Column

2019.11.08 18:00

【来日インタビュー】マッツ・ミケルセンの新たなる挑戦は北極のひとり旅

  • Atsuko Tatsuta

マーベル映画『ドクター・ストレンジ』(16年)、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(16年)などハリウッドでも活躍するデンマーク出身の俳優マッツ・ミケルセン。

日本での人気も上昇する一方ですが、2015年に西部劇『悪党に粛清を』(14年)のキャンペーンで初来日してから、すっかり親日家になったマッツは、2017年には東京コミコンにも参加。4度目の来日となる今回のインタビューでは、新作の『残された者-北の極地-』を中心にたっぷりと語ってくれました。

『残された者-北の極地-』は、北極に不時着したあるパイロットの男が、生き抜くために雪と氷の世界を旅するサバイバル・ストーリー。2018年のカンヌ国際映画祭でワールドプレミアされ、評判となった話題作です。

──東京コミコン以来ですね。サンディエゴなど他のコミコンにも参加していると思いますが、日本のコミコンはいかがでしたか?
とても温かく迎えられて、素晴らしい経験でした。東京のは、とてもユニークですね。アメリカのコミコンとはまったく違うというか。とても礼儀正しく、比較的おとなしく。アメリカとかではめちゃくちゃクレイジーに盛り上がったりしますからね。

──今回の『残された者』は、MCUといった作品とはある意味、対極にある作品ですね。低予算で、主な出演者もあなただけしかいない。新人監督ジョー・ペナのこうした小さな作品に出演したきっかけは?
TVシリーズの「ハンニバル」のプロデューサーのマーサ・デ・ラウレンティスは、この映画のエグゼクティブ・プロデューサーでもあるんですけど、彼女がジョー・ペナを知っていたんです。それで脚本が回ってきて読んでみたら、意外性があるというか驚くべき脚本でした。これまでも、サバイバルを描いた脚本はたくさん読みましたが、こういうのはなかった。通常、こういう話は家族との思い出とか回想シーンが出てきたりするものですが、そういった彼のバックグラウンドに関するものは一切出てこない。シンプルでとても感銘を受けました。

──監督とのスカイプでのミーティングは、当初は15分の予定が3時間にのびてしまったと聞きましたが。
そうですね。2、3時間くらいになりましたね。若いわけじゃないけど、ジョー・ペナにとってこれは初監督作品です。でも彼のビジョンはまったくブレない。それはすごいことですよ。すぐに一緒にやろうということになりました。2ヶ月後には、アイスランドで撮影していましたよ。

──ジョー・ペナはYouTubeで活躍していましたが、ほとんど無名です。これまで著名な監督と仕事をしてきたわけですが、ジョー・ペナ監督で新鮮に感じたことは?
まず、ジョーの視点が新鮮でした。新人監督と仕事をするのは、これが初めてではありません。ニコラス・ウェンディング・レフンと仕事をしたとき、『プッシャー』(96年)は彼の第一作目でしたし、他にも新人監督とはたくさん仕事をしています。私は、監督がそれまでどんな仕事をしてきたかにそれほどこだわりません。どんなヴィジョンを抱いているのか、どんな脚本なのかが重要です。だからジョーの場合も、彼のYouTube作品を見たりしませんでしたね。でも、彼のアプローチはラディカルでしたし、とても少額のバジェットでこれを作るんだという、ものすごいエネルギーがありました。そうしたエネルギーは新人監督ならではのもので、ベテランになっていくと減っていくものです。撮影中も、彼はすごいエネルギーを保っていましたよ。才能溢れていますね。

──興味深いですね。俳優についても、同じことはいえますか?
私に関して言えば、変わっていませんね。むしろ僕の場合、エネルギーが全然落ちないので、落ちる日を待っているくらいなんです。脚本を読んで惹かれてしまうと作品にのめり込んでしまう。それで妻に報告すると、”えっ、また?”って言われるんです。僕を突き動かすストーリーは、ちょっとぎこちなさがあったり、エクストリームなものだったり。危険性がある必要はないけれど、ラディカルな側面があることが役者にとって、チャレンジになります。でもエネルギーを持ち続けられていることは、幸せなことでもあります。

──あなたが演じた主人公は、誰かを救いたいという気持ちによって、勇気をもって冒険の一歩を踏み出しますね。
この作品は、キャラクター自体が興味深いというよりも、人間性そのものを描いているあたりが、ユニークなのだと思います。従来の映画の手法であれば、彼のバックグランドを描くことで、観客の感情に訴えかけるのだけれど、それを描かないことで、誰もがその状況に陥り得るという、そういう作品にしたかったんです。生き延びること(surviving)と、生きる(being alive)ことは、私たちはまったく違うものと考えていて、それこそがこの映画で表現したいものだったのです。

──キャラクターのバックグランドは映画では説明されませんが、自分なりにはバックグラウンドを考えましたか?役作りはどのようにしたのでしょうか?
ええ、彼のバックストーリーを作りましたよ。私は私なりの彼の背景を考え、ジョーはジョーなりに考えた。でも、決してふたりでそれを話し合わなかったですね。もちろん、彼には家族もいたでしょうし、愛する人たちが恋しかったでしょう。でも、その葛藤を見せるつもりはありませんでした。むしろ、ちょっとした動きなどで感じさせられればと思いました。ちょっとした表情とか、水平線に見た時のまなざしだったり。

役作りは、2週間、監督たちのアイスランドでのロケハンに同行したのですが、自然の中に身をおくことがどれくらい過酷なのかということは、肌で感じました。たった2週間でみんな体力が消耗し、体重がかなり落ちました。これが最大の役作りでしたね。

──海外でのインタビューで、過酷な状況では、自分ではなく他者を通じて人間性を取り戻すとおっしゃっていたと思います。パイロットの女性の存在は、彼にどういう影響を与えたと思いますか。
いろいろな意味で、彼女は、彼を救う存在だと思っています。最初、彼だけのときは、ルーティーンをこなしているだけ。そこに希望も未来も夢もない。本当に生存本能だけで、生き延びている。それが彼女の登場で、人間性が突然戻ってくる。彼女の存在なくしては、1週間、10年、同じことを繰り返して死んでしまったと思います。だから、救世主のようなものです。彼女が昏睡状態のとき、彼はずっと大丈夫、ひとりじゃないと語りかけますが、それは自分自身に言っている言葉でもあるわけです。彼女の存在が、彼に生きる希望を与えるとともに、これはネタバレになるかもしれませんが、彼女のために、自分の命を犠牲にしてもかまわないと思うようになります。誰かが自分の手を握っていてくれていたほうが、ひとりで死ぬよりは、きっと死を選びやすいものです。

──ロケハンの段階で、体重が減っていったとおっしゃっていましたが、撮影はさらに過酷だったと思います。一番、チャレンジングだったことはなんですか?自分の中で、予想もしなかったことは変化は起こりましたか?
たくさんありましたよ。まず、メソッドで減量してるわけではなく、そもそもパーカーを着込んでいるし、オスカーをいただけるような、こんなに痩せているんだというようなシーンさえもなかったし、痩せる必要はなかったんです。でも、演じているだけで体重がどんどん減っていった。あのような環境に身をおくと、本当にエネルギーしか摂取していないので、なるべくバランスよく、行動しなければならない。問題だったのは、私たちはシンプルな労働ではなかった。一日、14時間、15時間と撮影していたし、食べる量に見合わない。消費量のほうが多くて、痩せてしまった。そういう風に、体力的に消耗していくと、メンタル的に興味深い変化が起こるんです。皮膚のすぐそこに何かが迫ってくる感じがする。感情的になり、ちょっとしたことで悲しくなったりする。とても奇妙な感覚になる。おそらく感情をコントロールするだけのエネルギーがなくなっているからだと思います。

──ところで、こうしたアート映画の他にも大作に出るようになって、スターになって変化したことはありますか?
僕にとっての変化、つまり、道を歩いていても顔がバレてしまうようなことは、突然起こったことなんです。以前はそういうことについて、考えたことはありませんでした。今の若い世代は、自分が認識されることや、顔を知ってもらえることが重要みたいですが、僕がそう感じることは、不思議に感じるかもしれませんがね。

私がキャリアをスタートさせた頃は、好きな映画の一部に関わりたいと考えていました。それがある日、いきなり有名になってしまった。その代償がなにかもよくわかっていませんでした。でも、有名になったことが大きな問題になったことはありません。

でも俳優をやる上で、外で他の人を観察したりしたいのですが、私の方が見られるようになってしまったので、そういった観察ができなくなってしまったことくらいですかね。顔バレしない国を見つけるしかないのですけれど、それも最近は難しくなってきましたが。でも、パラノイア的に気にしたりはしません。仕事の一部のようなものです。たとえば、部屋にいるときは忘れていて、ドアを開け外に出て誰かに声をかけられたりすると、ああ、有名だったんだって思い出すくらいです。

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『残された者-北の極地-』(原題:Arctic)

飛行機事故で機体を北極地帯に不時着したパイロット、オボァガードは、壊れた飛行機をその場しのぎのシェルターに留まりながら、白銀に包まれた荒野を毎日歩き回り、魚を釣り、救難信号を出すという自ら定めた日々のルーティーンをこなしながら、救助を待っていた。しかし、ようやく救助に来たヘリコプターは強風のために墜落し、女性パイロットは大怪我を負ってしまう。目の前の確実な「生」を獲得してきた男は、瀕死の女を前に、ついに自らの足で窮地を脱しようと決心する。危険は承知。しかし、行動しなければ女に未来はなく、自身にも明日は来ないかもしれない。現状の安住を捨て、勇気ある一歩を踏み出すが…。

監督・脚本/ジョー・ペナ
共同脚本/ライアン・モリソン
製作/クリストファー・ルモール、ティム・ザジャロフ、ノア・C・ホイスナー 
音楽/ジョセフ・トラパニーズ
撮影/トーマス・エーン・トマソン
出演/マッツ・ミケルセン、マリア・テルマ・サルマドッティ
2018年/アイスランド/英語/カラー/シネスコ/5.1ch/97分/DCP/G/日本語字幕:チオキ真里

日本公開/2019年11月8日(金)より、新宿バルト9ほか全国公開
配給/キノフィルムズ/木下グループ
公式サイト
© 2018 Arctic The Movie, LLC.