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2020.01.18 19:00

【単独インタビュー】カンヌ受賞女優サマル・イェスリャーモアが語る『オルジャスの白い馬』と映画祭の意味

  • Atsuko Tatsuta

カザフスタンの草原の美しい小さな町に住む母と息子と、謎めいた男の交流を描くヒューマンドラマ『オルジャスの白い馬』。オール・カザフスタンロケを敢行した日本・カザフスタン合作の話題作です。

90年代、カザフスタンの牧草地。広大な空に抱かれた草原の小さな家に、家族とともに暮らしている少年オルジャス(マディ・メナイダロフ)ですが、ある日、馬飼いの父親が市場に行ったきり戻りません。雷鳴が響く夕刻に、警察に呼び出された母親のアイグリ(サマル・イェスリャーモア)は、衝撃のニュースを伝えられます。やがて、一家の日常は急展開を迎えますが、そんな時、ひとりの謎めいた男、カイラート(森山未來)が訪ねてきます──。

日本の竹葉リサとカザフスタンのエルラン・ヌルムハンベトフが共同監督・脚本を務めた本作。海外映画としては初の主演作となった、日本を代表する演技派俳優の森山未來は、全編をカザフ語で熱演。草原を鮮やかに駆け抜ける乗馬シーンも颯爽とこなしています。

一方で、アイグリを演じたのは、カザフスタン出身のサマル・イェスリャーモア。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを受賞したセルゲイ・ドヴォルツエヴォイ監督の『トルパン』(08年)でスクリーン・デビューを果たしたイェスリャーモアは、ロシアを舞台にした『アイカ』(原題、18年)でカンヌ国際映画祭で女優賞に輝くなど、国際的に注目されるアジア女優のひとりです。カンヌでの受賞以来、世界中の映画祭に招聘される多忙な中、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

──まずは、『アイカ』(18年)で第71回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞、おめでとうございます。『アイカ』は、あの年のカンヌのコンペティション部門でも、衝撃的な一作でした。
ありがとうございます

──『オルジャスの白い馬』は、その『アイカ』に先じて日本で公開されますが、この日本とカザフスタン合作には、どういう経緯で出演することになったのでしょうか。
本作の共同監督のエルラン・ヌルムハンベトフは、『トルパン』で助監督をしていたので、長い知り合いです。彼が本作を撮ることになり、声をかけていただきました。脚本を読む以前に、彼と一緒に仕事をするということでほぼ出演を承諾していましたが、準備期間はあまりありませんでした。実は『アイカ』は、カンヌで上映した後も追加撮影などをしていて、それとほぼ平行して、本作も撮りました。脚本を読み込む前に撮影現場に行って、演じながらアイグリをいう役を理解していったというのが正直なところです。

──ヌルムハンベトフ監督との仕事ではどんなところが素晴らしいのですか。
この仕事をする上で、人との関係はとても大事です。エルランは性格がよくて、とてもおおらかです。撮影現場も、彼がいることによってとても雰囲気がいいんです。監督にとってとても大事な資質だと思います。彼の作品に出たい、一緒に仕事をしたいと俳優に思わせる監督ですね。

──物語に関しては、どこに惹かれましたか。
親子関係ですね。役者として、母親の役を演じてみたいと思いました。カザフスタンの地方では若くして結婚するので、この年であのくらい大きな息子がいるのは変わったことではありませんからね。

──母親アイグリについてのあなたの解釈を教えていただけますか。
私がアイグリをいうキャラクターに惹かれたのは、女性として強さですね。夫がいなくなった後、彼女が優先しなければならないのは、子どもを守り、育てるということです。強くならないと、子どもを守れない。そういう意味では、ひとりの女性としてとても共感しました。

──オーディションでオルジャス役に選ばれたというマディ・メナイダロフの演技も感動的ですね。特に眼差しが素晴らしかった。
撮影期間はとても短かったのですが、マディは、オーディションで選ばれた後、すぐに撮影に入らなければなりませんでした。短い中でもちゃんとあれだけの演技ができるなんて、彼は本当に力があると思います。

──カザフスタンの美しい風景も、とても印象的ですね。
ええ。直前に撮影した『アイカ』での私はキルギス人の女性役で、なおかつロシアの都会に不法滞在しているという設定でした。言葉もロシア語です。それに比べると本作は、自分の国の言葉で話すこともできたので、とても楽でした。私が生まれたのはカザフスタンの北の方ですが、今回の撮影はアルマトイ州で行われました。アルマトイ州は中国の国境に近い、カザフスタンの南の端に位置しています。私が育ったところとはだいぶ違いますが、天山山脈に抱かれた、自然に恵まれたとても美しいところです。

──もうひとりの主演である森山未來さんとの共演はどうでしたか?
森山さんは、とてもよく準備をして撮影に臨まれたので、撮影はとてもスムーズに行われました。外国の方がカザフ語で演技をすることは大変だったと思いますが、それも違和感がなく、とても素晴らしかったですね。カザフ語を習得する時間はないので、丸覚えをしたそうですが、森山さんはセリフをよく理解していたと思います。現場では、英語かあるいは通訳を通して会話をしていました。タイトなスケジュールだったので、撮影以外でみんなで一緒に楽しんだりなどする時間はほとんどなかったのですが、でもとてもいい関係が築けたと思います。この作品は、釜山映画祭のオープニング作品として上映されたのですが、森山さんも一緒に参加しました。その時は、やっと仕事以外のお話をすることもできました。

──(『アイカ』での)カンヌ受賞は、女優にとってとても大きなものだと思いますが、どのように受け止めていますか。
はい、とても大きい賞だったと思っています。賞をとるために演技をしているわけではありませんが、撮影はとても大変んだったので、その結果として受賞したことは嬉しい限りです。カザフスタン映画界にとっても初めてのことでしたし。先ほども少し話しましたが、『アイカ』は、実はカンヌで上映した時は、まだ未完成だったのです。私や監督が正式上映で観たときは、未完成の部分が目についてしまい、ちょっといたたまれなく感じたというか、悔しい気持ちもありました。上映が終わって、審査員長だった女優のケイト・ブランシェットが近寄ってきて強くハグしてくれたのですが、その時は、私たちの作品が受け入れられたのだなと、とても嬉しかったのを覚えています、

──その年は、是枝裕和監督の『万引き家族』がパルムドールを受賞しましたが、他の映画人とも交流しましたか?
映画祭で重要なことは、女優でなく作品が評価されることだと思っています。なので、授賞式で女優賞をいただいたときも、最初はピンと来ませんでした。ステージ上でもいろいろな思いが巡っていたので、パルムドールを受賞した是枝さんが隣にいたけれど、ろくにご挨拶もできませんでした。授賞式の後で是枝さんとお会いしたときに、ご挨拶させていただきました。是枝さんや他の受賞者の方々と出会えたことも大きな収穫でした。なんといってもカンヌのコンペは、作品のレベルがとても高く、監督も偉大な方々ばっかりなのですから。

──カンヌでの受賞の後、変化はありましたか?他の国からオファーも以前より増えたのではないでしょうか。
はい、オファーはたくさん来ますね。カンヌで知って、声をかけてくれるところはあります。いろいろチャンスをもらっていると思います。正直、賞の力は大きいですね。『トルパン』、『アイカ』などで映画祭に出席し、それを実感しました。でも賞をとったからといって、女優としての技術は変わりません。出演した映画の中で経験を積みながら培ってきたことこそ、財産なのだと思います。

──釜山映画祭に続き、東京フィルメックスでも審査員として参加していますが、女優にとって映画祭とはどういう意味がありますか。
映画祭は、たくさんの映画が上映されます。私が出演するタイプの映画は、映画祭がないと海外の人々に観ていただく機会はあまりないような小さなものばかりです。映画にとって映画祭は、より多くの人に観てもらい広げてもらえるチャンスです。観て、語ってもらえることが重要ですからね。私にとって映画祭は、映画記念日というか、文字通り、映画のお祭り。とても重要だと思っています。

──あなたの受賞はカザフスタン映画始まって以来の快挙といわれました。カザフスタンの映画業界の現状についてお話いただけますか?
カザフスタンでも、以前より多く作られるようになってきていますね。それらの多くは、国際映画祭に選出され、賞を獲ったりしています。さまざまな面で進化し、作品のレベルも上がっていますね。一言でいえば、映画産業は盛んになってきていると思います。

──あなたはそもそもなぜ女優になろうと思ったのでしょうか?
実は、若い頃は女優になろうとは思っておらず、ジャーナリストになろうと思っていました。でも、私の生まれ故郷で劇団ができて、そこでたまたま演じる機会がありました。やってみたら、自分ではない人の人生を生きることが面白くて、次々と新しい作品に出ました。どんどん魅せられていきました。女優として、演技を通して自分とは違う人生を経験する。とても良い仕事だと思っています。

──理想とする女優はいますか?
尊敬している俳優は、メリル・ストリープ、ダスティン・ホフマン、ロバート・デ・ニーロ、マリオン・コティヤールなどですね。素晴らしい方々です。でも、いろいろな才能ある監督と仕事をすることこそ、この世界で働く目標ですね。

──欧米作品に出演することも視野に入れていますか?
新作は、フランス人監督の作品になる予定です。それに、私はロシアでも仕事をしています。ロシアの映画産業はとても大きいですからね。正直、今は撮影や映画祭などで移動が続き、まるで空港に住んでいるようですね。それは冗談ですが、拠点はまだカザフスタンで、時間が空けば、両親の家に戻ります。それが一番のリラックスする方法なんです。

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『オルジャスの白い馬』(英題:Horse Thieves)

少年の心に吹き込んだ、疾風のような出会い。
夏の牧草地、草の匂いが混じった乾いた風、馬のいななく声。広大な空に抱かれた草原の小さな家に、少年オルジャスは家族とともに住んでいる。ある日、馬飼いの父親が、市場に行ったきり戻らない。雷鳴が轟く夕刻に警察が母を呼び出す。不穏な空気とともに一家の日常は急展開を迎える。時を同じくして、一人の男が家を訪ねてくる…。

監督・脚本/竹葉リサ、エルラン・ヌルムハンベトフ
プロデューサー/市山尚三、木ノ内輝、キム・ユリア
撮影監督/アジズ・ジャンバキエフ
音楽/アクマラル・ジカエバ
編集/ヌルスルタン・ヌスカベコフ、リク・ケイアン
音響/アンドレイ・ヴラズネフ
美術/サーシャ・ゲイ
出演/森山未來、サマル・イェスリャーモワ、マディ・メナイダロフ、ドゥリガ・アクモルダ
2019/日本・カザフスタン/カザフ語・ロシア語/81分/カラー/DCP/Dolby SRD(5.1ch)/シネスコ

配給/エイベックス・ピクチャーズ
配給協力/プレイタイム
公式サイト
©『オルジャスの白い馬』製作委員会