっと冷めているというか、大きな期待を持たないで働いている、安定志向でみたいな、イメージでした。それが、後々熱くなるというストーリーです。

──キャスティングにも関わったのですか?
案出しなどはしましたが、その程度ですね。むしろキャスティングが決まった段階で、俳優さんに合わせてキャラクターを書き換えていきました。今思うと、ドイくんというキャラクターに関しては悶々と考えていましたね。他の濃いキャラクターに比べて無色透明というか、観客が自分を投影するキャラであります。家に帰ったらゲームもやっていて、誘われた上司とも呑みに行き、仕事もできなくもない。ダムの本を渡されたら、攻略するように勉強する。けれど、過度な期待をして熱くなるわけでもなく……。そのあたりは、高杉さんの写真を見ながら、考えていきました。

“冷静な若手社員”ドイ(高杉真宙)

──高杉さんにはどういうイメージをお持ちだったのですか?
アニメをご覧になるというのを風の便りで聞いていました。しかもゲームもする。マジンガーZとの接点がスパロボ(ゲーム「スーパーロボット大戦」)というのがいいな、と思いました。僕はゲームをやるのですが──昔ほどはやらないですけど──、ゲームを攻略するように世間を見ているようなところがあるので。ドイくんの出だしをどうやって入ろうかと考えたとき、“マジンガーZ知ってる?”って聞かれたときに、スパロボで知っている、というところから考えたような気がします。

──町田啓太さんや岸井ゆきのさんという若手の勢いのある俳優の共演も見どころですね。
岸井さんが演じたエモトさんという役は、バランスをすごく考えましたね。建設会社は固い雰囲気のイメージで、そこで働いている女性。役柄上、仕事が出来ないように見えてはいけないけど、掘削に関してはそれほど興味がない、という設定です。知らないほうが物語としては面白いですからね。知らなくて、面白いキャラクターにするにはどうすればいいか、悩んだ覚えはありますね。岸井さんが絶妙なところへ着地させてくれました。

ヤマダ役に町田さんは大正解だったと思います。町田さんは、あの長いセリフをブツブツとオタクのように言っている感じがものすごく良かった。エモトさんとの恋愛要素もあるので、トレンディドラマっぽくなっちゃいけないと思いながら書いていました。最初は、居酒屋に誘われて行ってみたらしょうもない居酒屋だった……なんて話も書いていたのですが、最終的には無くなりました(笑)。あんなに素敵なふたりなのだから、サービス残業中に出会いたくないだろうけど、まあ、それがいいなあと。

──映画の脚本を執筆する上で難しかったことは?
まずは、こういう映画がこれまでなかったということですね。参考にするものがない(笑)。ヤクザ映画のように、前例がたくさんあればあったで、たくさん勉強しなければならないということもあるのですが。ジャンルとしても、コメディ的でもありますが、割とまともなお仕事映画でもあります。でも、お仕事映画というジャンルにも、厳密には当てはまらない。僕の中では“青春を過ぎた青春映画”だなと思って、書いていました。

──高杉さんが演じたドイは、青春真っ只中では?
そうですね。“学生の頃はアホみたいに騒いでた。会社に入ればそれも終わり……”というドイくんのセリフもありますが、学生時代とは違う会社の中の青春を描いた映画はそれほど無い気がして。いまの時代、こういうのもまっとうに面白いかもな、と。これほどジャンルを限定できない映画もあまりない。業界を描いた業界映画でもあり、青春映画でもあり、冗談のような映画でもある。そして『アベンジャーズ』のようでもある。

──映画の感想は?
めちゃくちゃおもしろかったです。オープニングがカッコよかったですね。それと、しょうもないシーンですが、マジックハンドみたいなのが出てきて、”こういう案があります”ってちょっとアドリブみたいにふざけているシーンも、無理なく同居しています。そういうのをどういう塩梅で演じられるかは、脚本ではコントロールできないんですね。英監督の手腕が素晴らしいと思いました。

──舞台にはできなくて、映画だから表現できるものもありますね。
シーンごとに背景を変えることは、基本、舞台ではできないですからね。また、現場の掘削やダムを見に行ったりしたときの量感は、舞台では出ないですね。僕は元来、CGやエフェクトは好きではないのですが、この映画を見て、好ましいと思いました。英さんの手腕だと思いますが、とても上手く機能していると思いました。

──映画の後半で、現実と幻想世界が交錯するシーンがありますよね。仕事は通常現実であり、建設においては寸分の狂いも許されない。そういった会社にいながら夢を見られるのは最高で、働く人なら誰でも羨ましい、まさにファンタジーですね。
没入しすぎて、幻想世界に入っていく。この作品で一番ユニークなところですね。サラリーマンの夢でもあると同時に、建築業界の夢でもある。昔は巨大建造物をたくさん建てていたけれど、不況が続く中で建設業界でも夢を見辛くなっている、という話も聞いたことがあります。そういう意味では、ある種寂しいプロジェクトでもあるんですね。舞台版では、ああいうのは建てられないけど、これからどうやっていこうか、という割と寂しさのあるラストだったのですが、映画では、夢から醒めていない部分で終わっていました。この希望的なラストは、僕が書いた脚本になかったのですが、映画ならではの演出ですね。

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『前田建設ファンタジー営業部』

出演/高杉真宙、上地雄輔、岸井ゆきの、本多力、町田啓太、六角精児、小木博明(おぎやはぎ)
監督/英勉
脚本/上田誠(ヨーロッパ企画)
原作/前田建設工業株式会社 『前田建設ファンタジー営業部1 「マジンガーZ」地下格納庫編』(幻冬舎文庫)、永井豪『マジンガーZ』

日本公開/2020年1月31日(金)新宿バルト9ほか全国公開
配給/バンダイナムコアーツ、東京テアトル
公式サイト
©前田建設/Team F ©ダイナミック企画・東映アニメーション