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2020.02.01 9:00

【ネタバレありレビュー】『前田建設ファンタジー営業部』驚きの実話!ものづくりへの真っ直ぐな情熱が生んだ奇跡

  • SYO

※本記事には映画『前田建設ファンタジー営業部』のネタバレが含まれます。

『県庁おもてなし課』、『体脂肪計タニタの社員食堂』、『オズランド』……実在するユニークな会社や人物をモデルにした「お仕事映画」は、日本映画の人気ジャンル。2020年、そのラインナップに加わるのが『前田建設ファンタジー営業部』だ。

この作品、何を描いているかというと「アニメ『マジンガーZ』の格納庫を実際に作れるのか検証した人々」の物語となる。とある建設会社が、突然始めた前代未聞のプロジェクト。それは、国民的アニメに登場する建造物を実際に作ったらどうなるか、プロの目線で徹底的に考えてみる、というものだった。初めて聞いた方はそんな馬鹿なと思うかもしれないが、驚くなかれこの企画は実在する。むしろ人気のあまり、シリーズ化までされているのだ。

実際の企業サイトを見てみると、「『ファンタジー営業部』は、アニメ、マンガ、ゲームといった空想世界に存在する、特徴ある建造物を当社が本当に受注し現状の技術および材料で建設するとしたらどうなるか、について工期、工費を含め原則月一回の連載形式で公開するコンテンツです」とある。今から17年前の2003年に産声を上げた企画だが、当時かなりの話題を集めたことを覚えている方も多いだろう。

どうやってこの面白企画は生まれたのか、そしてサイト公開までにはどんなドラマがあったのかを劇映画化したものが、この『前田建設ファンタジー営業部』である。

前田建設の広報グループに所属する若手社員のドイ(高杉真宙)はある日、グループリーダーのアサガワ(小木博明)から、「空想世界から受注を受けて、『マジンガーZ』の格納庫を作る」という企画の運営を命じられる。同僚のベッショ(上地雄輔)、エモト(岸井ゆきの)、チカダ(本多力)も巻き込まれ、ドイは何の意義も見いだせないまま関係各所への根回しや、各部署への相談、創意工夫をさせられていくが……。

ハイテンションが、ものづくりの情熱に変化

“冷静な若手社員”ドイ(高杉真宙)

「アニメの設定を現実化する」というアプローチは、例えるならアニメや特撮の世界を現実化したケースを科学的に論じる『空想科学読本』のような感じだが、本作の面白い部分は、専門家ではなく広報グループの社員が中心となって進めたプロジェクトであるということだ。

知識もやる気もほとんどないなか、上司に押し付けられて嫌々やっているうちに、気持ちに変化が訪れる──つまり、「巻き込まれ型」のストーリーであり、「成長物語」にもなっている点がミソ。観客は主人公と同じスタート地点から、右も左もわからないまま物語に呑み込まれていく。極端な話、この物語自体に興味もなく『マジンガーZ』も知らない、というところからでも入り込めるのはなかなか珍しい構造だ。

“熱血な上司”のアサガワ(小木博明(おぎやはぎ))

2020年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた『フォードvsフェラーリ』(19年)は、エンジニアやレーサーといった現場の人間たちが、情熱をフル稼働して困難なミッションに挑む話だった。最初からモチベーションも高く知識も豊富だったが、本作の場合はまるで違う。上司の暴走を止めようとしていた部下たちが、「木乃伊取りが木乃伊になる」状態になってものづくりへの情熱に目覚め、その熱意が伝播し、やがて社全体を巻き込んだ一大プロジェクトに拡大していく──「マイナスからのスタート」という点で、見やすさと娯楽性を高めている。

観客においても、最初は「なんでこんなこと一生懸命やるの(笑)」と笑いの対象として観ていたはずが、次第に応援していくという心理の変化が起きるように、作品全体が設計されている。ドイたちがプロジェクトにのめり込んでいく様に呼応して、観客の中でも作品やキャラクターとの距離が近づいていくのだ。

 

“やる気のない部員”エモト(岸井ゆきの)

国産のお仕事映画は地味さを払拭するためなのか、往々にして引くほど異常なテンションのコメディとして作られているものだが、本作も序盤はその流れで若干の既視感を抱かせつつ、途中からはその「馬鹿馬鹿しい情熱」こそがものづくりの魂、というメッセージへと変わっていく。小説「ドン・キホーテ」のように、常軌を逸した情熱こそが周囲を動かしていく、といった構造だ。

目に見えぬ「こだわり」が、ものづくりの核となる

“優柔不断な先輩”ベッショ(上地雄輔)

序盤から中盤こそハイテンションなコメディとして作られているものの、徐々に「ものづくり映画」の本流へとなだれ込んでいく『前田建設ファンタジー営業部』。“職人”たちの奮闘を最初から最後まで真面目に描く『フォードvsフェラーリ』などとは違い、後ろ向きだった人々が主体性を持ったプロに「なっていく」カタルシスが、そこにはある。その“成長”を象徴するのが、「原作準拠」のシーンだ。

『マジンガーZ』の格納庫の描写には微妙にバラつきがあり、広報グループの面々はアニメを何度も参照しながら創意工夫を重ねる。掘削オタクや機械のプロの協力を経て、ようやく実現の糸口をつかんだ矢先、格納庫内のマジンガーZが横移動するシーンを見つけてしまい、メンバーは絶望。現状の設計図では、床が稼働するシステムは搭載していないからだ。ここまでの努力がすべて水泡に帰す一大事を前に「見なかったことに……」と日和るメンバーに対して、アサガワは「ファンや発注者を裏切ることはできない」と叱咤。さらにドイは「やってやりましょうよ!」と言い放つ。部署内で最もモチベーションが低かった彼の成長を表す重要な局面といえる。

“掘削オタク”ヤマダ(町田啓太)

あくまでギャグテイストで描かれてはいるが、このシーンは決して絵空事ではない。例えばアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』の現場では、主人公が放つ「オラオラオラ」というセリフを原作とぴったり同じ数にしたという。実写映画『るろうに剣心』に出演した神木隆之介は、自分が演じるキャラクターに近づけるため、髪色をわずかに青色が輝く黒髪になるまで何度も調整したとか。『アベンジャーズ』シリーズなどでも、我々が気づかない細かな部分まで検討に検討が重ねられ、作品に反映されていることだろう。いずれも、効率的なアプローチではない。ただそれでも、いいものを作るためには避けて通れない。

上記は「原作に対する敬意」を表したものだが、テレビドラマ『同期のサクラ』でも、テレビアニメ『映像研には手を出すな!』でも、「無駄を省くことが、必ずしも成果物のクオリティを上げることにはならない」と謳っている。この映画で描かれる「粘り」もまた、「会社のお遊び企画」としてはやりすぎだし非効率なのだが、創作者としては絶対的に正しい行為だ。

つまり、『前田建設ファンタジー営業部』で描かれている“こだわり”は、映画やドラマ、アニメなどのものづくりの現場で実際に行われていることと全く同じ。だからこそ、ハイテンションでありつつも、本作には作為的な厭らしさがない。そこにちゃんと、働く人に対する「敬愛」が透けて見えるからだ。

日の目を見なくても、日々情熱をもって業務に取り組んでいる人がいる。「社会の歯車」であっても、各々が有機的に動いているからこそ社会は巡るのだ。「縁の下の力持ち」がいなければ、会社は正しく機能しない。

本作には、誰一人スターは存在しない。ただ、名もなき「普通の会社員」である彼らには、現実を吹き飛ばすほどの情熱が滾っている。「個人の潜在力」の可能性を、この映画は提示してくれる。そういった意味で、ユニークな会社を紹介する役割も果たしつつ、「頑張る」ことを肯定してくれる作品でもある。

神は細部に宿る──この言葉を、実に正しく愚直に(それでいてコミカルに)描き切った爽快作。それがこの『前田建設ファンタジー営業部』だ。

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『前田建設ファンタジー営業部』

出演/高杉真宙、上地雄輔、岸井ゆきの、本多力、町田啓太、六角精児、小木博明(おぎやはぎ)
監督/英勉
脚本/上田誠(ヨーロッパ企画)
原作/前田建設工業株式会社 『前田建設ファンタジー営業部1 「マジンガーZ」地下格納庫編』(幻冬舎文庫)、永井豪『マジンガーZ』

日本公開/2020年1月31日(金)新宿バルト9ほか全国公開
配給/バンダイナムコアーツ、東京テアトル
公式サイト
©前田建設/Team F ©ダイナミック企画・東映アニメーション