Column

2019.06.16 21:00

【単独インタビュー】『運び屋』アール役・多田野曜平が語る、イーストウッド吹替の極意

  • Akira Shijo

幾度となく組織のための麻薬を運び、巨額の報酬を得ていた伝説の“運び屋”。その男はなんと、90歳の老人だった!機知に富み、麻薬取締局の捜査をかいくぐり、最年長の“運び屋”となった老人の前代未聞の実話に基づいた、巨匠クリント・イーストウッド監督・主演の最新作『運び屋』。そのブルーレイ&DVDが、6月19日(水)に発売されます(デジタル先行配信中)!

イーストウッドが演じた90歳の運び屋・アールの吹き替えを担当するのは、多田野曜平さん。イーストウッドのもつ独特の存在感を日本のファンに定着させた故・山田康雄氏の、スゴ味と軽さをあわせ持った声質を受け継ぎながら、さまざまな役どころを演じ分けるベテラン声優です。

『運び屋』のブルーレイ&DVD発売/デジタル配信を記念し、そんな多田野さんにインタビューを実施。アールという男について、イーストウッドについて、”日本語吹替”そのものの魅力について、たっぷり語っていただきました!

──イーストウッドの吹替としては、これまで演じられてきた作品よりかなり高齢の役どころですね。どんなアプローチでアール・ストーンを演じられましたか?
『運び屋』のイーストウッドを最初に見たのは、劇場用の予告編のナレーション収録だったんですよ。最初に見た印象は、うわ〜なんかフツーに出てくるなあ〜カッコ良い〜……っていう(笑)。あんなにフツーで自然体なのに、カッコ良いなあ、と思いましたね。寝癖もそのまんま、みたいな感じで、こっち行ってカメラ握って演出して、あっち行って芝居して、って感じだったのかな?実際、セリフも台本通りだったのかとかも気になりますよね。

『15時17分、パリ行き』(18年、イーストウッド監督作)の時に、俳優ではない実際の事件の関係者を主演に起用していましたよね。彼らと出会ったことも大きかったんじゃないか、と思います。今までの演技が不自然だったということではないんですが、より楽に。楽してるけど楽じゃない、というか。いい意味で肩の力を抜いて芝居をしているような印象を受けたのを覚えています。(収録したのは)「人は永遠には走れない」っていうセリフだったんだけど(笑)。

テストの時はちょっとテンション高めというか、若い頃のイーストウッドを演じていた山田康雄さんにもっと寄せた、抑揚をつけた演技でも何テイクか録ってはいたんですが、あの映画の雰囲気にはちょっと合わなかったのかな、と。

──イーストウッド自身は数年前のインタビューで、若い頃、娘や家族と十分に時間を過ごせなかったことを後悔している、というような発言をしていました。本作の主人公・アールはまさに彼自身にも重なるようなキャラクターでしたが、アールやイーストウッドの生きざまに共感した点はありますか?
あったね〜。特に、実の娘(アリソン・イーストウッド、本作ではアールの娘役)が出てきたところ!撮影の裏でも気を使ってたのかな?とか、いろいろ想像しちゃいましたね。

なんたって、僕にも娘がいるんですよ。ものすごく可愛いんだけどさ……それはどうでもいいよね(笑)。あそこまで家庭を台無しにしたワケじゃあないんだけど、想像はつきますよね。大げさなことじゃなくても、小さなことでも妻や家族を傷つけてしまったこともあるし、ウチはウチなりに家庭の問題なんかもあったので。あのイーストウッド、アールという爺さんの置かれた立場に共感するのは難しくなかったですね。

──今回は追加収録分や短いセリフだけでなく、映画全編に渡ってイーストウッド氏の吹替を担当されましたよね。演技をしていく中で、心がけたポイントなどがあれば教えてください。
それはもう、少しでも山田康雄さんに似せるように。その一点ですね。

……ただそれが、自分ではチェックがなかなかできないんですよね。モノマネって面白くて、同じ場面でもすごく似てるね!と言ってくださる方もいれば、全然違う!って言う方もいらっしゃるんですよね。

難しいんですよ、普通の吹き替えと全然違うんです。僕だけ(笑)。今回のイーストウッドを吹き替えるにあたって、まず歳を取ってる役どころで、しかも10年ぶりの主役で、とかいろんな要素もありつつ。なおかつ僕としては何が何でも、山田康雄さんが生きていたらこういう吹き替えをしました、っていう、ある種の形を絶対出したかったから、その一点に集中して、考えに考え抜いて。

収録って、長〜くかかるんですよ。その途中で、「え〜今の大丈夫?普段の多田野になってない?今の、似てましたか?」って聞いても、みんな「いやいや似てましたよ!」とか言うんだけど……ホントに難しいんですよ!今までだって、『ダーティハリー』とか『夕陽のガンマン』とかいろいろ演じてきましたけど、正〜直、大して似てないよね!?(笑)

──いやいやいや!そんなことはないと思いますよ。
ディレクターさんは何度も「似てる似てる!」って言ってくれたから、僕も「そうかなあ?」と思って、安心してお任せしていたんですけども。自分で聞いたらやっぱり似てないもん!

「もうちょっと似せられたんじゃないの?」とか「もう一度やらせてもらいたい」って思う作品もあるんですよ。イーストウッド役はここ10年くらいやっているんですけど、そういう想いもあったので、今回も非常に難しい仕事でしたね。

──それだけ強いこだわりがあるんですね。声の演技を山田康雄さんに近づける上で、具体的なコツなどはあったりするんですか?
言葉とか図とかでは、やっぱり表しにくいですね。僕の頭の中で僕が聴いてる僕の声を、山田康雄さんに似てるかどうか判断してるわけで……実際にやってみて、「ああ、今の言い回しだと似てるかな?」「言い回しが似てても声は似てるかな?」「声が似てても全然芝居になってないな」とか、いろいろあるので。

コツってなると難しいですが……まあ、もし人にアドバイスするなら、割と早口で、江戸弁ふうにやれば似るんじゃないかなと思います。ルパンがそうなんですよ。「アッチッチアッチッチ、もっと埋めてちょうだいよ〜」なんつってね。昔のそういう人のしゃべり方に似てるんですよ。僕は九州の人間なので、ちゃんとした江戸弁ってのはできないんですけども。

でも、僕たちの場合は尺の問題もあるんですよね。あんまり早口で喋ったら尺が余っちゃって、口パクが合わないし。あんまり早くするわけにもいかないという。カラオケの採点みたいに、なんかセリフを言うたびに似てるか似てないか判断してくれる機械ができたらいいのにねえ(笑)。

難しいですよね、こればっかりは。聴いてくださる方の好みもありますし。

──映画好きの中には”吹替好き”という方も多くいらっしゃいますが、多田野さんの考える”吹替ならではの良さ”を教えてください。
たとえば、現実で僕が『ダーティハリー』にキャスティングされるワケはなくて。こんなチビでハゲなおっさんでも、『運び屋』みたいな映画でアールという役を演じられる。演じる側からすると、これがまず吹き替えの醍醐味ですよね。

もちろんいい男ばっかりじゃなくて、僕が普段やってる小動物とかエイリアンみたいな役とかも。そんな役、なかなか実写では演じるのが難しいと思うんですよ(笑)。吹き替えってそういう色んな役が演じられるので、とても楽しいですね。

また観る側からすると、そもそもどうやって声だけで演じてるのかを考えるのも楽しいですし。モノマネとはまたちょっと違うんですけど、吹き替えだからこそできている、ひとつのキャラクター像みたいなのがあるじゃないですか。山田さんのイーストウッドみたいな。

吹き替えというものができて50年60年、また世代交代の時期がやって来ているので、おお、今度はあの人がこの俳優のこういう役をやるんだ、っていう時に、どういう風なアプローチでいくんだろう?っていうのを考えながら聴くのもひとつの楽しみだと思います。

──昨今の映画吹替では声優経験のない方々、いわゆる芸能人やタレントの起用が多くなり、ファンの間でも大きな話題となっています。多田野さんとしては、どのように感じていらっしゃいますか?
僕は全然気にしないですよ!なんなら誰がやってもいいと思ってるんですが……ただ、僕はFIX(ある海外俳優の吹替に毎回同じ声優が起用されること)派なんですよ。タレント吹替より、FIX崩しの方がどうもちょっと気になりますね。

たとえば、ロバート・デ・ニーロとかになると、色んな人が演じすぎて、もうすでに日本語だと誰の声かってイメージがついてこなくなってきているような気がしますね。アル・パチーノすらそうなんじゃないかな……。僕が子供の頃に観ていたイーストウッドとかチャールズ・ブロンソンとか、スティーブ・マックイーン、ジョン・ウェイン、チャールトン・ヘストンとか。彼らはもうだいたい決まってた印象なんですよね。

──FIX声優さんの声は、本人の声以上に印象に残ることも多いですね。
……ただ、これも難しいですよね。最初にその俳優を見たドラマなり映画なりの声がやっぱり刷り込まれていって、そのイメージになるのもありますから。でもやっぱり、たとえば『刑事コロンボ』で言うと、ピーター・フォークはあんな「ウチのカミさんがね……」なんて言い回し、してないんですよね。でもなんかアレがなかったら……楽しくないじゃない?(笑)

字幕版で観るのもいいんですが、吹替版ってまた別の良さがあるじゃないですか。イーストウッド作品も、やっぱり山田さんがひとつのキャラクターを作っちゃってるから、昔の映画を観るときでも、ディスクに吹替版が入ってたらうれしいですね。山田康雄さんの吹き替えが入ってたら、同じ作品でもより買いたくなるしね。

クレヨンしんちゃんの映画(『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』)で、『荒野の七人』をオマージュしたキャラクターたちがアニメで出てきた時があったんですよ。あんな展開も、FIXがなかったら成立しないと思うんです。ユル・ブリンナーでもジェームズ・コバーンでも、FIXしてるから、その声優さんたちが集まって演じたから、あれが荒野の七人だってわかる、成立するワケであって。だからあの映画は、FIXの良さを表すとても良い例だと思っています。僕は全く制作には関わってないんですけど(笑)

──名作ですよね……。ところで『運び屋』の予告ナレーションや今回発売となるソフト版の吹替を受け、ファンの方々からは「過去のイーストウッド作品もぜひ多田野さんに新録してほしい」との声が上がっていますが、いかがでしょうか?
ぜひやりたいですね。一も二もなくやりたいです。すぐやります!なんでもやらせてください(笑)。

──さまざまな役を演じてこられた多田野さんですが、今後、演じてみたい海外俳優はいますか?また、やってみたい役どころはありますか?
演じてみたい俳優はですね、クリントの息子さんの、スコット・イーストウッド。ぜひやってみたいです。若い頃の山田康雄さんそっくりにやります。

あとはですね。役どころとしては、主役をやりたいです(笑)もう脇役はしばらくいいです!

──ド直球なお答え、ありがとうございます。
ド主役をやりたいですね。スタジオの真ん中に座って、僕専用のマイクがあるようなやつを。

──声の演技をお仕事にされる上で、普段から色々と心がけておられることもあると思いますが……お気に入りのノド飴を教えてください!
ノド飴!(笑)僕はメーカーとか味は気にしないんですが、ノンシュガーに限りますね。アレ虫歯になっちゃうんですよ。昔、ノド飴のなめすぎで虫歯に結構なっちゃったので。ノンシュガーに決めてます。

あとはガム!ガムはいいですよ。収録前に噛んでると、アゴの運動になって。よくガム噛むって人あんまりいないので、僕だけの秘密のテクニックです(笑)

──ありがとうございました!

==

多田野曜平(ただの・ようへい)

1962年3月10日生まれ、福岡県出身。テアトル・エコー所属。舞台俳優として活躍しながら、多数の洋画吹替や国内外のアニメ作品に出演。幅広い演技であらゆる役柄をこなす。代表作は『フィニアスとファーブ』ドゥーフェンシュマーツ博士、『インターステラー』TARS、『スター・ウォーズ』シリーズのヨーダ(永井一郎の後任)など。

==

『運び屋』(原題:The Mule)

イーストウッド演じるアール・ストーンは 90 歳の男。家族と別れ、孤独で金もなく、経営する農園には差し押さえの危機が迫っ ていた。そんな時に、ある仕事が舞い込む。ただ車を運転すればいいだけの訳もない話だ。しかしアールが引き受けてしまったの は、実はメキシコの麻薬カルテルの“運び屋”だった。たとえ金銭的な問題は解決しても、過去に犯した過ちが、アールに重くのし かかってくる。捜査当局やカルテルの手が伸びてくる中、はたして自らの過ちを正す時間は彼に残されているのか。

監督/クリント・イーストウッド
製作/クリント・イーストウッド
脚本/ニック・シェンク
キャスト/アール・ストーン:クリント・イーストウッド(多田野曜平)、コリン・ベイツ捜査官:ブラッドリー・クーパー(桐本拓哉)、主任特別捜査官:ローレンス・フィッシュバーン(相沢まさき)、ラトン:アンディ・ガルシア(内田紳一郎)、アイリス:アリソン・イーストウッド(苗村有香)
2018年/アメリカ/映倫区分:G/本編時間:116分

2019年6月19日(水)ブルーレイ&DVD発売・レンタル開始、デジタルレンタル配信開始

ブルーレイ&DVDセット(2枚組)¥3,990+税/品番:1000744935
4K ULTRA HD&ブルーレイセット(2枚組)¥5,990+税/品番:1000744936

全商品共通ブルーレイ映像特典収録内容
・メイキング「Nobody Runs Forever」:敢然と銀幕に復帰した俳優イーストウッドについて製作・監督のクリント・イーストウッド本人と『運び屋』の豪華キャスト陣、撮影クルーが語る。
・ミュージック・クリップ(“Don’t Let the Old Man In” by Toby Keith)

2019年5月15日(水)デジタルセル先行配信開始

発売・販売元/ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
公式サイト
© 2018 WBEI, Imperative Entertainment, LLC and BRON Creative USA, Corp. All rights reserved.