Column

2019.08.23 7:30

【インタビュー】『ロケットマン』デクスター・フレッチャー監督が語る、スターの孤独と現実

  • Mitsuo

音楽界の最高峰グラミー賞を5度受賞、「ローリングストーン誌が選ぶ歴史上最も偉大なアーティスト100組」にも選ばれた伝説的ミュージシャン、エルトン・ジョンの半生を描くミュージカル映画『ロケットマン』。

監督を務めたデクスター・フレッチャーは、英国アカデミー賞にノミネート経験を持つ、ロンドンの出身の俳優で、アラン・パーカー監督のミュージカル映画『ダウンタウン物語』(76年)の“ベビーフェイス”役にて、9歳でキャリアをスタートさせました。その後、デレク・ジャーマンやガイ・リッチーといった名監督たちと仕事を共にし、監督としての腕を磨いていきました。

2011年、共同脚本も兼ねた『ワイルド・ビル』で監督デビュー。実在のスキージャンプ選手マイケル・エドワーズの伝記映画『イーグル・ジャンプ』(16年)では、主演にタロン・エジャトンを起用しました。昨年の大ヒット映画『ボヘミアン・ラプソディ』では製作総指揮を務めると同時に、監督のブライアン・シンガー降板後は、撮影最後の数週間とポストプロダクションを引き継ぎ、ノークレジットながらも最終監督を務めました。

主演タロン・エジャトンとの再タッグとなる『ロケットマン』では、類まれなる音楽の才能を持ちながらも孤独を感じて育った少年が、ロックスター“エルトン・ジョン”として成功し、本当に必要とする相手から愛を得られない辛苦に身を崩しながらも、自分を信じて歌い続ける力強い生き様を、ファンタジックな演出とエルトンの楽曲で描き出しました。

日本公開に先立ち、約5年ぶりに来日したデクスター・フレッチャー監督にインタビューを敢行しました。

──この映画の企画は、プロデューサーのマシュー・ヴォーンからあなたの元に来たとのことですね。それで「自分はこの映画を撮るために生まれてきた」と話したそうですが、エルトン・ジョンのこのストーリーが、なぜそこまであなたの心に響いたのでしょうか。
そうですね、私はまだ小さかった頃の『ダウンタウン物語』から、ミュージカル映画や舞台に出演していたので、まずはその点で響きました。それから、私が監督した『ワイルド・ビル』はドラマ、『サンシャイン/歌声が響く街』(13年)はミュージカル、『イーグル・ジャンプ』は伝記映画でした。『ロケットマン』はこの3つを合わせたような映画で、ミュージカル、ドラマ、伝記それぞれの要素がありました。自身の映画でのキャリアを通じて、すでに基本となる経験があったのです。

それから、子役としての経験ですね。特に成功した子役として私は名声とお金を得ましたが、”脱線”したこともあれば、私なりの薬物問題もね。つまり、この映画に描かれることの大部分に対して理解があったし、この物語に対するこうした私の個人的な繋がりがあったことが、その言葉(「自分はこの映画を撮るために生まれてきた」)を言った背景にあります。同時に、いかにエルトンや私の話ではなく、普遍的なものとして、観客が”自分にも似たような経験があるな”と共感してもらえるようにできるか。孤独や寂しさは誰もが共感できることだと思いますし、それこそがこの映画で描こうとしたことです。

左より)主演タロン・エジャトン、デクスター・フレッチャー監督

──10年前から脚本の準備は始まっていた中で、あなたは比較的最近になってからこの映画に参加されたわけですが、クリエイティブ上の自由は十分に残されていましたか?
はい、とても。監督は、なにかしらのコンセプトなりアイディアから生まれた脚本をもらうわけですが、そこからは監督として、「よし。これが私のビジョンだ。こうしよう」と言わなければなりません。時には(既にあるものに対し)「素晴らしい。それは取り入れよう。とても良いね」と言う時もあれば、「この部分は表現方法を考えないとね。みんなに浮いてもらおう」と言ったりもします。これが映画でのクリエイティブ上の自由というものです。そういった意味で『ロケットマン』は、これまで私が監督した他の映画と比べてもなんら変わりませんでした。

映画を作る上で、自由な表現の唯一の妨げとなるのは、金銭面での問題です。本当にこれだけです。まあ誰も理解できない、完全に気が狂った映画を作ろうとしたら、それも難しいかもしれませんが。VFXスタッフに「〜はできる?」と尋ねると、その返答は必ず「イエス」です。でも「〜するだけのお金はある?」と尋ねると、答えは違ってきます。こちらが、”『ロケットマン』で宇宙を背景に全員を…”と言うと、ゴニョゴニョとお茶を濁した返事をしてくるのに、”プールのあるシーンにできるか”と言うと、「プールですね。それならできますよ!」と返してくるんです。

でも、クリエイティブ上の自由度というのは、高ければ良いものでもありません。多少の制限があるのはむしろ良いことです。制限があると、その中でクリエイティブな解決法を見つけることに繋がりますからね。

──監督としての自由はあったとはいえ、エルトン・ジョンは”サー”の称号がつくほどの英国の大物ミュージシャンで、もちろんご健在です。そういう人物を映画化する上で、いちばん気を使ったところはどこですか?
誠実であること、だと思います。この映画は、エルトンに得をさせることを目的に作ったものではありません。それは彼も望まなかったことだと思いますし、いかにエルトン・ジョンが偉大かというプロパガンダ映画を作ったところで、映画自体も成功することはないでしょう。

もちろん、エルトン・ジョンは偉大なのは本当のことですが、光と影のバランスが必要で、観客に対して説得力のあるものにする必要がありました。観客に「うーん、エルトンは素晴らしいし、悪いのはエルトン以外じゃ…」と感じさせるのではなく、この映画では、エルトン自身にも、自分への責任を持たせようとします。周りを悪者にして済ませようとはしません。彼の母親はひどい人物だったわけですが、単にエルトンに彼女を責めさせるのではなく、彼もその困難な状況の一部として描くということです。エルトンが被害者なわけではありません。これが非常に重要なことで、この映画に信憑性のある視点を与えることになります。一方的に「エルトンはなにも悪くなく、すべては周りのせい」と言ったりはしません。

だからエルトンの母親だって、女性に自由がない時代に、歳上の男性との結婚に囚われてしまった女性として描きました。1950年代の英国では女性はクレジットカードが作れなかったし、投票権が与えられたのは、たかだか40年ほど前のことです。子どものいる若い女性にとっては、本当に厳しい時代だったのです。特に、愛してくれてもいない男性を相手にはね。「彼女はひどかった」と言うのは簡単ですが、なぜそうだったのかという理由が必要なわけで、そうしないと……、ただの漫画の悪役になってしまいますから。

左より)タロン・エジャトン、母親シーラ役のブライス・ダラス・ハワード、ジョン・リード役のリチャード・マッデン

──この映画に関わる前と後を比べて、エルトン・ジョンに対するあなたの見方はどのように変わりましたか?
そうですね、もともと彼のファンではありました。私はいま53歳ですが、エルトンには50年のキャリアがあるわけで、小さいときからエルトンの存在は知っていたし、曲も聞いていました。思い出されるのは、「黄昏のレンガ路」のアルバムを聴いていた子どもの頃や、従兄弟の家でエルトンの曲をかけて、聴いたりした記憶です。

そしてエルトン本人と会うことになったわけですが……、私は脚本を読みながら、エルトンの夫(デヴィッド・ファーニッシュ;本作のプロデューサーの一人)にはいくつかアイディアを話していました。すると突然電話がかかってきて、「エルトンが会いたがっているので、ランチの時間を設けましょう」と言われました。良い機会だと思った私は、「いいですね。会いに行くので、ぜひランチを」と返しました。「水曜はいかがですか」と言われ、今日は月曜なので「はい、水曜は空いてますよ」と返事したのですが、エルトンはラスベガスにいたんです。私はロンドンで。「飛行機に乗って、ベガスでランチに来てください」と言われ……、私はランチはするし、ラスベガスにも行ったことがあるけど、ランチをしにラスベガスに行ったことなんてありませんよ(笑)。ランチのために2マイル先に行くことならありますが、5,000マイルだなんて……。

そんなわけで、ジョージ・マーティンの息子で、本作の音楽を担当したジャイルズ・マーティンと一緒に飛行機に乗りました。ラスベガスに着いて飛行機を降りるととても暑くて、ランチのためにエルトンの家に車で向かっていると電話が鳴り、「すみません、エルトンはとても疲れていて、今晩コンサートもあるので、また明日、ランチに来てくれますか?」と。ジャイルズと私は一日空いたので、ショーを観たり、カジノで遊んだり、飲みながら話したりして、また翌日出向きました。エルトンとは1時間の約束だったのですが、結局3、4時間を過ごし、あらゆることの話をしました。彼はとてもオープンに話してくれて、この映画や音楽の話に対して非常に興奮している様子だったのですが、最終的には仕事に行く時間となってしまい。素晴らしい時間を過ごした我々はまた飛行機に乗り、ロンドンに戻りました。

なんでこの話をし始めたのかよくわかりませんが、これが私のエルトンとの関係の始まりでした。彼にきちんと会ったのはこの時が初めてでした。彼は本当に多忙なのに、1時間の予定のランチで、4時間一緒に過ごしてしまったということが、何かしらのサインだと思います。とても興奮したし、寛大だと思いました。

左より)タロン・エジャトン、エルトン・ジョン、デヴィッド・ファーニッシュ

──エルトンの半生を描く伝記のストーリーと、音楽が素晴らしく合っているのがこの映画が高く評価されているポイントの一つだと思いますが、あなたにとって「良いミュージカル」とはどういったものでしょうか?
良いミュージカルとは観客を楽しませてくれるものだと思っていましたが、むしろ今話されたことこそが、答えなのではないでしょうか。妻はオペラの仕事(著名なオペラ演出家のダリア・イベールホープタイテ)をしているので、私はたくさんオペラを鑑賞するのですが、優れたオペラや音楽では、日々の生活で被っている仮面が外れ、心を開いて想いや気持ちを歌う素晴らしい瞬間があります。

ミュージカルの中には単に踊りや歌を披露してハッピーエンドを迎えるものもありますが、私がミュージカルを作る時は、「これこそが私の感じていること。この言葉が私の感情を表現している。私はこの音楽で本当の気持ちを表す」といったものを表現するように心がけています。私にとって音楽は素晴らしいもので、なぜならそれは、理知的なアイディアではなく、純粋な感情だから。音楽は様々な音や楽器の組み合わせを通じて、あらゆる言語や年齢、性別や障壁を超えて伝わり、感情を動かします。知的なアイディアよりも、よっぽど早くね。

私にとってミュージカルとは、人々の共感を生み出すものです。仮にあなたが『アナと雪の女王』が大嫌いだとします。「Let it go, Let it go(ありのままの〜)」と耳にして、「なに歌ってんだ、ただの子ども向けアニメじゃないか」と言うかもしれませんが、その音楽に対してあなたが抱いた感情は否定出来ないわけで、あなたの理性が邪魔しているのです。

ミュージカルの素晴らしいのはこうしたところで、『レ・ミゼラブル』や『オペラ座の怪人』はもう30年以上に渡り世界中で公演され、オペラでも(『トスカ』『蝶々夫人』『ラ・ボエーム』などの)プッチーニといった素晴らしい作曲家による作品の公演に、私たちは通い続け、愛し続けるのです。

左より)バーニー・トーピン役のジェイミー・ベル、デクスター・フレッチャー監督、タロン・エジャトン

──あなたが関わった前作『ボヘミアン・ラプソディ』もこの作品も、60年代、70年代のイギリス音楽がその中心にありますね。
そうですね。ロックンロールは1950年代にアメリカで登場しましたが、60年代にはザ・ビートルズやザ・キンクスといったアーティストがその要素を吸収し、自分らなりの解釈をし始めました。それが今度はアメリカに伝わって、お互いを影響し合う関係となっていきました。60年代、70年代のイギリス音楽のブームというのは、50年代、60年代のアメリカでのブームを受けたものだったのかもしれません。それから90年代にはニルヴァーナが登場し、今度はブリットポップ(・ムーブメント)が起こりました。こうして”こだま”し合いながら、文化的シフトは起きてきたのだと思います。ザ・ビートルズの後はアメリカではエルヴィス・プレスリーといった個人のアーティストが登場し、イギリスでもエルトンやクイーン、デヴィッド・ボウイ、ブライアン・フェリーが出てきましたが、それぞれが当時の時代性を吸収し、新解釈していました。こうした循環が、70年代は特に活発だったのだと思います。

──多くのミュージシャンが若くして命を落とす中、エルトンは素晴らしい晩年を送っていらっしゃいます。あなたから見て、才能あるミュージシャンが彼のように生き残る秘訣というのはなにかありますか?
彼は本当にサバイバーですよね。それに対して私から明確な答えはありませんが、我々ができるのは、彼の半生を見返すことです。エルトンは様々な理由で生き残ってきたわけで、だからこそ彼の物語は興味深く、他とは違うのです。若くして著名で金持ちになったことで悲劇に至った例はこれまでも多くありますし、本当にたくさんのバンドやアーティストが存在する中で、ローリング・ストーンズやU2、スティングといった”生き残り”が皆同じ世代の人だというわけでもありません。本当にサバイバーでなければならないのです。そしてエルトンはその一人なので、この映画は私にとって興味深いものでした。エイミー・ワインハウス、カート・コバーン、ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックスのように、うまく舵を切れずに若くして亡くなった人たちが多くいる中、エルトンがその中でも最も過激で極端な過去を持っているという意味でも、彼は他と違います。一方で、アーティストとしての道を進むことを止める人もいます。1、2曲の大ヒットを飛ばしたあと、突如消えてしまう。生き残ること、有名人でいることは、本当に大変で難しいことだし、とてもとてもとても孤独なのです。

ひとたび有名になれば、孤独とは無縁になると思われがちですが、それは間違いです。なぜなら、みんなはあなたのことを知っていますが、あなたは誰も知らないから。パーティーで全員から視線を浴びているようなものですね。昔、ロバート・デ・ニーロと共演した時のことですが、彼が撮影現場に到着するたびに、その場にいた全員がピタッと話を止めるのです。彼はどこへ行っても、周りから何かしらの期待を持った目線で見られるのです。適当な誰かに向かって「やあ!」と声をかけられるわけでもなく。非常に寂しいことです。こうした状況を見てきたので、私は『ロケットマン』でこの実情を描こうと思いました。そして若い人たちは映画を観て、「なるほど、有名人になったからといって、自分の抱える問題が解決するわけではないんだな」と思うかもしれません。

──タロンと一緒に仕事をされたのは『イーグル・ジャンプ』に続き2度目ですが、他の俳優に比べ彼が突出しているのはどういったところでしょうか?
タロンは素晴らしいコラボレーターで、私と非常に相性が良いようです。素晴らしい歌声の持ち主であることはミュージカル映画には非常に大切なことですが、彼は俳優として勇敢でリスクを取りたがるし、私もそうすることを勧めています。はじめに私は、これは窓の縁から身を乗り出し外を見るようなものだとタロンに言いました。危険な場所で、地面に向かって落ちることもあるけど、空へ飛び立つこともできる……だからタロンは素晴らしい俳優なのです。

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『ロケットマン』(原題:Rocketman)

監督/デクスター・フレッチャー
脚本/リー・ホール
製作/マシュー・ヴォーン、エルトン・ジョン
キャスト/タロン・エジャトン(タロン・エガートン)、ジェイミー・ベル、ブライス・ダラス・ハワード、リチャード・マッデン
全米公開/2019年5月31日

日本公開/2019年8月23日(金) 全国ロードショー!
配給/東和ピクチャーズ
公式サイト
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