Column

2020.01.27 9:00

【単独インタビュー】映画『キャッツ』トム・フーパー監督

  • Mitsuo

ノーベル文学賞の受賞のイギリスの詩人、T・S・エリオットの詩集を元に、アンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲したミュージカルの金字塔を初めて実写映画化した『キャッツ』。

満月が輝く夜。若く臆病な白猫ヴィクトリアが迷い込んだのはロンドンの片隅のゴミ捨て場。そこで出会ったのは個性豊かな”ジェリクルキャッツ”たち。ぐうたらな猫、ワイルドな猫、お金持ちでグルメな猫、勇敢な兄貴肌の猫、不思議な力を持つ長老猫……様々な出会いの中でヴィクトリアも自分らしい生き方を見つけていきます。そして今宵は新しい人生を生きることを許される、たった一匹の猫が選ばれる特別な夜。一生に一度、一夜だけの特別な舞踏会の幕が開く──。

映画化を手掛けたのは、1972年ロンドン出身のトム・フーパー監督。テレビドラマの演出家としてキャリアを積み、2004年に『ヒラリー・スワンク IN レッド・ダスト』で映画監督デビュー。『英国王のスピーチ』(10年)では、アカデミー賞作品賞、監督賞など4部門を受賞し、傑作ミュージカルをヒュー・ジャックマンとアン・ハサウェイ主演で映画化した『レ・ミゼラブル』(12年)では、アカデミー賞作品賞など7部門にノミネート、3部門で受賞しました。

映画版『キャッツ』では、主人公ヴィクトリアを演じるフランチェスカ・ヘイワードをはじめ、名曲「メモリー」を歌い上げるジェニファー・ハドソン、ジェームズ・コーデン、テイラー・スウィフト、ジュディ・デンチ、ジェイソン・デルーロ、イドリス・エルバ、イアン・マッケラン、レベル・ウィルソンなど映画、音楽、ダンスなど、多彩なジャンルから選び抜かれた珠玉のキャスト陣が、個性豊かな猫たちを演じています。

ヴィクトリア(フランチェスカ・ヘイワード)、マンカストラップ(ロビー・フェアチャイルド)

「『キャッツ』は優しさが持つ力を歌い上げる作品。今の時代に学ぶところは多い。キャッツたちが新たにやって来た白猫ヴィクトリアから、優しさの大切さを学ぶ物語だから」と監督が語る本作では、テイラー・スウィフトとアンドリュー・ロイド=ウェバーと共同制作し、第77回ゴールデン・グローブ賞の歌曲賞にノミネートされた新曲「Beautiful Ghosts」が登場しています。

日本公開に先立ち、『リリーのすべて』(16年)のプロモーション以来約4年ぶりに来日したトム・フーパー監督が、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

Photo: Kazuhiko Okuno

──昨日はチャリティ試写会で天皇ご一家と本作をご覧になりましたね。天皇陛下とは以前もお会いしたことがあるとか?
はい、天皇が皇太子殿下の頃に『レ・ミゼラブル』をご覧くださりました。お目にかかるのは今回が2度目でした。上映の間、ずっとお隣で観せていただいたのですが、日本の天皇陛下と一緒に上映会で作品を観ることができるなんて、本当に素晴らしい体験でした。陛下が笑われたり、曲に合わせて頷かれたり、前のめりになられたりする様子のひとつひとつを、とても注意深く拝見しました。映画が終わると陛下は私の方に振り向き、「素晴らしい映画ですね。とても楽しかったです」と仰ってくださいました。皇后陛下にもとても楽しんでいただけたようで、愛子さまも交えお話させていただきました。とても気に入ってくださったようです。(同席した)フランキー(フランチェスカ)・ヘイワードともお話されていました。

『レ・ミゼラブル』の後に天皇陛下は、オックスフォード大ご在学時の回顧録「テムズとともに -英国の二年間-」を親切にも私にお送りくださったのですが、それ以後、直接御礼をさせていただく機会がありませんでした。それで昨日は、オックスフォードにも話題が及びました。陛下はオックスフォードにご在学当時に、1984年の舞台公演をご覧になっていたのだと思います。皇后陛下も(オックスフォード大の)ベリオール・カレッジに留学されていらっしゃいましたが、私もユニバーシティ・カレッジに通っていました。(天皇陛下が通われたマートン・カレッジと合わせて)3つのカレッジはそれぞれが最も古いカレッジだと言い張っているので、そのことでも楽しくお話させていただきました。T・S・エリオットは天皇陛下と同じマートン・カレッジ卒ですからね。

非常に光栄な経験でしたし、ご家族でお越しいただけたのがとても嬉しかったです。この映画はずっとファミリー映画として親子で楽しんでもらいたく考えていたので、ご家族で楽しんでいただけて、本当に良かったです。

──8歳の時に舞台版『キャッツ』を初めてご覧になったとのことですが、それ以降のあなたとこの作品の関わりを話していただけますか?映画化しようと思った理由は?
その時のことは鮮明に覚えています。確か姉がキャピタル・ラジオ・ロンドンの子どもレビュアーで、プレス公演に行ったところとても気に入り、その後両親が私も連れて行ってくれました。秘密の『キャッツ』の世界の観客に加われたことで、大人の世界に入ることのように思えたのが、特に好きでした。そこでは私が子ども扱いされることもなく、私の世界を興味深い方向に拡げてくれる体験でした。でもやはり、一番気に入ったのは音楽で、アルバムのカセットテープを買ってもらい、テープが擦り切れるまでどの車の中でも再生してもらいました。でも、『キャッツ』のミュージカルを観たのはその時一回だけでしたね。

『レ・ミゼラブル』のポストプロダクション作業をしていた年の終わり頃、「本当にたくさんのことを学んだから、今後またミュージカル映画を作らないのはとても悲しい」と思い、次の作品をどれにしようかと考え始めました。『レ・ミゼラブル』と『キャッツ』は共に、世界で最も人気のミュージカルなのに、それまで映画化されていなかったという点で、珍しいものでした。それまで『レ・ミゼラブル』が映画になっていなかったのも驚くべきことでしたが、子ども時代に大好きだった『キャッツ』も映画化されていないということで、チャンスがあるのではと考え始めました。映画化されていなかったことで、猫の見た目をどうするかということに対して誰も答えを出していなかったわけですが、デジタル技術が発展したことで、映画に相応しい猫の姿を描くことが可能になりました。このようなことを考えながら、7年間かけてどのような映画にするか、考えました。

──映画化する上で、舞台版から必ず残さなくてはならない要素やエッセンスというのはどんなところだったのでしょうか?
まずダンスミュージカルだという点が大切だったので、ミュージカル『ハミルトン』(15年)の振付を務めたアンディ・ブランケンビューラーを起用しました。特に彼は、『キャッツ』のブロードウェイ・リバイバル(16年)も手掛けており、この作品のことを熟知していただけでなく、それを再構築することも恐れない人物でした。

私が『レ・ミゼラブル』から学んだのは、オリジナルの音楽構成を大切にすることが持つ力です。『レ・ミゼラブル』はほぼ全編が歌曲ですが、それは当時のミュージカル映画としては非常に稀な形式でした。ですので『キャッツ』でも、歌を中心に据えることに非常に興味がありましたし、ロイド=ウェバーが作り出した音楽構成に特に注意を払うようにしました。さらにこの構成の中に新しい要素が上手く融合するよう、アンドリューとは非常に上手く連携することが出来ました。彼は構成作りに非常に長けていますからね。

そして最も大切だったのは、人間が猫を演じるということ。アニメでもなく、『ライオン・キング』のような”本物”のような描き方でもなく。というのは、T・S・エリオットの詩では明らかに、猫と同じほど人間について表現されていると感じられたからです。イアン・マッケラン演じる劇場の猫のガスは明らかに俳優としての生涯を表していますし、当時の劇場がネズミを駆除するために猫を飼っていたことも反映されています。詩に登場する猫は、猫でありながらも人間のようでもあり、猫の視点を通じて人間を、人間の視点を通じて猫を見るようなものです。そのため、猫であると同時に人間でもあるキャラクターにすることが、この詩を理解するのに最も相応しいと考えました。

Photo: Kazuhiko Okuno

──映画版ではヴィクトリアを主人公として、捨てられて行き場のない猫から変化していく様が描かれています。このストーリーラインはどのようにして生まれたのですか?
脚本は、『ビリー・エリオット』を手掛けたリー・ホールと書きました。彼は本当に才能のある脚本家です。(舞台版の)物語の序盤に、ダンスする白猫がいるというのがきっかけとなりました。若い猫の目覚めのようなダンスでしたが、彼女を主人公として構築することが、映画化における根本的な問題に対する答えとなると考えました。舞台版では、猫たちは観客に向かって歌い、様々なことをずっと説明していくわけですが、映画では、すべての曲でカメラに向かって自身を紹介するようなことは出来ません。そのため、”よそ者”の猫が登場し、ジェリクルや特別な夜について何も知らないために、すべてを説明してあげるという案に興味を持ちました。さらには、彼女が受け入れられるかどうかというストーリー上の緊張を生むこともできるかもしれないとも考えました。『ウエスト・サイド・ストーリー』のように、ジェリクルキャッツの集団に受け入れられるのか、拒絶されるのか、というものですね。

そしてそれが、ピカレスク小説のようなアイディアに繋がりました。主人公が旅をする中で、様々な道義的な罠を体現化したキャラクターと出会っていく、中世の道徳物語ですね。本作では、バストファー・ジョーンズは食べすぎの過食症、マンゴジェリー&ランペルティーザは犯罪者、ラム・タム・タガーは情欲を表しています。情欲は続かず一時的なもので、情欲に満ちた男は信用するなと学ばなければならないのです。本作は、様々なジェリクルキャッツとの出会いを通じて、ヴィクトリアに様々な生き方が提案されていく、彼女の成長物語とも言えると思います。

ラム・タム・タガー(ジェイソン・デルーロ)

そして、捨てられた存在というアイディアは、グリザベラとヴィクトリアに共通点を持たせ、お互いが共感できるようにするところから生まれました。よそ者であることから、仲間外れであることの痛みを理解し、優しさの手を差し伸べることが出来るわけです。そしてヴィクトリアの思いやりが、グリザベラに変化をもたらすことにつながります。

──もう一つ、舞台版から大きな変化といえば、オールドデュトロノミーが女性キャラクターであることですよね。ジュディ・デンチ、ジェニファー・ハドソン、フランチェスカ・ヘイワードという3人の女性が、物語を担う世代の異なる3つのキャラクターを演じたわけですが、これにはどのような意図があったのですか?
その3世代に気づいていただけてとても嬉しいです。ありがとうございます。

まず、もう2020年なので、猫の”神”は男性である必要はあるのでしょうか?そうでなければ良いなと思います。もちろん元々の詩は非常に男性優位な時代に書かれましたが、アンドリューと話していた時、マンカストラップは女性が演じることもできると言われ、それからジェンダーについて考えるようになりました。そして思い出したのが、ジュディ・デンチでした。彼女はもともと(1981年の)オリジナルのミュージカルで演じる予定だったところ、オープニング・ナイトの1週間前に足首に怪我を負ってしまいました。演出家のトレヴァー・ナンは「心配しないで、まだグリザベラ役を演じられる」と言ったのですが、その後のプレビュー公演で彼女はステージから転落してしまい、降板することになりました。ジュディは、彼女にとっての『キャッツ』はそれで終わったと思っていたのですが、40年近くが経ち、私は郊外にある彼女の家に行き、「もう一度『キャッツ』に出てもらえませんか?オールドデュトロノミー役を演じていただけませんか?」と尋ねました。彼女とは昔から一緒に仕事をしたいと思っていて、今回は素晴らしいチャンスになると思いました。

オールドデュトロノミー(ジュディ・デンチ)

この3世代の女性は、メモリー=記憶というもので結び付けられると思います。グリザベラは幸せな記憶を力の糧にしようとしている一方で、フランキー・ヘイワードは(映画版で)新たに登場する曲(”Beautiful Ghosts”)で、”私にはそんな記憶はないのだから、それがあるだけでもあなたは幸せ”という趣旨のことを歌っています。そしてオールドデュトロノミーは、幸せの瞬間についてや、幸せな時を思い出そうとすることが、その記憶の持つ意味に変化を与えていくことを歌っています。これは『キャッツ』に反映された、T・S・エリオットの長編詩「四つの四重奏」のとても美しい部分です。

グリザベラ(ジェニファー・ハドソン)

──他に舞台版と変える必要があったのは、どんなところでしょうか?
メイクアップと衣装は、そのままではできないと思いました。タイツ姿は観客まで距離のある舞台では問題ありませんが、映画での”寄り”の画では、猫のようには見えないと思いました。それにメイクアップは非常に濃く、あのようなウィッグも映画ではうまくいかないだろうと考えました。『キャッツ』がこれまで映画化されなかったのは、これが理由なのだと思います。あの姿は、カメラで撮った映像には向いていないのです。

それから、舞台版よりもストーリーの要素が必要だと思いました。実はリーも私も、舞台版には暗黙のストーリーがあると思っていて、例えば、登場するキャラクターすべてがジェリクル・チョイスのために歌うコンテストの参加者だということは、ミュージカルに含まれていましたが、表立って明らかなわけではありません。そのため、選ばれし者になるためにそれぞれが歌うというタレントショー的な面を前に出そうと思いました。

それからマキャヴィティの、ヴィランとしての面をより明確に描きたく思いました。ミュージカルでは悪の存在としてわずかしか登場しませんが、詩でのマキャヴィティは博識でウィットに富んだ、魅力的なキャラクターです。T・S・エリオットはモリアーティをベースにマキャヴィティを書いたので、このキャラクターをより活発的なヴィランとして描くことは、ぴったりだと思いました。イドリス・エルバがキャストの決まった後、その考えはさらに強くなりました。

マキャヴィティ(イドリス・エルバ)

──先ほど猫の外見について話がありましたが、本作の制作で最も困難だったのは、やはり視覚効果だったのでしょうか?
実際に映画を”作る”という意味では、そうですね。面白いことに3年前には、私がやろうとしていた表現は「実現不可能」と言われました。それが2年前には、「可能だがコストがかかりすぎる」と言われ、そして実際に制作するタイミングで、コスト的にもちょうど良く実現できるものとなっていました。

特に複雑なのは、顔や身体に生えた毛をピクセル単位で正確に描写し、表情の変化に合わせて、ピクセル単位の精密さで動す必要だったことですね。機械学習やAIの時代と言われますが、この複雑な表現のためには、2,500人を超す視覚効果スタッフを動員する必要がありあした。非常に手間のかかる作業で、これを上手く仕上げるのは、最も困難だったと言えますね。

──テイラー・スウィフトには、どのようにこのプロジェクト参加してもらったのですか?彼女と一緒に仕事をしてみていかがでしたか?
彼女は『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役でオーディションを受けていて、非常に良かったのですが、とにかくエディ・レッドメインが演じるキャラクターと並んだ時に、テイラー・スウィフトであることが気になって、その印象が払拭できないのではないかと思いました(※二人の関係は当時ゴシップネタにされていた)。ひどい話なのはわかっていますが、彼女はそれだけ印象強い人物でもありますからね。それでその時は、二人を一緒に登場させることはやめました。でもそこで彼女とは絆が生まれ、何かで出演してもらいたいと思っていましたので、『キャッツ』でまた彼女に連絡をとりました。彼女は本作で一番初めに連絡をとった俳優ですね。2年前のことですが、(制作会社の)ワーキング・タイトルに来てくれて、私が思い描いていたビジュアルなどのすべてを彼女に話しました。とても気に入ってくれて、参加してくれることになりました。本作への参加が決まった最初の俳優でしたね。

ボンバルリーナ(テイラー・スウィフト)

彼女は自身が歌う曲では最高のパフォーマンスを発揮してくれると思っていましたが、新しい曲作りに彼女に参加してもらうのが、これほど素晴らしいことになるとは想像していませんでした。とにかく、作詞家としての彼女の才能に驚嘆しました。彼女はマキャヴィティとのシーンの歌の練習のためにアンドリューの家へ行ったのですが、そこでアンドリューは新曲(”Beautiful Ghosts”)を演奏すると、1時間も絶たないうちに、歌詞の最初の1節を書いてきました。そして24時間で曲全体の歌詞を書き上げましたのですが、本当に美しいものでした。20世紀最高の詩人の一人と言われるT・S・エリオットの言葉と並ぶ歌詞を書くのは、並大抵のことではありません。そして「メモリー」に対してとても興味深く呼応する、素晴らしい”声”をヴィクトリアに与えてくれました。私はどんなライターが相手でも、何度も何度も書き直しをしてもらうのですが、テイラーの歌詞はまったく書き直すことはありませんでした。まるで私たちの世界に彼女がやって来て、撮影現場で俳優たちと会い、私たちが作り出そうとしているものをとても興味深く理解して、それを反映したものを返してくれたようなものでした。非常に美しく理解してくれていたことに、最高に興奮しました。それからエンドクレジット用に彼女が歌うバージョンの収録を監督したのですが、そこで彼女が書いた言葉の意味を引き出していくのも、素晴らしかったですね。それに彼女は、人としてもとても素敵ですから。

──キャスティングに関して、本作では非常に豪華な俳優陣が勢揃いしていますが、その中で、映画出演は初めてとなるフランチェスカ・ヘイワードを起用されましたね。
私がこの映画で最も刺激を受けたのは、一分野で非常に名を馳せた人物が、他の才能を持ち合わせているのを発見することでした。フランチェスカ・ヘイワードは世界でもトップクラスのバレリーナですが、それまで歌を歌ったことはありませんでした。もちろんお風呂で歌ったりはするかもしれませんが(笑)、パフォーマンスとして歌ったことはなく。でも彼女は非常に繊細で素敵な声の持ち主でした。そしてさらに驚かされたのが、彼女の演技です。彼女はカメラの前で画をもつことができる天性の才能を持ち合わせています。撮影初日から、彼女はアップで撮っても、ジュディ・デンチやイアン・マッケランのように画をもつ力がありました。ユニバーサル・スタジオ会長のドンナ・ランリーは、「一度も映画に出たことがないのに、初日から映画スターである人物を見出すのは、人生に1度の経験ですよ」と言っていました。彼女には本物の役者の多くに共通する才能があり、それはカメラが回っている時だけ表に現れる特別なものを秘めていることです。もし彼女と会って話しても、もちろん素敵な人だと感じるでしょうが、その特別なものというのは演技を通じて解き放たれ、カメラが向けられている時にだけ表に出てきます。内に秘めているものがあり、カメラが回っている時にだけそれが出てくる──これが素晴らしい俳優たちに共通する条件なのでしょうね。

ヴィクトリア(フランチェスカ・ヘイワード)

──あなたにとって、良いミュージカル映画とはどんなものですか?
ミュージカルを含むほとんどの映画の中でも、特に良い映画とされるものではだいたい80%(のシーン)に音楽があって、ほとんどの場合で音楽がすべてを調和させる役割を担っています。でも音楽が”演者”として扱われることはありません。”部屋の外のナレーター”なのですね。そのため、ミュージカル映画を作るというのは、こうした音楽やサウンドトラックを部屋の中、キャラクターの中に招き入れて、すべての原動力とするようなものです。

私は10〜11歳の頃、学校のミュージカルで『ベガーズ・オペラ』や『ペイシェンス』に出演したのが演劇との出会いだったのですが、子どもの頃から『ガイズ&ドールズ』や『ウエスト・サイド・ストーリー』といった名作ミュージカルが大好きでした。映画を作るようになって、ミュージカルという昔初めて経験したものに回帰しているのは、面白いなと思っています。

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『キャッツ』(原題:Cats)

扉の向こうには、 なにが待っているの──?
満月が輝く夜。若く臆病な白猫ヴィクトリアが迷い込んだのはロンドンの片隅のゴミ捨て場。そこで出会ったのは個性豊かな”ジェリクルキャッツ”たち。ぐうたらな猫、 ワイルドな猫、お金持ちでグルメな猫、 勇敢な兄貴肌の猫、不思議な力を持つ長老猫……様々な出会いの中でヴィクトリアも自分らしい生き方を見つけていく。そして今宵は新しい人生を生きることを許される、たった一匹の猫が選ばれる特別な夜。一生に一度、 一夜だけの特別な舞踏会の幕が開く。

監督/トム・フーパー
脚本/リー・ホール、トム・フーパー
製作総指揮/アンドリュー・ロイド=ウェバー、スティーヴン・スピルバーグ、アンジェラ・モリソン、ジョー・バーン 
原作・原案/T・S・エリオット、アンドリュー・ロイド=ウェバー
オリジナルキャスト/ジェームズ・コーデン、ジュディ・デンチ、ジェイソン・デルーロ、イドリス・エルバ、ジェニファー・ハドソン、イアン・マッケラン、テイラー・スウィフト、レベル・ウィルソン、フランチェスカ・ヘイワード
日本語吹替え版キャスト/葵わかな、山崎育三郎、高橋あず美、秋山竜次、森崎ウィン、大貫勇輔、大竹しのぶ
全米公開/2019年12月20日

日本公開/2020年1月24日(金)全国ロードショー
配給/東宝東和
公式サイト
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