Column

2019.10.10 21:00

【単独インタビュー】『クロール ─凶暴領域─』アレクサンドル・アジャ監督

  • Mitsuo

最大級のハリケーンに見舞われたフロリダで、大量発生したワニから脱出を図るサバイバルスリラー映画『クロール ─凶暴領域─』。

大学の競泳選手のヘイリー(カヤ・スコデラリオ)は、疎遠になっていた父デイブ(バリー・ペッパー)が、最大級のハリケーンが迫りくる中、連絡が取れなくなっていることを知り、実家へ向かいます。地下で重傷を負った父を発見しますが、すでにハリケーンによる浸水によって、家はワニの巣窟に。最大級のハリケーンと地球最強の捕食生物=ワニという自然の脅威が容赦なく襲いかかる中、ふたりは決死の脱出を試みますが……。

サメを遥かに超える獰猛さで水陸で人間に襲い掛かるワニと、巨大ハリケーンという最悪の組み合わせが同時に襲ってくるという極限状態からのサバイバルを描いた本作。

監督を務めたのは、フランス出身のアレクサンドル・アジャ。女子大生が殺人鬼と戦うスプラッタホラー『ハイテンション』(03年)の生半可でない残酷描写が話題を呼び、日本でもカルト的人気を誇る監督です。本作では普通の女性が突如、危機的状況に立ち向かうという、アジャが得意とするジャンルで、彼の感性が遺憾なく発揮されています。

製作を務めたのは、コアな映画ファンをうならせた『死霊のはらわた』(81年)や、トビー・マグワイア主演『スパイダーマン』シリーズ(02年〜07年)の監督で知られるサム・ライミ。プロデューサーとして多数のスリラ-やホラー映画にも携わっており、2016年末に日本でもスマッシュヒットした『ドント・ブリーズ』もそのひとつです。

『クロール ─凶暴領域─』の日本公開に先立ち、アレクサンドル・アジャ監督がFan’s Voiceの電話インタビューに応じてくれました。

ロンドン・フライトフェスト映画祭でのアレクサンドル・アジャ監督(2019年8月/Photo by Stuart C. Wilson/Getty Images for Paramount Pictures)

──プロデューサーから脚本が送られてきて、監督をオファーされたそうですが、初めて脚本を読んだ時に惹かれた部分はどこですか?監督を引き受けると決めた後は、どれくらい脚本を書き換えたのですか?
その頃の私は、(過去作の)『ピラニア3D』や『ルイの9番目の人生』、『ホーンズ 容疑者と告白の角』といった映画よりもシンプルな作品をまた作りたいと思っていて、機会を狙っていました。もっとサスペンス寄りで、怖くて緊張感のあるものですね。たくさんの本や脚本を読んでいたのですが、これといったものが見当たらず、そんな中で本作の脚本を手にしました。金曜日に受け取ったのですが、週末も忙しかったのですぐには読めませんでしたが、シノプシスを読んだだけで夢中になったのを覚えています。カテゴリー5のハリケーンがフロリダを襲い、洪水となったため、アリゲーターが群がるエリアに乗り込んだ若い女性が父を救わなければならないというのは、これ以上にないシンプルなストーリーだと思いました。最高の恐怖体験を作り出すのに完璧なチャンスだと思い、数日後には脚本を読み終えていました。私自身がこの映画で観たいものは何かを考えたのですが、アクションの舞台がアリゲーターが群がる地下室という設定は、さほど問題だとは思いませんでした。アクションの舞台は一箇所にしたいと思っていたので、その舞台を地下室だけでなく嵐の中として、地下室から屋根上へと水位が刻々と上がっていくようにして。さらに、”家が襲撃される”映画にしたかったので、襲ってくるのは殺人鬼ではなく自然であり、何百万年も前から身近に存在している怖ろしい”ご近所さん”を、自然が連れてきてしまった……という風にね。これが脚本を書き直していた時の私の視点でした。(脚本家の)ラスムッセン兄弟が書いた最初の脚本の素晴らしいアイディアはそのままに、より規模の大きい、アドベンチャーサバイバル物語にしました。

──あなたがプロデューサーのサム・ライミに、“好きなワニ映画は何か”と尋ねたら、彼は『ジュラシック・パーク』と答えたそうですね。本作を作る上で参考にしたり影響を受けた映画はありますか?
『ジュラシック・パーク』や『ジュラシック・ワールド』が作り出した視覚効果は素晴らしく、アリゲーターの動き方といったものを考える上で、これを無視するのは非常に困難なことです。それよりももっと残酷で、もっとリアルで、もっと効率の良い描き方をしようと、サムやCGを担当した制作会社と当初から決めていました。少なくとも『ジュラシック・ワールド』や『ジュラシック・パーク』レベルのCGにはしようとね。

私が影響を受けた映画は数多くあるのですが、本作を作りながら常に意識していた映画が2本あります。1つ目は『クジョー』(83年)。サバイバルを懸けたドラマとサスペンスのバランスが非常に優れていて、過小評価されているクラシック映画の1本だと思います。子どもの頃からこの映画を観ていたのですが、本当に怖がらせられました。今でも傑作だと思っています。もう1本、私にとって最高の一作と言え、いつも意識しているのが、リドリー・スコット監督の『エイリアン』(79年)です。孤立した空間でのモンスターの描かれ方、特にそのアプローチの仕方を観ると、『クロール』の地下室もSF映画のようだと感じます。それからもちろん、どんな映画を作る時も『ジョーズ』の影響から逃れることはできません。完璧に監督された映画の1つで、まさに傑作で、いろいろな作品に影響を与えています。

──この映画で見せたくなかったこと、描きたくなかった要素というものはありますか?
はい。アリゲーターをモンスターとして描きたくありませんでした。現実に存在する、ありのままの通りに描きたかったのです。映画でありがちなように、馬鹿でかかったり、放射能を放ったり、復讐のために目的を持って襲ったりとかの設定ではなくね。ワニはそれだけで十分に怖ろしいと思いますからね(笑)。これがまず1つ。

それから、『ジョーズ』から生まれた”less is more”=少ない方が良い、というハリウッドのルールに従いたくありませんでした。この考え方は、今日のフィルムメーカーにとっての敵みたいなものだと私は思っています。この考え方が浸透していることによって、映画を観に行っても、どうせクリーチャーは最後まで登場しないとわかっているのですから(笑)。観客を焦らしてストレスを作り出し、後にその期待に応えることで、満足感を与えるわけですね。本作ではこの期待に反して早い段階で観客に驚きを与えることで、最後まで観客を惹き付けようと思いました。

──水を使った本作の撮影が難しいものになることは当初からわかっていたと思いますが、実際にはいかがでしたか?
『ピラニア3D』で水を使ったので、撮影の難しさというのはわかっていたつもりでしたが……、何年も前のことで少々忘れてしまっていたようですね(笑)。カヤとバリー、それからクルーのみんなと毎日を水に入って過ごす中で、「お前はいったい何を考えていたんだ」と自分を呪いましたよ(笑)。想像もつかないほど、本当に本当に大変で困難な撮影でした。

──撮影には何日くらいかけたのですか?
40日で撮影したのですが、そのうち35〜37日くらいは水に入った撮影でしたね。

──編集についても話していただけますか?88分という尺の中で、タイトなペースで非常に上手く濃密にまとめられていますね。
面白いのは、これまで作られた最も緊迫したサスペンス映画は、たいてい尺の短いものが多いということです。でも実際に観ると、短いとは感じないものです。なぜなら、その物語の中に入り込んでいるから。例えばジェットコースターは、大きな降下やツイスト、ループ、そして”焦らし”の素晴らしい組み合わせが作り出す魔法のようなものですが、エンドレスに続くと、ただの拷問になってしまいます。観客をワクワクさせ続けなければなりませんが、その時間は絞った方が良いのです。「これ以上は無理、もうたくさん」と思い始める地点があって、『クロール』で2時間を越えて観客を緊張させ続けると、怒り出してしまうと思いますよ(笑)。

左より)カヤ・スコデラリオ、アレクサンドル・アジャ監督、バリー・ペッパー(Photo by: Marion Curtis / StarPix for Paramount Pictures.)

──他にサスペンス映画を作る上でのコツはありますか?
私は直感的なタイプなのですが、何本も映画を作ることで、パターンは見えてきました。観客としてもフィルムメーカーとしても自分が常に求めているのは、没入感のある体験です。観客とスクリーンの間の距離がなくなり、物語の中に入り込んでしまうことですね。これを確実に実現させるには、登場人物の一つ一つの行動や判断を、観客が信じられるものにすることです。私のトリックといえばこれで、俳優と一緒に物語に向き合う時、もし自分だったらそうしない、意図が理解できないと思うような行動を無くし、納得した演技をしてもらうようにします。でないと、観客の興味はそこで途絶えてしまいますからね。そうした状況に面した時は、誰にとっても信憑性のある解決法を見出すようにしています。

──ドラマとスリリングなアクションのちょうど良いバランスとは、どのように見出していくのですか?
この映画を作りたかった理由の一つに、娘が父を救うというストーリーとその二人の関係性があります。その複雑性は、家が水位の上昇やアリゲーターによって破壊されていくのと対比できたりすると思いますが、様々なレイヤーで観ることができると思います。ドラマとサスペンスのちょうどいいバランスを見つけ出すのは、この映画におけるチャレンジとなりました。40歳の自分は、父と娘のエモーショナルなドラマを観たいし、15歳の少年だった頃の自分なら、アリゲーターとの戦いを観たいでしょう。この両方のバランスをとるのは良かったと思いますね。カットしたシーンはいくつもありますが、きっとDVDの特典映像に含まれるでしょう。映画には本当に必要なシーンだけ入れたと思います。そもそもなぜ父が地下室にいたのかといったことは、カットした映像を見ればわかりますよ。

──ジャンル映画の人気はハリウッドでも非常に高まっていますが、これはなぜだと思いますか?フィルムメーカーから見た、ジャンル映画の魅力とは何でしょう?
今、映画の作り手にとって最高の時代ではないでしょうか。映画がこれほど人気で成功を収めていることはありませんからね。面白いのは、『クワイエット・プレイス』や『ドント・ブリーズ』、『IT/イット』、『クロール』のようなサスペンス映画が、ディズニー映画のような大作に対抗している点です。こうした映画は、リアルな没入感のある非常に強烈な映画体験を提供でき、観客は劇場の大スクリーンで観て体感することの意義を理解できています。先ほども例えに出したように、ジェットコースターに乗るようなものですからね。映画はこうしたものに変わってきている気がします。

もっと悲観的な言い方をするなら、気候変動をはじめとした様々な社会問題がある中で、私たちの不安は日々増しています。ジャンル映画は時には、こうした現状や私たちが抱える不安を直視させ、実感を持って理解を深めるきっかけになります。映画だけで現状を変化させることはあまり無く、どちらかと言えば、沈みゆくタイタニック号で演奏を続ける音楽家たちのようなものですが、こうした映画を通して人々が理解を深められることもあると思います。

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『クロール ─凶暴領域─』(原題:Crawl)

大学競泳選手のヘイリーは、疎遠になっていた父が、巨大ハリケーンに襲われた故郷フロリダで連絡が取れなくなっていることを知り、実家へ探しに戻る。地下で重傷を負い気絶している父を見つけるが、彼女もまた、何ものかによって地下室奥に引き摺り込まれ、右足に重傷を負ってしまう──。

監督/アレクサンドル・アジャ
製作/サム・ライミ 
キャスト/カヤ・スコデラリオ、バリー・ペッパー
全米公開/7月12日(金)
PG-12

日本公開/2019年10月11日(金) 究極のサバイバルスリラー、日本上陸
配給/東和ピクチャーズ
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