Column

2019.04.30 14:28

【単独インタビュー】気鋭ギヨーム・セネズ監督が『パパは奮闘中!』で問いかける現代のイクメン像

  • Atsuko Tatsuta

長編第2作目の『パパは奮闘中!』(原題:Nos batailles)が2018年のカンヌ国際映画祭「批評家週間」で話題となり、セザール賞最優秀男優賞・外国映画賞にノミネートされるなど、高い評価を得たギヨーム・セネズ監督。フランスとベルギーの二重国籍を持つ、ベルギー在住の新進気鋭監督です。

デビュー作『Keeper』(15年)が世界の映画祭で評判となったこともあり、フランスのスター俳優ロマン・デュリスを主演に迎えた本作は、突如妻に去られた若い父親が、ふたりの幼い子どもを抱え、仕事と育児に悪戦苦闘しながらも、ひとりの人間として成長していく様を描いた、感動的な人間ドラマです。

日本公開を記念して、初来日を果たしたセネズ監督にその製作の裏側を伺いました。

──日本滞在を楽しんでいるようですね。ロマン・デュリスと日本で映画を撮りたいという話も出ているとか。

そうですね。初めて日本に来たのですが、とても素晴らしいところなので、映画を撮るという口実をつくって、ぜひ戻ってきたいですね(笑)。

──ところで、ご自分の体験が、『パパは奮闘中!』を撮るきっかけとなったということですが、具体的にどんな体験だったのでしょうか?

この物語は、自伝的な話ではありません。けれど、私の子育ての体験の中で、自問自答したことがこの映画をつくる引き金になりました。籍は入っていなかったのですが、子どもをもうけたパートナーと別れた時、私たちは親権をふたりで持ち、交代で子どもをみることにしました。子育てはそんなに簡単なものではありません。“今は、交代制で子どもをみているからいいけれど、もし彼女がカナダとかメキシコとかに移り住んだとしたら、どうしよう?”と不安を覚えました。そういうことが起きたら、父としての責任と、映画監督としてまさに踏み出そうとしている自分のキャリアのバランスを、どのようにとればいいのだろうか。いろいろ考えていく中で、この映画の元となる部分が生まれたのです。この映画は、フィクションなので、主人公のオリヴィエというキャラクターを作り上げていく上で、私自身からはどんどん遠ざかり、違った人間になりましたけれどね。

──男性が子育てをするというテーマの映画は、ダスティン・ホフマン主演の名作『クレイマー、クレイマー』がありますが、当時(1979年)から比べると、現在は、シングルファザーとして子どもを育てている人は増えましたね。ですが、男性より女性のほうがワンオペでも上手くこなしているように見えます。個人差はあると思いますが、男性の方がひとりで子育てすることに戸惑いが多いような印象を受けます。

男性のほうが難しい、というのはあるでしょうね。私は、すべては教育の問題だと思います。ヨーロッパでは、男女平等の意識はあり、みんなセオリー的には理解できている。だけど、実践はできていないんですね。口では男女は平等だというけれど、現実はこの映画の通り。いざ直面すると、男性は従来通りの父系制家族を作ろうとする。しかしながら、昔ながらの男性中心のやり方では、家庭も子育てももはや機能しないというのが現状です。

──面白いなと思ったのは、オリヴィエの妹は、未婚で自分の子どももいませんが、子どもたちととても良い関係を築けることです。一緒に住んでいる父親のオリヴィエよりも、ずっと子どもたちとの接し方も上手です。

この映画の中で、女性登場人物は、あえて母性的役割を与えています。オリヴィエは、妻に去られたことにより、二頭立ての馬車の一輪を失った。それを誰かによって補おうとしている。その存在が、妹であったり母だったり、同僚の女性なのです。そして、その女性たちがオリヴィエを成長させていくんですね。

──もし、男性が家庭や育児に上手くコミットできないことが教育の問題だとすれば、これから教育が変われば、男性でも、女性のように子どもを上手く扱ったり、育てたりできるようになると思いますか?

はい、そうだと思います。完全に教育の問題だと思います。

──オリヴィエの成長の物語でもありますが、子どもたちは、右往左往する父親よりも冷静に現実を受け止めているようにみえました。

そうですね。オリヴィエは本当の意味での父親になる、そして母親役もこなすというのがこの物語です。彼は、妻がいなくなって、仲のいい妹と兄妹関係の絆が描かれる。その後も、エリオットとローズという子どもたちとも絆を築く。兄のエリオットが妹のローズを、まるでお父さんのように面倒をみている。映画の最後には、ローズも母のように兄の面倒をみる。子どもたちの順応の仕方は、とても興味深い点です。

──主演のロマン・デュリスは、フランスでは大変なスターです。この作品は彼のキャリアの中でも最高だといわれていますが、彼をキャスティングした理由は?

彼は最も敬愛している俳優のひとりです。パトリス・シェロー、ジャック・オディアール、クリストフ・オノレ、フランソワ・オゾンといったフランスの名だたる監督たちと仕事をしてきた人ですからね。湧き立つようなクリエイティビティを持った俳優だと思います。

けれど、最近は、映画界の方が、彼に十分な力を発揮する自由を与えていないように思いました。もっと彼は違うことをやりたいんじゃないか、もっと新しいことをやりたいんじゃないかと思わせるものだった。今回は、新しい自由なメソッドに関心をもってくれました。また、彼にふたりの子どもがいることも知っていたので、父親としての面も、この映画になにかをもたらしてくれると思って、オファーしました。彼は若者の役を演じることが多かったので、父親役は珍しく、父性的な役もなかった。なので、実際やってもらったら、素晴らしい演技を見せてくれましたね。

──セリフを脚本に書かないで演出を行うという手法が話題ですが。

正確にいうと、脚本にはセリフは書かれています。けれど、それを俳優に渡すことはしないんです。俳優から自発的に、そういった内容のセリフが出てくるように、現場で導いていくのが、その演出メソッドの目的です。映画に信憑性をもたせるためにね。この映画は、自然主義の映画なので、観客がスクリーンで観ているものを信じられるようにしたい。人間は日常生活で会話しているときは、言葉に詰まったり、言葉が重なったりしますね。普通の映画ではそういうものを消してしまうのですが、私はそういうものも、残したほうが、観客が登場人物に感情移入できるのではないかと思います。感動は、感情移入するところから生まれるのですから。

──その演出メソッドはどのように発見したのですか?

“勘”のようなものですね。

──子どもが重要な役割を果たす映画は左近特に多く作られていると思います。去年、フランス映画でも『アマンダと僕』(日本では6月22日公開)などもありました。ショーン・ベイカーの『フロリダ・プロジェクト』も子ども目線で撮られた作品ですし、昨年のカンヌでパルムドールを受賞した是枝裕和監督も、『万引き家族』をはじめ、子どもをずっと描いてきています。子どもを描くこと、あるいは子どもの視点を入れることは、映画監督にとってどのような意味があると思いますか。

子どもや子どもの視点を取り入れた作品が多いのが偶然かどうか、私にはわかりません。ただ私の作品を含め、これらの作品は今日の社会を描いている映画なのだと思います。

アマンダであれ、是枝さんの映画であれ、現実の世界や社会に焦点を当てているという点では共通しています。悲観的な視点だったりもするのですが、現代を見つめていると同時に、未来を描いているのです。未来を描くことは、つまり、どういった世界を子どもたちに残すかということだからです。昨今の映画が、子どもを扱った映画が多いというのであれば、未来を描くという意味では納得がいきますね。映画作家たちが、同じようなテーマに目を向けているというのは、私にとってほっとすることです。多くの人が未来に目を向け、考えているという証ですから。

──ところで、どこで撮影されたのですか?

リヨンの郊外のイゼールという場所で撮りました。実は、特定の街や場所を見せない主義なんです。パリでエッフェル塔を映すような、決めショットは撮りたくなく。けれど、妻を探しに行くのが北の方の町であり、最後にはトゥールーズという南の町に引っ越すので、だいたいフランス中部かなとは想像ができるようにはなっています。どこかに限定できないような町の設定にあえてしたのは、この物語は、パリでもメキシコでもモントリオールでも起こり得る話だからです。

──ベルギーにお住まいなのに、なぜフランスで撮ったのですか?

私は、フランスとベルギーとの二重国籍を持っています。地方の助成金も得ることができたので、あの場所を選びました。助成金を出してくれれば、マイアミになったかもしれません。東京だってありえましたよ!

──この作品はカンヌ国際映画祭で評判になりましたが、観客からはどのような反応がありましたか?

いろいろ興味深い反応がありましたよ。シングルファザーに限らず、とくに子どもをもつ男性から興味深い反応がありました。感動して、自分の家族のことや子どものとの関係や夫婦関係について語ってくれる人もいました。父親という役割を担っている人の心に響いたようですね。これは嬉しい反応でした。

──この作品の成功によって、映画作家として活動していく基盤ができたと思いますが、次のステップは?

この映画が成功してよかったのは、まず、日本に来ることができたことですね!この映画がカンヌに出られたことはとても幸運でした。カンヌのショーケースとしての役割には素晴らしいものがあります。映画界の人々の注目を集められますし、次のプロジェクトの資金集めにも、良い影響を与えてくれます。3本目の長編を撮るためにも、とても役に立ったと思います。けれど、私が作っているのは作家主義の映画なので、1本1本を製作にこぎつけ、完成させるのは簡単なことではないことも確かです。

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『パパは奮闘中!』(英題:Our Struggles)

監督・脚本/ギヨーム・セネズ
共同脚本/ラファエル・デプレシャン
出演/ロマン・デュリス、レティシア・ドッシュ、ロール・カラミー、バジル・グランバーガー、レナ・ジェラルド・ボス、ルーシー・ドゥベイ
ベルギー・フランス/2018年/99分/フランス語/字幕:丸山垂穂/原題:Nos batailles

日本公開/2019年4月27日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給/セテラ・インターナショナル
協賛/ベルギー王国フランス語共同体政府国際交流振興庁(WBI)
公式サイト
@2018 Iota Production / LFP – Les Films Pelléas / RTBF / Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma