Column

2019.02.26 19:00

【単独インタビュー】バリー・ジェンキンスが最新作『ビール・ストリートの恋人たち』を語る

  • Atsuko Tatsuta

長編第2作目の『ムーンライト』(16年)で『ラ・ラ・ランド』を抑えて、第89回アカデミー賞作品賞を受賞したバリー・ジェンキンス。受賞後初めての作品となる『ビール・ストリートの恋人』の日本公開に際して、初来日を果たした気鋭監督に単独インタビューを敢行しました。

キキ・レイン(左)とステファン・ジェームス

『ビール・ストリートの恋人たち』は、2018年にドキュメンタリー『私はあなたのニグロではない』が公開され、日本でも再び注目された作家で公民権運動の旗手でもあったジェームズ・ボールドウィンの小説の映画化だ。

1970年代ニューヨーク・ハーレムを舞台に、人種差別の荒波に揉まれながらも、必死に生きる19歳のティッシュ(オーディションで抜てきされた新人キキ・レインが演じる)と22歳のファニー(『栄光のランナー/1936ベルリン』でジェシー・オーエンス役を演じたステファン・ジェームス)という若きカップルの姿を、圧倒的な映像美と叙情的な音楽で描いたラブ・ストーリーだ。

去る2月25日に授賞式が開催された第91回アカデミー賞では、脚本賞・助演女優賞・作曲賞の3部門にノミネートされ、ティッシュの母親を演じたレジーナ・キングが助演女優賞を、見事獲得している。

──『ムーンライト』で若くしてアカデミー賞を受賞した影響を、どのようにとらえていますか?

「非常に不思議な感覚です。オスカーを受賞するどころか、会場に呼ばれることすら想像していませんでしたから。『ビール・ストーリートの恋人たち』で再びこの道を通ることにより、いかにオスカーで賞を獲得することが難しいことなのか、ましてや作品賞を獲ることの困難さを実感しました。不思議な感じはまだあり、オスカーを獲得することがどういうことなのか、いまだに理解しようとしています。しかしながら、私はオスカーが欲しかったわけではありません。つまり、目標ではなかったのです。そういった意味で達成感を感じていませんし、受賞したことの意味を自分の中で理解しようとしているのです。もう二度とオスカーを獲ることはないかもしれませんが、それは全く問題のないことです。私の好きな映画監督は誰もオスカーを欲しがらない人物でしたしね」

バリー・ジェンキンス監督

──『ビール・ストリートの恋人たち』は、アメリカに住む黒人のアイデンティティを模索する作家ジェームズ・ボールドウィンの小説が原作です。以前から、もちろん、彼を知っていたとのことですが、『ムーンライト』からこの作品への流れというのはあなたにとってどのようなものだったのでしょうか?

「私の最初の映画は、ほとんど予算がないと言っても良いほどの低予算で作った『Medicine for Melancholy』(08年、日本未公開)という作品です。その後5年ほど、ハリウッドで成功しようといろいろやりましたがまったくうまくいかず、2013年夏、執筆旅行に出ました。2つの映画を書こうと思い、一つは自分の出身について──それが『ムーンライト』となりました。もう一つは、自分が好きな作家(の小説)を原作にしようと思い、それが『ビール・ストリートの恋人たち』となりました。私にとっては、それぞれの映画で“母親”を描いたともいえます。『ムーンライト』に登場する家庭は、私が実生活で経験した家族です。『ビール・ストリートの恋人たち』は、非常にしっかりとした家で暮らす、父母のいる愛に溢れる黒人家庭で、”私もそういう家庭の一員になれたかもしれない”という家庭です。そのため両作は、私たちの人生の進み方に家庭や親がどのような影響を及ぼすかを描いたともいえます。両作では、非常に異なった状況下ではありますが、家族が子どもたちを守ろうとするのです」

──ジェームズ・ボールドウィンはあなたの世代の作家ではありませんが、どのように影響を受けたのでしょうか?

「ジェームズ・ボールドウィンの本は当時の彼女からもらいました。私より少し年上の女性で、私と比べずっとルックスも良く、賢く、いろいろなところに旅をしていました。私には不釣り合いのよく出来た人だったので、結局フラレてしまいました。でもその時、彼女は私に2冊のジェームズ・ボールドウィンの本、「ジョヴァンニの部屋」と「次は火だ」をプレゼントしてくれました。これが私にとって最初のジェームズ・ボールドウィンとの出会いです。2000年頃のことでしたが、当時ボールドウィンは現在ほど有名ではなく、私もこの時初めてボールドウィンを知りました。ボールドウィンは私より上の世代の作家ではありますが、彼の言っていること──アメリカという国に黒人でいること、ゲイという存在でこの世にいること──は非常に明確で意味深いことで、心を動かされました。今から1000年後の人が読んでも、「ジョヴァンニの部屋」は今日と変わらない力強さを持っていると思います」

──『私はあなたのニグロではない』は日本では最近公開されたばかりなんです。この映画のおかげで、ジェームズ・ボールドウィンという名前が再度注目されました。このドキュメンタリーはもちろんご覧になっていますよね?

「『私はあなたのニグロではない』の監督ラウル・ペックは私の友人なんですよ。もちろん観ましたし、大好きな作品です。『ムーンライト』と同じ頃に公開されたので、『ビール・ストリートの恋人たち』を作る前に観たことになります。素晴らしいと思った理由が2つあって、1つ目は、ジェームズ・ボールドウィンの原作が持つ力強さを非常に上手く表現していたところ。今は、人々は文字よりも画面から多くの情報を得る時代です。新たなオーディエンスにジェームズ・ボールドウィンを紹介するにはピッタリの方法だと思いました。それからふたつ目に、私の作品(『ビール・ストリートの恋人たち』)ではナレーションを入れようと思っていたのですが、ラウルの映画を観て、映画的技法として(ナレーションでの)ジェームズ・ボールドウィンの言葉は、非常に強い効果があることが理解でき、『ビール・ストリートの恋人たち』でも上手くいくだろうと思えました」

──『ビール・ストリートの恋人たち』の舞台は、1970年代です。そんなに昔ではないのに、こんなに差別があったのだと、その事実に改めて驚きました。実際にあなたの世代では、育ってきた中でどのような人種的問題や差別を抱えていたのでしょうか。

「多少の変化はありましたが、完全に解決されたとは言えないでしょう。1940年代〜60年代では、差別が公然と行われていました。黒人はここには行けるけどここには行けない。バスでは座ってもいいけど、後部座席だけ。学校には行っていいけど、この学校にだけ。このような感じです。公民権運動が終わることにより、こうした問題は解決されるだろうと思われていました。実際は、黒人の公民権を剥奪し差別する新しい方法が登場しただけでした。公然としたやり方から、非常な巧妙な手段へと変わったと言いますか。表面上は全て円満で問題がないように見えるようになったため、いろいろな意味で、差別を……”悪化させた”は正しい言葉ではありませんが、理論上では、公民権運動後は、私はどこでも家を購入することができるはずで、特定の地区で家を買わないのであれば、それは社会的に起因することではなく私が決めたこと、となるわけです。ですが実際には、差別目的で、特定の地区で特定のローンを組めなくするような法律などがあったのです。表面上では、”差別はもはや黒人たちが作り出している黒人たちの問題”とされていても、社会構造を深掘りしてみると、”いや、あなた方は私たち(黒人)に対して差別している”と言える点が明確に見えてきます。なので、多くの変化はありましたが、残念ながら、変わらず同じところもまだまだあります」

──アカデミー賞もここ2、3年で大きく変わり、黒人が作った作品、黒人についての作品も多くなりました。今年は、その中に『ブラック・クランズマン』がありますが、スパイク・リーはあなたより2つくらい世代が上で、やはりアメリカに住む黒人のアイデンティティをテーマにずっと映画を撮ってきました。彼からの影響はなにかあるのでしょうか。

「もちろんです!スパイク・リーなくして、バリー・ジェンキンスは存在しません。それほど明確です。本当に長い間、約20年ほどに渡り、スパイク・リーは黒人の体験を映画を通じて伝えるという責任をほぼ一人で背負ってきたのです。私の世代の黒人映画監督は、スパイク・リーへ尊敬の念を抱かなかったり、彼からの影響を公に認めないなんてことはできませんよ。今年の映画賞シーズンで最高なことの一つに、スパイク・リーと会って話す機会があることです。私は彼の……同輩ではありませんね。一生そう呼ぶことはできないと思います。ですが、彼の作品と私の作品が同じ話題に登場するのは、非常に嬉しいことです。スパイクはすべてです」

──それと、キキ・レインには本当に驚かされました。“戦う女”に、あんなに可憐でかわいらしい人をキャスティングするなんて。そのあなたのセンスは素晴らしいですね!

「(嬉しそうに)そうですね、キキを簡潔にまとめるとその通りです。彼女は非常に豊かで開放的な表情をしています。この映画では、夢、思い出、そして悪夢を、照明も色も彼女の記憶の通りに映し出します。そこに彼女のボイスオーバーがのせられるわけです。彼女は演技経験がなく本作が初めての映画で、この役のキャスティング時、力強さと脆さを同時に兼ね備えた人物であることは非常に重要でした。それからこの映画にはポートレートのような描写が多く登場するので、彼女の表情自体も大事でした。小津監督の『東京物語』をよく引き合いに出すのですが、ポートレートのようなシーンはこの映画の基礎になるとわかっていましたから」

──前作もですが、あなたの作品は社会問題や厳しいテーマを含んでいながらも、本当にスウィートな感じがします。そういった資質はどこからくるのでしょうか。

「(とても照れた様子で)さあ、どうでしょうね。そうしようとしているわけではないのですが。この映画では、非常に苦く辛い描写もあります。ですが、私が考えていることと言えば……なぜ我々がここにいるのか、私にはわかりません。私は信仰深い人間ではなく、ここに存在している理由を私は知りません。でも、私たちは皆、なんとなく繋がっていると思います。自分以外の人間になったことはないし、誰も体験できることではありませんけど。私にとって、人生において最も響きを感じる瞬間というのは、こうした非常にピュアな瞬間です。我々の意識、我々の心というのは本当にありがたい物ですが、最高に純粋な瞬間を邪魔する時があります。それは、”私は愛したい”、”健康でありたい”、”家族が欲しい”と思う瞬間。ですので私は、映画の中で登場人物がこうした思いを抱く瞬間を、敬意を持って大事に扱いたいのです。残念ながら、キャラクターたちは痛みや苦しみも同様に経験しなければなりませんがね……。

アカデミー賞助演女優賞を受賞したレジーナ・キング

もうよくわかりません(笑)。私は暗く悲観的な人間になることもあります。私は飛行機で飛ぶのが怖くて大嫌いで、昨日のロンドンから東京のフライトも、長くて散々でした。揺れたし、座席が主翼の横あたりで非常に寒くてうるさくて。でも東京に着陸する直前、曇り空で揺れはさらにひどくなっていたのですが、雲の下に抜け……今回本当に来て良かったと思える瞬間に出会いました。いまこの会話で何が起きようと、この映画の興行がどうなろうとね──配給会社のために成功を祈っていますが(笑)。

かなりの曇り空だったのですが、降下を続け雲下に出ると、雲の切れ目から数々の光の筋が差し込み、それが当たった海面は光り輝いていました。これまでの人生で最も美しいものを見たようでした。雲の隙間を抜ける光という、非常にピュアで単純なものですが、これだけで”今回来た価値があった”と思えました。このような”感じ”を、私は映画に込めようとしています。二人(ティッシュとファニー;下動画参照)は、宙に浮くような気分で道を歩くだけですが、この映画では最も甘い瞬間です。この後は大声を出し始めたりすることになりますがね。もし私が映画人生の中で1シーンしか撮ってはいけないと言われても、このシーンが撮れれば満足です。アメリカでは”black joy”(=黒人の歓び)と呼んでいますが、映画やテレビでこの描写を観るのは本当に稀なのです。でも私は、生涯でそれを描くことができたのですから──」。

インタビュー終了後、「雲や光の話ばかりしてるけど、見たいですよね?おそらく明日投稿すると思いますが……」と声をかけ、自身のiPhoneを取り出す監督。機内から撮影した動画を興奮気味に見せてくれました。

動画を見せながら、にこやかに話す監督。「私のiPhoneではこれが限界だけど、実際の目ではもっともっと美しい。ちょっと早送りして……本当に信じられない光景です。この瞬間、この旅に来てよかったと心から感じました。本当に美しい」。

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『ビール・ストリートの恋人たち』(原題:If Beale Street Could Talk)

1970年代、ニューヨーク。幼い頃から共に育ち、強い絆で結ばれた19歳のティッシュと22歳の恋人ファニー。互いに運命の相手を見出し幸せな日々を送っていたある日、ファニーが無実の罪で逮捕されてしまう。二人の愛を守るため、彼女とその家族はファニーを助け出そうと奔走するが、様々な困難が待ち受けていた…。

監督・脚本/バリー・ジェンキンス
原作/「ビール・ストリートに口あらば」ジェームズ・ボールドウィン著
出演/キキ・レイン、ステファン・ジェームス、レジ―ナ・キング、コールマン・ドミンゴ、マイケル・ビーチ、ディエゴ・ルナ、エド・スクライン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、デイヴ・フランコ、ペドロ・パスカル 他
2018年/アメリカ/英語/119分/アメリカンビスタ/カラー/日本語字幕:古田由紀子

日本公開/2019年2月22日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
提供/バップ、ロングライド
配給/ロングライド
公式サイト
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