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2019.03.10 21:00

【単独インタビュー】祝アカデミー賞受賞『グリーンブック』ピーター・ファレリー監督が製作秘話を語る

  • Fan's Voice Staff

本年度アカデミー賞作品賞など3部門で受賞を果たした『グリーンブック』のピーター・ファレリー監督が初来日!Fan’s Voiceの単独インタビューに応じました。

 

 

『グリーンブック』は、1962年に、人種差別の激しいアメリカ南部へ演奏ツアーにでかけた黒人天才ピアニストのドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)とイタリア系用心棒のトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)との友情を描いたロード・ムービー。プロデューサーに名を連ねるニック・バレロンガは、トニー・リップの実息子。父から聞いたドクター・シャーリーとの旅の話を、『メリーに首たけ』(98年)などで知られるコメディの名手ファレリー兄弟の兄ピーター・ファレリーとともに映画化した感動の実話です。

 

3月1日(金)に日本公開で封切られ、4日間で28万人を動員、最終興収20億円を見込める大ヒット街道を爆進中の本作。偶然聞いたこの話に感動し、脚本・監督・製作の3役をこなしたピーター・ファレリーが、初の人間ドラマで快挙を成し遂げたバックストーリーや想いを語ってくれました。

 

© Yoshiko Yoda

 

──このストーリーを初めて知ったとき、どのような感想を持ちましたか?

「その時のことは、はっきりと覚えています。私の過去作でも小さな役で出演してくれた俳優で、本作では共同脚本家としてクレジットされているブライアン・カリーにばったり会ったとき、“最近どうしているの?”と聞くと、彼は“脚本を書いている”と答えましです。内容を尋ねると、黒人のピアニストがイタリア系アメリカ人の用心棒とロードトリップする1962年の物語、とあらすじを話してくれました。その用心棒は人種差別的で、ピアニストはゲイで、でも二人はどういうわけか仲良くなると言うのです。それを聞いた私は“冗談だろ、素晴らしいストーリーだね。ホームランになるよ!”と返したのですが、その時のやりとりはこれだけでした。それからというもの、この物語は私の頭から離れず、”ワオ、本当に素晴らしいストーリーだった”と思っていたのですが、特にブライアンからなにか頼まれていたわけではありません。彼は自分自身で、あるいはニック(・ヴァレロンガ)と一緒に進めるつもりででしたからね。1ヶ月か6週間くらいか後、私はついにブライアンに電話をし、“脚本は進んでいるかい?”と尋ねました。彼は“どの作品?” が言うので、“前に話してくれたやつだよ”と返すと、今度は彼は“どれを話したのだっけ?”と言うのです。私が“ピアニストと用心棒の話だよ”と説明すると、“まだ取り掛かっていない”と言うので、私は、“一緒に書いてもいいかい?その物語が本当に気に入った”と伝えました。そして翌月曜から、私たちは脚本に取り掛かりました。とにかく、このストーリーを最初に耳にした時、”ここ数年に聞いた中で最高の物語だ”と思ったのを覚えています。ですがそれは、私ではなくブライアンのネタだったのです」

 

 

──このストーリーはあなたが子供の頃に起こった事ですね。リアルタイムで覚えている時代ではないと思います。あなたにとって、彼らの南部での体験はどのように感じたのでしょうか。

「その通りです。私が育ったアメリカ北部では、黒人差別というのは、南部と比べて顕著でありませんでした。もちろん、全く差別が無かったというわけではありませんが、南部のように法律による差別があったわけでもありません。南部でそのような黒人差別が行われていたことは、育つ中で聞かされていたので知っていました。キング牧師とロバート・ケネディが暗殺された時、私は12歳でしたが、それが何を意味していたのかは、当時から理解していましたし、今でもよく覚えています。つまり、この映画で描かれる時代を知ってはいましたが、詳しい実態については十分に知らず、もっと調べる必要がありました。日没後は黒人の立ち入りが禁止される”サンダウン・タウン”や、黒人専用の旅行ガイド”グリーンブック”について、それまで耳にしたことがなく、リサーチをする中で初めて知りました。日常生活のいろいろな面で、小さなこと……これも私が知らなかったことですが、例えば南部の”AA”(アルコール依存者の自助グループ)ミーティングでは、黒人の参加は許可されていましたが、着席は認められず、部屋の後ろで立っていなければなりませんでした。それに黒人は、ミーティング後すぐに退出しなければなりませんでした。AAは同じ問題を抱えた人同士のコミュニティであることが基本なのに、黒人が白人と話すことが認められていなかったのです。(映画の)ストーリーの背景をリサーチしていく中で、このように非常に腹立たしい話が、どんどん出てきました」

 

──ハリウッドではここ数年ダイバーシティが大きなテーマとなっています。今年の賞レースでは『グリーンブック』の他にも人種差別を背景としたストーリーが多く登場し、評価されています。今回の賞レースでそうした他の監督と話したりする機会もあったのでしょうか?また、いまこうした作品がフィーチャーされていることについてどう思いますか。

「今年(の賞レース)は非常に多様性に富んでいました。『ブラックパンサー』、『ブラック・クランズマン』、『ビール・ストリートの恋人たち』、『ヘイト・ユー・ギブ』に並んで『グリーンブック』がありました。それから、『ROMA/ローマ』はメキシコ人監督によるものですし、今年の最高傑作と呼べる映画の中には、『カペナウム(原題)』(※レバノン映画)といった外国映画もいくつもありました。『クレイジー・リッチ!』も忘れられませんね。そのような数々の作品と肩を並べることができたのは、非常に嬉しかったです。それから、よりよい方向に、速いスピードで変化が起きている感じがしました。

 

アカデミー賞授賞式でのピーター・ファレリー監督 ©A.M.P.A.S.

 

オスカーに限らず、賞というものにノミネートされることをまったく想像していませんでした。これまで私が作ってきた作品は、賞とは縁のないブロード・コメディ映画ばかりでしたからね。これまでは、アジア人や黒人も賞に絡むことはなかったわけですが、私たちは似たような境遇に立っていたわけです。今年の賞レースで私が最も仲良くしていたのは『クレイジー・リッチ!』のグループで、いつも一緒にいました。彼らは賞レースに参加できたこと喜んでいましたが、私も同感でした。ですがその思いはみんなに共通していて、誰が賞を受賞するかはどうでもよかったのです。仮に『ROMA/ローマ』が受賞しても、他の作品が受賞しても、私は喜んだことでしょう。こうした賞レースは楽しいものではありますが、それが映画作りの醍醐味というわけではありません。映画作りの魅力とは、やはり映画を作ることそのものにあります。あと、『Eighth Grade(原題)』のボー・バーナム監督とも仲良くなりました。とても楽しい人で、素敵な時間を過ごしました」

 

──これまで弟のボビーと共に兄弟で監督をしてきたわけですが、今回、ひとりで監督したことで、新たな発見はありましたか。

「正直なところ、弟が今作に関わらなかったのは、家族に不幸があり時間が必要だったからです。もし一緒にやれていたら、いつものように彼なりの視点が加わり、さらに良いものに仕上がっていたと思います。コラボレーションで作品に取り組むのが私のスタイルなんです。普段は弟がその相手なわけですが、今作ではこの二人(ポスターのヴィゴとマハーシャラを指差す)が相手になりました。この二人からの意見は必要不可欠でしたし、本作では黒人視点を欠かすことができないことから、特にマハーシャラの意見は大事でした。間違った描かれ方がないように、撮影開始前には脚本をページごとに一緒に追って読みました。彼は”これは違う、これはOK”といった具合に細かく指摘してくれました。ヴィゴとも同じことを行いましたが、彼は特にディテールにこだわる人で、例えば彼は翡翠(※印象的なシーンで登場する)を12個ほど手に持って現れ、“どれがいい?”と聞いてくるのです。私は“君はどれが好きなのかい”と聞き返すと、彼は一つを手にとって“これが好き”と言うので、私は“じゃあそれで行こう”といった具合です。ふたりとも、本当に細かいことまで考えていて、私の弟もそういう人物なので、今回(弟がいないことから)違った感じがしたというよりは、いつもとは違う弟が二人いたという感じでした」

 

『グリーンブック』撮影風景

 

──トニーとドンの旅は、本当は1年間の物語だったものを映画では2ヶ月にまとめたということですね。映画では描かれていませんが、旅の後半ではケネディ暗殺事件も起こり、ふたりとも葬儀にも出席したそうですね。映画には、警察に捕まってしまったドンが弁護士を通じてロバート・ケネディに連絡をとって解放されるシーンもあります。ドン・シャーリーはケネディ兄弟と非常に仲が良かったのでしょうか。

「はい。ドクター・シャーリーは、ホワイトハウスの依頼でロックンロールをはじめとした音楽様式の研究を行っていました。ホワイトハウスでも2回演奏していますが、ケネディ兄弟と知り合い、非常に仲良くなりました。昨日の舞台挨拶でも話しましたが、実際にあった(トニーとドンの)エピソードは、映画の物語を優先させるため、バラバラの順番で登場させています。ロバート・ケネディのシーンは、実際にはJFKが暗殺される2日前に起こったことで、ロバート・ケネディが二人を解放したその直後にJFKが暗殺されていたのです。JFKの暗殺当日、ドクター・シャーリーはロバート・ケネディに電話をかけ、直接会話しています。兄(JFK)が暗殺された当日に電話で話すほど、ドンは、ロバート・ケネディと仲が良かったのです。

 

 

ドクター・シャーリーは、50年代後半から60年代前半に、”ウォーター・ボーイ”などのマイナーヒット作がいくつかあり、当時は、非常に高く評価されていました。私自身は彼のことを知りませんでしたが、私より年上の、”クールな”人たちは皆、彼のことを知っていたようです。クインシー・ジョーンズはドン・シャーリーを敬愛し、ハリー・ベラフォンテもシャーリーのことをよく知っていました。内々ではシャーリーの名は通っていたということです。それなりの大きさのファン層もいましたが、もちろん、エルヴィス・プレスリーほどではありません」

 

──ニックが父のトニーの生前撮っておいたビデオやインタビュー素材を研究したとのことですが、その中で一番感動した点は?

「トニー・リップがドン・シャーリーを敬愛していたことに、最も感動しました。トニーはシャーリーのことが大好きだったのです。特にトニーの話し方が面白く、(トニーのアクセントを真似しながら)“ドクター・シャーリーは、“彼はいつも私をお利口さんにしようとするんだ”と言っていました。トニーはチンピラのような話し方なのに、ドクター・シャーリーに強い好意を持っていて、その理由を“あの男は私にいろいろな事を教えて、賢くなるように努力してくれたからだ、と言うんです。彼が挙げていた例に、路上で道を尋ねる時、トニーは相手に“ピッツバーグ!”と言い、相手も“3つ先の出口”と答えるわけですが、ドクター・シャーリーは、”ただ『ピッツバーグ』と言わずに、『すみません、ピッツバーグにはどのようにして行けばいいか教えてくださいませんか?』と言いなさい”とトニーを諭すのです。それについてトニーは、“どうでもいいことだろう。質問の意図は伝わったのだから、なにが問題なんだ”と言いながらも、“ドクター・シャーリーは本当に私をより良い人物にしようとしてくれていたのを、わかっていた”と、懐かしがっていました。一方で、ドクター・シャーリーを記録したテープは、トニーと違いほんの数本しかなかったのですが、ドクター・シャーリーもトニーを敬愛していたのがよくわかりましたよ。テープの中でドクター・シャーリーは、“トニー・リップは私にとって、雇い人ではありませんでした。私の命は彼の手中にあったのです。私は彼を頼りにし、それにより私たちの関係は非常に深くなりました”と語っていました。二人はお互いのことが本当に好きだったのです」

 

 

──あなたはコメディ畑をずっと歩いてきて、このヒューマン・ドラマで初めてオスカーを手にしました。この作品を撮ったことを、キャリアの中でどのように位置づけていますか?

「そうですね、最高地点と言わざるを得ませんね(笑)。ここからは真っ直ぐ下り坂(笑)。冗談はともかく、私は映画作りが大好きで、これからもずっと、多くの作品を作っていきたいと思っています。今作は賞を目指して撮ったわけでもなく、賞をとることすら考えていなかったので、まったく想定外の展開でしたが、私にとっては最高の”ボーナス”となりました。ですが、この業界は厳しくて、失敗すると振り出しに戻ってしまいます。どんな映画も作るのは簡単ではありません。今回の賞のおかげで、次回作を製作するのはちょっと楽になることでしょうね。それでも、失敗作を作ってしまうと、一気に冷められてしまうものなのですよ」

 

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『グリーンブック』(原題:Green Book)

1962年、差別が残る南部でコンサートツアーを計画する黒人ジャズピアニスト、ドン・シャーリーは、粗野で無教養のイタリア系、トニー・リップを用心棒兼運転手として雇うことに。黒人用旅行ガイド〈グリーンブック〉を頼りに正反対のふたりは旅を始めるのだが…。

 

監督/ピーター・ファレリー
出演/ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ
2018年/アメリカ/130分/字幕翻訳:戸田奈津子

 

日本公開/2019年3月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
提供:ギャガ、カルチャア・パブリッシャーズ
配給:GAGA
公式サイト
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