Column

2019.05.24 8:00

【単独インタビュー】『ベン・イズ・バック』ピーター・ヘッジズ監督が家族を描き続ける理由と、”最大の愛”

  • Mitsuo

息子を全力で守ろうとする母の決して諦めない愛と、家族の絆をサスペンスフルに描く“衝撃と感動”の物語『ベン・イズ・バック』。アカデミー賞主演女優賞受賞のジュリア・ロバーツと、若手実力派No.1俳優ルーカス・ヘッジズが共演する話題作です。

クリスマス・イヴの朝、19歳のベン(ルーカス・ヘッジズ)は薬物依存症の治療施設を抜け出して家に戻り、家族を驚かせます。久しぶりの再会に母ホリー(ジュリア・ロバーツ)は喜び、温かく迎え入れますが、一方、疑い深い妹アイヴィー(キャスリン・ニュートン)と継父のニール(コートニー・B・ヴァンス)は、過去の経緯から、ベンが何か問題を起こして自分たちの生活を脅かすのではと不安に駆られます。ベンは、母ホリーの監視下にいることを条件に、一日だけ家族と一緒に過ごすことを許されますが、一家が教会から帰ると、家の中が荒らされ、愛犬の姿は見当たりません。昔の仲間の仕業だと直感的に感じ取り、愛犬を取り戻そうと夜の街に飛び出すベンと、それを追うホリー。ベンが過去を清算しようとする中で、母はベンを守ろうとしますが……。

本作の監督・製作・脚本を務めたのは、日本でも大ヒットした名作『ギルバート・グレイプ』(93年)で自身の小説を脚色、『アバウト・ア・ボーイ』(02年)では第75回アカデミー賞脚色賞にノミネートされた、キャリア35年を誇るベテラン脚本家のピーター・ヘッジズ。ルーカス・ヘッジズの実の父親です。

ピーター・ヘッジズ監督(左)とルーカス・ヘッジズ

ピーターは幼少期よりアルコール依存や薬物依存を抱えた家族や親戚をもった経験があり、その辛い体験から、”家族の中に一人でも苦しむ者がいれば、どれだけ家族全員に影響を及ぼすか”を掘り下げる物語を描くことを決意。24時間に起こる物語として描くことで、次々に波乱が連鎖する、手に汗握る脚本を書き上げました。

日本公開に先立ち敢行した電話インタビューで、ピーター・ヘッジズ監督が、家族というテーマに監督が惹かれる理由や、本作に反映された薬物依存の実態を語ってくれました。

本作がプレミアされた、トロント国際映画祭でのピーター・ヘッジズ監督(2018年) © Emma McIntyre/Getty Images

──あなたはアルコール依存症を抱える母親の下で幼少期に過ごし、近年でもドラッグで友人を亡くしたりしたそうですね。一方本作には息子ルーカスが出演しているなど、様々な意味でこれはあなたにとってパーソナルな映画なわけですが、最も大切にしたことは何ですか?
現代の子どもは様々な困難にさらされるリスクを抱えており、この作品は、苦境に立つ人たち自身や家族にとってリアルに感じられるものであって欲しいと願っています。それから、そうした人たちや家庭の実状を、家庭事情がそれほど複雑でなかった人にもこの映画で感じてもらい、今まさに苦難な状況に置かれている人たちに対し、共感できるようになってもらえたらと思います。

──あなたが家族ドラマを描くのは本作が初めてではありませんが、このテーマのどこに魅力を感じるのですか?
とても良い質問ですね。自分でも気になっていました。おそらく私自身の家族が、本当に素晴らしい喜びの源でもあり、深い悲しみの源でもあったこと。それから、私の父親は聖公会の司祭、母はソーシャルワーカーだったので(※アルコール依存症克服後)、他人を助け、苦境にさらされた家庭をサポートすることに、ふたりとも人生を捧げていたことが理由なのかもしれません。家族とは我々のほぼ全員が共通して持っているものです。自分が生まれた家族、そして生きていく中で新たに作る家族……。とにかく私は書くことが大好きで、あらゆる家族が、興味深いものに思えます。だからといってすべての家族の物語が映画化されればいいというワケではありませんけれど。私自身が生きていく中で知り合った人たちにとにかく興味を惹かれ、彼らの家族話を聞いたり、家族というものが我々をどのように形成していくのか、理解しようとするのが大好きです。そうして、いつも気がついたら家族の物語を書いてしまっています。

──あなた自身は父親なのに、なぜこの物語を母親の視点で書くことにしたのですか?
これも素晴らしい質問ですね。まず書きたいと思っていたのは、家族の一人が、別の一人を決して見捨てないという愛の物語でした。当初は姉弟の物語を考えていて、弟を”闇の世界”から連れ戻すために、姉が出向いていくという話でした。本作でホリーが息子に対してとるような行動を、(母親ではなく)姉が弟に対してとるのはもちろん可能性としては高いでしょうけれど、実際に脚本を書き始めると、“最大の愛”とはなにかと考えるようになりました。この世に存在する、最も深い愛とは何なのか。私が知る限り、それは自分の子どもたちに対する愛で、これこそが最も力強く、不変的で、強烈な愛でした。そして自分の妻、自分の姉妹、そして自分の母のことを考えた時、子に対する母の愛というものは、他のどんな愛にも代え難いものであると感じました。なので、脚本の主人公を姉から母へと変えることにしました。その後は、自然と執筆が進んでいきましたよ。脚本が自分で勝手に書いてくれたと言ってもいいほどで、とにかく”私”がそこに邪魔しないように心がけました。最高の女優にふさわしい最高の役を書くようにと思っていましたが、まさか私が最も好きな女優のひとり、ジュリア・ロバーツに脚本を送り、”イエス”と言ってもらえるなんて、想像していませんでしたよ。

──ルーカスから今回の出演を決めたことを、どのように聞いたのですか?ジュリア・ロバーツの影響があったそうですが。
ああ、ちょうど私が今いる(自宅の)部屋で、ルーカスの出演が良い事なのか、どんな風に一緒に仕事をするのか、相談しました。その時ルーカスが座っていた椅子に、いま私が座っていますよ(笑)。

ルーカスはもともと、私の映画には出演したくないと言っていました。彼にとって、私は”父親”でいて欲しかったのですね。脚本を書いた時も、彼が出演するとは想像していませんでした。ですがジュリアは、脚本を読んで、(ベンの役を)ルーカスが演じている姿が思い浮かんだようで、私に会った時に、ルーカスが演じるべきだと言いました。彼女が直接的にルーカスを説得したわけではありませんが、彼が演じることに対するジュリアの興奮があったので、ルーカスはこの役を真剣に捉えたのだと思います。ジュリアなしに、ルーカスがこの役を検討したり、私自身がルーカスに(この役に興味があるか)尋ねたりすることはなかったでしょう。ですので、ルーカスがこの役を演じるのにあたり、ジュリアは大きな役を担いました。でもルーカスは自分なりの基準で演じる役を判断していて、それは、彼自身が信用できるストーリーか、重要なストーリーだと思うか、役に共感できるか、その役を演じたいと思うか、その映画作りに携わっているのは誰か、といったことのようです。彼がベンの役に対して”イエス”と言ってくれたことにより、私はずいぶんと助けられましたね。他の俳優で撮影することもできたと思いますが、ジュリアがルーカスとやりたいと言った後でしたから。

──ベンが依存症になったきっかけを作ったのは、ベン本人でなかったワケですが、なぜそのような設定にしたのでしょうか?
なぜこれほど多くの人が薬物依存に苦しむのかリサーチし始めた時、ヘロイン依存に陥ってしまうほとんどの人が、はじめは処方薬で薬物に触れていたことがわかり、私は驚かされました。日本ではどうかわかりませんが、アメリカでは手術や怪我をした際、依存の可能性がある薬を、その危険性を知らされることなく与えられてしまうことが多くあります。人生を滅茶苦茶にしてしまう可能性があるのに。なので、非難されるべき人が他にいるという視点をホリーに持たせるのは、良いことだと思いました。ドラッグに限らず、危険な行動を他人から促されることは、時にはあるのです。だからといって、(促された方を)必ずしも被害者と呼べるようになるわけではありませんが、他人から影響を受けてしまったとは言えるでしょう。そして、私たちが路上で見かける大勢の薬物依存者の中には、人生の早期からこうして他人から悪いきっかけを与えられてしまい、依存者になってしまった人がいるということが、まだあまり知られていないように感じました。こうした事例は、リサーチをしていく中で次から次へと出てきて、単なる一つの可能性ではなく、十分に起こり得ることだとわかりました。

──継父や妹は、家に帰ってきたベンに対して懐疑的でしたが、家族間の「信用」とは、どのように構築されるものだと思いますか?
自分は正直で、より良い自分になるために、一生懸命努力していることを、示さねばならないと思います。誠実であり、やり直し、努力し続けることに前向きであることが不可欠です。

これもリサーチで学んだことになりますが、依存者は、さらなる薬物への強い欲求のために、自分を放棄してしまうことがよくあります。薬物が手に入れるためなら、相手に対して聞こえの良いことをなんでも言ってしまうのです。薬物やアルコール依存に苦しむ相手を信用するのが本質的に非常に難しいのは、彼らはきっと、依存度合いについてまわりに嘘をついているだけではなく、自分自身をも騙してしまっているからです。こんなに嘘だらけの状態では、信用を確立することはできません。ですので、信用を作るには、本当のことを話すのを恐れず、できる限りありのままの、正直な自分でいることだと思います。

──以下、本編ネタバレになります──

──本編後半は特にサスペンス感が増して印象的でしたが、この展開はどのようにして生まれたのでしょうか?
そう言ってもらえて、とても嬉しいです。私の過去作をご覧になればわかると思いますが、刻々と迫り来るサスペンスを描くことがあまりないので、後半はいつもとは違った、私にとって不安な部分でした。

この映画を一日の間に起きる出来事を描く物語にすると決めて、執筆し始めた時、エモーショナルなスリラーにしようと思っていたわけではありません。でも現実では、薬物依存に苦しむ子どもを持つ親は、もう十分な治療や回復を経たという確信が持てないまま子どもが家に戻ってきてしまうと、あらゆる瞬間に危機を感じ、なにか悪いことが起こりまた子どもが薬物に手を出してしまうのではという不安に、常に襲われます。こうした状況を、フィクションながらも現実的に描くことで、私が普段書く脚本にはない、緊迫感が生まれました。はじめから緊張感のあるストーリーを書こうとしたわけではなく、そうした状況に深く自分を没入させればさせるほど、物語が自然とそのようになっていったということです。

──本編終盤の納屋のシーンで、ベンはただ過剰摂取に陥っていただけなのでしょうか?
自殺しようとしていたわけではないと思いますよ。あの夜ベンは、数々の過去の過ちや恥に直面しなければなりませんでした。一生懸命に犬を救い出し、間違いのない行動をとっていき、でもディーラーのためにドラッグを運び、自分の手にドラッグが入ってしまったことで、もう抑えることができなかったのでしょう。ベンは、ドラッグに手を出した姿を母親に見せたくなかったのだと思います。

リサーチでわかったことの一つに、重度のドラッグユーザーが長い期間”クリーン”でいると、その間に身体が対応できるドラッグの摂取量は衰え、その次にドラッグを摂取したときには身体に大きな負担がかかり、過剰摂取状態になってしまうことがよくあるということです。

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『ベン・イズ・バック』(原題:Ben Is Back)

クリスマス・イヴの朝、19歳のベンは実家に突然戻り家族を驚かせる。薬物依存症の治療施設を抜け出し帰ってきたのだ。久しぶりの再会に母ホリーは喜び、温かく迎え入れた。一方、疑い深い妹アイヴィーと良識ある継父のニールは、過去の経緯から、ベンが何か問題を起こして自分たちの生活を脅かすのではと不安に駆られる。両親はベンに、24時間のホリーの監視を条件に、一日だけ家族と一緒に過ごすことを許した。その夜、一家が教会でのクリスマスの催しから戻ると、家の中が荒らされ、愛犬が消えていた。これはベンの過去の報いに違いない。誰か分からないが昔の仲間の仕業だ。凍てつくような夜、ベンは犬を取り戻しに飛び出す。それを追うホリー。ベンが過去を清算しようとする中で、息子の人生を食い荒らす恐ろしい事実を知るホリーは、ベンを救うことが出来るのは自分だけであることに気づき、全力で守ることを決意する。だがベンはホリーの前から姿を消してしまう…。

監督・製作・脚本/ピーター・ヘッジズ
キャスト/ジュリア・ロバーツ、ルーカス・ヘッジズ、キャスリン・ニュートン、コートニー・B・ヴァンス
全米公開/2018年12月7日 

日本公開/2019年5月24日(金)TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー!
提供/カルチュア・パブリッシャーズ、東宝東和、テレビ東京
配給/東和ピクチャーズ
公式サイト
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