Column

2019.09.06 18:00

【単独インタビュー】『帰れない二人』ジャ・ジャンクー監督が「いまだから語れること」

  • Mitsuo

第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された、中国の名匠ジャ・ジャンクー監督の最新作『帰れない二人』。

山西省の都市・大同(ダートン)。チャオ(チャオ・タオ)はヤクザ者の恋人ビン(リャオ・ファン)と共に、彼女らなりの幸せを夢見ていた。ある日、ビンは路上でチンピラに襲われるが、チャオが発砲し一命をとりとめる。5年後、出所したチャオは長江のほとりの古都・奉節(フォンジエ)へビンを訪ねるが、彼には新たな恋人がいた……。

二つ折り携帯電話からスマートフォンへ。石炭から石油、水力発電、原子力発電へ。ここ20年程の中国の変化は目覚ましいく、「変化とは緩やかに起こるものだと思っていたのに、2001年に自分が撮ったドキュメンタリー映像を見て、21世紀中国の急速な変化に驚き、それを残そうと思った」と語るのは、監督のジャ・ジャンクー。大きな変化を迎えた21世紀の中国を舞台に、7,700kmもの距離を旅しながら、移ろいゆく景色や街、それでも変わらない想いを抱えた、一組の男女の17年に渡る姿を映し出しました。

1970年中国生まれ、49歳のジャ監督は、自主製作の長編デビュー作『一瞬の夢』(97年)の後、しばらくの間は中国当局から映画撮影を禁じられていました。2000年に映画製作を再開し、『長江哀歌』(06年)ではヴェネチア国際映画祭最高賞(金獅子賞)を受賞。カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの世界三大映画祭の常連となる、中国を代表する映画監督になりました。

日本で作品が公開される度に、毎回来日しているジャ監督。今回も7月に来日を果たし、今回が何度目かと尋ねられると「もう忘れました(笑)」と返す、ユーモアを交えた物静かな語りの監督が、Fan’s Voiceのインタビューに応じてくれました。

──1990年代中頃に最初の映画を作ったあなたは、年齢的に登場人物に近いわけですが、なぜ2018年にこの映画を撮ろうと思ったのでしょうか?
そうですね、年齢的にはだいたい同じですよね。彼らを主人公にしたのは、やはり自分の年齢と関係があると思います。過去作品でいえば、『プラットホーム』(00年)は10年間という比較的長い時間を扱ったわけですが、ほかの作品は短いスパンの中で繰り広げられるストーリーでした。けれども40代に突入して、『山河ノスタルジア』(15年)あたりから、自分の人生を振り返って、その経験に基づいたことや考えたことを、映画として語りたく思うようになりました。

一番重要なのは、時間が人間を変えていく様を、映画で撮りたいと思ったのです。中国はこの40年間に激変を遂げてきましたが、その変化の中では常に膨大な情報が行き交い、たくさんのことが起こっているわけです。その中で人間は時々、自分を見失いがちになります。どうしたらいいのか、すっかりわからなくなります。この中国社会の大きな変化を前にして、(映画では)時間軸を長くとることにより、マクロの視点から全体を見渡し観察するような方法が生まれてくるわけです。マクロであり、抽象的な視点でもあるわけですが、そうした複雑なものを見る時に、このような見方で物事を見ると、人間の本質とは何かというのがよくわかってきます。

もう一つ、その長い時間における渡世というものをなぜ自分が撮りたかったかというと、現代における地下社会の人々に、ものすごく興味があったからです。1949年以前はそういった地下社会が存在していて、いろいろな物語がそこから生まれ、映画も撮られていました。ところが新中国が成立した1949年以降は、基本的に地下社会は消滅したと正式には言われるようになりました。しかしながらこの改革開放の中で、現代の地下社会というのもまた生まれてきました。そういうことに自分はとても興味を惹かれました。

──この20、30年の中で、監督自身にはどのような変化があったと感じていらっしゃいますか?また変わらない部分というのもありますか?
そうですね、やっぱり自分も変わってしまいましたね。(自分の身なりを指して)こんな風に、年齢と共にですね(笑)。昔はアディダスの白いTシャツとか着ていましたが、「あ、これは自分にはもう似合わなくなってきたな」と思って、もう時間だな、時は残酷だなと思いました。

それはさておき、映画を撮る観点から話すと、自分の一番大きな変化は、先ほども話したマクロな視点で映画を撮ろうと思うようになったことですね。以前は、自分の知っている狭い個人的な世界の中で映画を撮っていたわけですが、今はむしろ、大きな歴史や社会の中で人間がどのように動き、どういう風に生きているかということを捉えようと。若い時はそういう力が無かったと思います。今はそうしたマクロな視点で、社会の中で生きる人間を見てみたいと思っています。

自分個人として変わらないことと言えば、新しいもの、現代社会のものに対して、ずっと興味が惹かれ続けていることですね。これは絶対に変わりません。

──裏社会”江湖”やアンダーグラウンド的な精神は、インディーでアート映画を撮り続ける監督自身の視点に重なっているところもあるのでしょうか?
そうですね、渡世に生きる人々の中でいちばん大事な価値観に、情と義があります。これが原則であり、彼らにとっては栄誉でもあります。また、中国の伝統社会が広く持つ価値観であると言っても過言ではないと思います。そういう価値観を尊重するというのは、つまり、インディペンデント映画、”地下の映画”を撮ることが自分に忠実であるという意味に通じると思います。だから地下であっても撮るということなので。そこに価値観の共有性というものがあると思いますね。

──映画の中では電車やバスなど様々な移動手段も登場しますが、なにか意味を込めたことなのですか?
私の撮りたい人間がそこに乗っているために必然的にそうなったところもありますが、広大な面積の中国で、人々はこれまで移動を繰り返してきました。出稼ぎに行く時もいろいろな乗り物に乗る。労働力が乗り物で運ばれていく。絶えず移動を続ける人々が中国社会には存在するわけです。乗り物、すなわちそれは、人々の運命の運んでいるものなのです。ですから、そうした乗り物が、映画の中に出てきます。

昔の中国というのは、社会的に非常に安定していました。ここでの安定というのは、ほとんどの人が狭い地域の中で暮らしていたことを指します。ところが現代になると、いろいろな人が動きはじめました。

昔は渡世の人というと、絶えず流れている「渡世人」としてずっと移動しているわけですが、今やビンもチャオも、昔の渡世の人のようにあのように動いているわけです。移動という観点から見ると、今の中国ではほとんどの人が渡世の人と言って良いと思いますね。

──『プラットホーム』以降、あなたの作品で主演し続けてきたチャオ・タオについて、今回の撮影を通じて新たな発見などはありましたか?
『帰れない二人』での彼女の演技は、これまでの中でやはり最高のものだったと思います。世界の映画史の中で、最も印象に残る女性像の一人を残してくれたように、私の中では思います。特に今回は年齢の幅が広い役柄で、若い頃から中年に至るまでの女性を、本当に演じきってくれたと思います。非常に正確に、かつ自由に演じてくれました。そしてまた、映画の中の様々なディテールについても、彼女はものすごく想像力を働かせて演じてくれました。ですので、この『帰れない二人』のチャオ役では、彼女が自分の内に持っているすべてのものを出し切ってくれたと思います。

──チャオは強い女性像が具体化されたような人物ですが、そのキャラクター像はどこから来たのですか?ハリウッドでも女性を強く描くことが盛んですが、中国なりの背景はあるのでしょうか?
私は男性の監督なので、女の人を、女性映画という視点では撮っていません。それは必要のないことだと思っています。だけれども、男の社会、男自身は、「男とはこういうものだ」という風にお互いに欠点を語り合うことが少ないと思います。一方で、女性の視点を通すことで、その男の欠点というものがわかってくるわけです。

以前の映画は、男性の映画という視点ですから、強いところばかりが描かれています。男を描くというのは、社会的にどれだけ成功したかとか、どれだけお金を稼いだか、ということですよね。そういうものが男のイメージにあるわけですが、そうした男性には弱点もたくさんあります。その弱点をよりわかりやすくするのが、この女性の視点なわけです。そして今回のような強い女性を描くことで、男の弱点もよりはっきりと見えてくるわけです。中国でもハリウッドでも、強い女性像が注目されるのには、そうした意味もあるのかもしれませんね。

──監督が映画作りで最も大事にしていることは何ですか?
人間を発見し、人間を描写するということ。それが今の私にとって一番重要なことですね。

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『帰れない二人』(英題:Ash is Purest White )

監督・脚本/ジャ・ジャンクー
撮影/エリック・ゴーティエ
音楽/リン・チャン
出演/チャオ・タオ、リャオ・ファン、シュー・ジェン、キャスパー・リャン
2018 年/135分/中国=フランス/原題:江湖儿女

日本公開/2019年9月6日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
提供/ビターズ・エンド、朝日新聞社
配給/ビターズ・エンド
公式サイト
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