【単独インタビュー】オタクがスター・トレックにハマるのは必然!『500ページの夢の束』の監督が語る。
- Hikaru Tadano
カリフォルニアのベイ・エリア、自閉症を抱えながら、自立支援ホームで暮らしているウェンディは、『スター・トレック』オタク。シリーズ誕生50周年を記念して開催される脚本コンテストに応募する脚本を自ら届けるために、ロサンゼルスのスタジオへ向かう……。
見ているうちにウエンディの冒険を応援したくなる、心がほっとあったかくなる『500ページの夢の束』。『JUNO/ジュノ』(07年)や『マイレージ、マイライフ』(09年)のプロデューサーがメガホンを託した、ベン・リューイン監督に単独インタビューを敢行しました!
──この映画は脚本家のマイケル・ゴラムコが、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された自閉症の少女の記事にインスパイアされたことから始まったそうですね。自閉症の方が、このようにこだわりをもつオタク的な面がある人が多いというのはなんとなく経験的にはわかるのですが、これはかなりリアルなものなのでしょうか。
「このプロジェクトの話が来て脚本を読んだとき、物語を創造する人の話であることがまず気に入りました。書くということはある種の人格障害。物語を書く人は、往々にして自らのアイデンテティの問題を抱えていて、それと格闘している人たちが多い。とても共感しました。『スター・トレック』へのこだわりについては、実は、私自身もよくわからない部分だったのです。それで、子供の頃からの知り合いにウェンディっぽい自閉症の女性がいたので、彼女の母親に聞いてみたのです。“自閉症スペクトラムの人は、『スター・トレック』の夢中になるものだろうか?”ってね。そうしたら、”それは当然よ。『スター・トレック』シリーズで語っているモラルや、みんながエイリアン、つまりよそ者であるという感覚、誰からも理解されないという感覚などは、自閉症を煩っている人にとってとても馴染みのある感覚で、とても共感できるんですよ”と言われました。とくにスポック博士は、TVで描かれた始めての自閉症スペクトラム障害的なヒーローといっていいですね。彼は、バルカン人の父と地球人の母の間に生まれたという設定なのですが、自分の感情をどう処理したらいいかわからない、というキャラクターですからね。そういう意味でも、自閉症の人たちにとって、『スター・トレック』はとても大事なシリーズなのですよ」
──ウェンディが好きなタイトルは、なんでもいいワケじゃなく『スター・トレック』であるべき理由があったわけですね?
「私は、それまで『スター・トレック』に特別詳しいわけではありませんでしたが、このプロジェクトに関わったとき、一番面白いと思ったのは、ウェンディが『スター・トレック』の海の中を泳いでいくという感覚だったのです。アメリカで公開されたときも、そういう声が本当に多くありました。いわゆるオタク系の観客は、『スター・トレック』というモチーフに親近感をもち、容易に理解できるようですね」
──原題の「Please Stand By」は、『スター・トレック』に頻繁に登場するセリフです。ウェンディも“そのまま待機”を呪文のように使いますが、彼女にとってどのような意味があるのでしょうか。
「脚本を渡されたときにあったタイトルでしたが、気に入りました。『スター・トレック』のセリフであるこのタイトルの意味とすれば、TVの初期を彷彿とさせてくれるフレーズなんですね。昔は、ひっきりなしに番組をやっていたわけじゃなくて、休憩が入ったりしました。カラーバーが入って、“プリーズ、スタンド・バイ”となるわけです。そのころのTV放送を思い出させてくれる言葉でもあります。ウェンディにとってはマントラのようなもので、おそらくはソーシャル・ワーカーのスコッティが与えてくれた、恐怖心を克服し、心を落ち着けるために使っていた言葉だと思います。あえて、映画のタイトルとしてそのまま採用した理由は、音感としてしっくりくるタイトルだったからですね。タイトルを口にしながら、映画は語りつがれていきますからね。その意味では、いいタイトルだと思いますよ」
──前作『セッションズ』(12年)では、障害者の性を語るというテーマを扱い、サンダンス映画祭で脚本賞と審査員特別賞をW受賞しましたね。あなた自身、ポリオを患い障害者として生きていた体験があるわけですが、前作やこの映画をつくるにあたり、障害者として生きることへのご自身の理解がどのように反映されたと思いますか?
「障害を持っている人に共通している点は、なにかが起こったときに、物事の面白い面を見ようとするところだと思います。病気を煩っていると、ユーモアをもってなにごとにも接しようとするようになりますからね。そしてそれを受け入れる。ユーモアをもって理解しようとすると、より深く観られたり、新しい味方ができるようになるという利点があるのですよ。そういう面で、私もこの物語にとても共感できたし、そういったユーモア感覚を反映させようと思いましたね」
──ウエンディの姉を演じたアリス・イヴをキャスティングしたのは、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(13年)に出演していたからですか?
「ハハハ、偶然の産物ですね。おまけみたいなもの。意図的にキャスティングしたわけではありません。でも、アリスはこの脚本をとても気に入って嬉々として取り組んでくれました。私自身、障害を負っていたのでよくわかるのですが……。私には兄がいるのですが、障害を負っているということで、家族は私にかかりきりになる。なので兄は、自分は両親にとって二の次なんだという苦悩があったんじゃないかなと思うのです。これについては、実は、『The Black Balloon (ザ・ブラック・バルーン)』(08年、エリッサ・ダウン監督、リース・ウェイクフィールド主演、日本未公開)というオーストラリア映画があるのですが、これも自閉症の兄とその弟の話でおすすめの映画なので、ぜひご覧いただきたいですね。いずれにしても、アリスは、姉としての境遇をとても理解していたことがキャスティングの一番の理由です。『スター・トレック イントゥ・ダークネス』に出演していたというのは偶然ですね。でも、『スター・トレック』ファンにとっては、いい贈り物になったようで、みんなそのことを話題にしてますよ。日本でも『スター・トレック』ファンはたくさんいるの?」
──もちろん、いますよ!
「この映画では、他にもスター・トレック・ファンのための小ネタを散りばめていますよ。例えば、宇宙服を着たシーンは、バスケス・ロックスで撮影したのですが、そこはカーク船長と怪獣ゴーンが闘ったシーン(シーズン1、エピソード18「怪獣ゴーンとの対決(Arena)」)のロケ地として知られています。クリンゴン語でしゃべるところもそうです。クリンゴン語で話すシーンがこれほど多い映画は他にないと思いますよ」
「今は仕事として脚本を書いているけれど、仕事をはじめた頃は、ウェンディのように情熱のためにものを書いていました。ウェンディの物語は、若き日の情熱を思い出させてくれた」と語るベン・リューイン監督。“トレッキー”ではなくとも、すべての夢中になれる何かをもっている人にぜひ観てもらいたい秀作です!
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ベン・リューイン(Ben Lewin)
1946年、ポーランド生まれ。3歳の時、家族とともにオーストラリアへ移住。刑事弁護士となるが、映画へ転向。イギリスのナショナル・フィルム・スクール卒業後、BBCでディレクターとして働くなどTVでキャリアを築く。米国に進出後は、TVシリーズ『アリー my Love』などのエピソードを担当。映画『セッションズ』では、サンダンス映画祭の観客賞、審査員特別賞をW受賞するなど多くの国際的な賞に輝いた。
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『500ページの夢の束』(原題:Please Stand By)
『スター・トレック』が大好きで、その知識では誰にも負けないウェンディの趣味は、自分なりの『スター・トレック』の脚本を書くこと。自閉症を抱える彼女は、ワケあって唯一の肉親である姉と離れて暮らしている。ある日、『スター・トレック』脚本コンテストが開催されることを知った彼女は、渾身の作を書き上げるが、もう郵送では締切に間に合わないと気付き、愛犬ピートと一緒にハリウッドまで数百キロの旅に出ることを決意する。500ページの脚本と、胸に秘めた“ある願い”を携えて──
監督/ベン・リューイン
製作/ダニエル・ダビッキ、ララ・アラメディン
出演/ダコタ・ファニング、トニ・コレット、アリス・イヴ
2017年/アメリカ/英語/93分/カラー/シネマスコープサイズ/5.1ch/日本語字:桜井裕子
日本公開/2018年9月7日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給/キノフィルムズ
公式サイト
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