Column

2018.03.31 11:49

【インタビュー】アカデミー賞受賞辻一弘さんに聞く、 ゲイリー・オールドマンにオスカーをもたらした特殊メイクの極意とは

  • Hikaru Tadano

“最も敬愛されるリーダー”として政財界で絶大な人気を誇る元英国首相ウィンストン・チャーチル。ナチス・ヒトラーの脅威が迫る中、首相に就任したチャーチルの運命的な27日間を描いたジョー・ライト監督の『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』は、第90回アカデミー賞において、主演男優賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞のW受賞した話題作です。

主演のゲイリー・オールドマンの特殊メイクを手がけ、メイクアップ&ヘアスタイリング部門で日本人として初受賞という快挙を成し遂げた辻一弘氏。オスカー像とともに一時帰国時にお話を伺いました。

10代の頃から特殊メイクを独学で学んでいた辻さんは、メイクアップの巨匠ディック・スミス氏の仕事を知り弟子入りを志願。日本でのキャリア積んだ後、渡米し、25年間ハリウッドで特殊メークアップ・アーティストとして活躍。その道の第一人者となるも、2012年以降は映画界を離れ、現代美術家としての活動に専念していました。

が、ゲイリー・オールドマンから直々の依頼を受け、この作品を手がけることになったそうです。

――ゲイリーからの依頼はどんなものでしたか?

「メールがあり、話し合いしたいということで会いました。僕は考えたいから待ってくれと。2012年に決心して、映画を辞めたので、そう簡単に戻りたくはなかったからです。それで、考えた挙げ句返事を出しました。ゲイリーさんは、僕がもう映画を辞めていたことを知っていて、他もいろいろ当たっていたようです。でも技量が十分じゃなかった。それで、僕がもう”ノー”といったらこの役は諦めようと思っていたと言っていました」

――ゲイリー・オールドマン以外のスタッフも素晴らしい面々が揃った作品でした。監督のジョー・ライトも『つぐない』(07年)などを撮っている素晴らしい監督です。ライト監督とはどんな会話をされたのでしょうか。

「監督は、これまでメインのキャラクターが、これほどまで特殊メイクを必要とするような撮影をした経験がなかったので、不安が多かったようです。メイクの可能性と制限の知識もなかったので、その辺りの話はいろいろ説明しましたね。たとえば、撮影中に起こりうる問題などについても理解してもらい、撮影に望みました」

――どのように特殊メイクの作業は進めたのですか?

「テストを重ね、いい結果がでるまで答えを見つけるというような感じでしたね」

――試作にはどれくらい時間をかけたのですか?

「顔型をとってから2ヶ月で、3種類のテストメイクを作りました。そのあと1ヶ月かけてリファインし、それをロンドンにもっていってフィルムテストをしました。それにまた変更を加えて、1週間後にカメラテストをもう一度しました。だいたい5ヶ月くらいですね。(撮影の)スタジオの最終的なオッケーがでたのは、最初のフィルムテストのとき。プロデューサーサイドも責任があるので、みんながこれはいいというものができるまではスタジオには見せなかったですね」

――特殊メイクをする際、マスクにみえないように気をつけたという話でしたが、そのポイントはどこにあるのですか?

「メイクをすることで、役者を殺してしまったらダメなんですね。カバーしすぎると動きに制限がでてきていしまいますから。肌は若いとハリがあって動く。年齢がいきハリがなくなってきた肌だと、演技をしているうちにメイクにずれがでてくる。かといって貼り過ぎると表情が乏しくなるから、それを考えながら、どこをどう足して、まだチャーチルに見えるようにということも考えて、ベストのバランスを見つけ出すようにしました」

――演技を殺さないように本人らしさを残すのは、目の周辺なのでしょうか?

「そうですね。目の周りの肌は非常に柔かいので、なにかを貼ってしまうと表情がでなくなる。今回は、とくにドラマ作品だったので、顔の微妙な演技も要求されるし、クロースアップが多くなります。なのでその辺りを考慮しながら、デザインしました」

――久々にハリウッドに復帰して、変わったことはありましたか?

「それはあまりなかったですね。メイクに関しては、ずっと教えていたのと、素材の開発にもずっと関わっていたので、ギャップは感じなかったですね」

――クリエーターの方は賞のために仕事をしているわけではないと思うのですが、受賞したことで心情に変化はありましたか?

「映画業界にいたときは、(アカデミー賞を受賞することは)夢でした。これまでもノミネートされたことはありましたが、受賞する機会はありませんでした。ゲイリーさんは、今までも受賞していてもおかしくない素晴らしい俳優なのに、受賞経験はなかった。(受賞後は)改めてこの賞の重みを感じています。本当に意味のある仕事でした。ゲイリーさんには、この作品でぜひとってもらいたいと思っていたので、彼と一緒に受賞できたことがとても嬉しかったですね。ゲイリーさんが特別な人なので、なかなかあの人と同じような人はない。俳優の中には、特殊メイクが必要な役を受けておいて、文句をいう人も多い。人生と一緒で、状況に対して文句をいえばいうほど嫌になってくるものなんです。そういう役者さんは、仕事をしづらくさせて、上手くいかない。ゲイリーさんは、長時間のメイクにもまったく文句をいわずとてもやりやすかったです」

――若いハリのある肌のほうが特殊メイクはラクだということでしたが、ゲイリーの場合は、どうだったのでしょう?

「彼は60歳手前くらいなのですが、肌がとても強いんです。そのおかげで最後まで撮影がやりきれたのだと思います。肌が弱い人だとなかなか難しい」

――映画を観た感想は?

「最初に観たのは、ラフカット(完成前の粗編集したフィルム)です。ユニバーサルスタジオのスクリーニングで、ゲイリーさんとかプロデューサーと観ました。メイクがどうなっているのか、じっくり集中して観たかったので、みんなと離れて、前の方でひとりで座っていました。でも、観始めてしばらくするとメイクをチェックするのを忘れ、ゲイリーさんということも忘れて、物語の中に入ってしまいまいた。観終わった後に、すごい作品に関わったのだなということを実感した。しばらく動けなかった。素晴らしい作品だと思います。内容もストーリーもテンポもいいし。歴史物はだれる事も多いけど、これは2時間あっという間でした。この作品に関われてよかった。メイクとは意識させないメイク、それが僕が考えていたゴールだったんです」

――普段は、どういう映画を観ますか?

「映画は見ないですね。見るのは飛行機の中だけ。作家活動に入ると、3時間そのためについやすのがもったいないからです。その時間があれば、作品をつくりたい。飛行機の中ではやることがないから見る。TVも見ません。アイデアを考えたり、自分の感じたいものを感じたい。誰かのつくったものに反応している時間はないんです」

――今回のアカデミー賞で作品賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロ監督に伺ったのですが、あのクリーチャーの目は、辻さんが担当されたそうですね。その経緯はどういうものだったのでしょうか?

「ギレルモとは、『ヘルボーイ』で初めて仕事をしました。メイン・キャラクターの造形をリック・ベイカーさんが担当していて、当時私は彼のところで働いていたからです。マット・ローズというチャド・ウオーターがキャラクターデザインに関わっていたのですが、僕は、色塗りと髪の毛。あとは、コンタクトレンズの担当でした。僕は、それまでの映画で使用されていたコンタクトレンズのクオリティに不満があった。ずっとアイドクターの人に色塗りをやらせくれとずっと頼んでいたのですが、それがついに『ヘルボーイ』のときにオッケーが出たんです。そのときのコンタクトレンズをギレルモが気に入ってくれて、その後も彼の作品のいろいろクリーチャーの目をつくりました。『シェイプ・オブ・ウォーター』は、ギレルモにとって特別な映画。なので、目だけはやってくれと頼まれたんです」

――映画だけれど、特別にギレルモだから受けたんですね?

「そうですね。チャーチルの後じゃなかったかな?覚えていないですね。僕が今のスタジオを買う時に家を売ったのですが、そのときに、僕のつくったディック・スミスのポートレートを持って行くことができなかった。それをギレルモに言ったら、ギレルモが買い取ってくれました。今は、ギレルモのコレクションのひとつになっています。彼とはそういう関係もあったんです」

――この10年でハリウッドの技術はどう変化しましたか?

「技術は進歩するのでそれはいい。でも大事なのは、それをどう使うかと、こだわりですね。結構、特殊メイクが流行った頃は、やたらめったら使って、悪いものもいっぱいあった。それで淘汰されていきました。技術はあくまでも技術。いいもの、残っていくものは、こだわりと努力の結果ですね」

――辻さんから見て、特殊メイクで上手くいっていると思える作品はなんですか?

「やはりディック・スミスさんやリック・ベイカーさんが手がけた映画ですね。
ディックさんだと『アマデウス』(84年)、リックさんとは12年間一緒に仕事をしましたが、その前の作品だと、『狼男アメリカン』。この作品での特殊メイクは革新的でした」

この後は、拠点にしているLAで現代美術家としての作家活動に戻るという辻さんですが、また、スクリーンでも活躍していただきたい。気骨のある俳優や監督の方は、ぜひラブコールを送ってもらいたいものです!

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辻 一弘(つじ・かつひろ)

1969年5月25日、京都市生まれ。10代の頃から特殊メイクを独学で学ぶ。1987年、メイクアップの巨匠ディック・スミスの住所を雑誌で知り、文通を通して師弟関係を築く。黒澤明監督の『八月の狂想曲』(91年)、伊丹十三監督の『ミンボーの女』(92年)などの制作に携る。代々木アニメーション学院で講師を務めた後、96年に渡米。『メン・イン・ブラック』(97年)、『PLANET OF THE APES /猿の惑星』(01年)などを経て、07年に独立。『もしも昨日が選べたら』(06年)、『マッド・ファット・ワイフ』(07年)でアカデミー賞にノミネートされた。2012年より、美術彫刻に専念。2020年には日本でのエキジビションを開催予定。

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『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(原題:Darkest Hour)

「彼の決断が、歴史を変えた——。」
1940年、第二次世界大戦初期。ナチス・ドイツの勢力が拡大し、フランスは陥落間近、イギリスにも侵略の脅威が迫っていた。連合軍がダンケルクの海岸で窮地に追い込まれるなか、ヨーロッパの運命は、新たに就任したばかりの英国首相ウィンストン・チャーチルの手に委ねられた。嫌われ者の彼は政敵に追いつめられながら、究極の選択を迫られる。ヒトラーに屈するのか、あるいは闘うのか——。

「世界のCEOが選ぶ、最も尊敬するリーダー」(2013年PwCJAPAN調べ)に、スティーブ・ジョブズやガンジーを抑えて選ばれた伝説の政治家チャーチルは、最大の国難に直面したその時、いかにして人びとに勇気と希望を与えたのか?本作は、実話を基にチャーチルの首相就任からダンケルクの戦いまでの知られざる27日間を描く、感動の歴史エンターテインメント。

監督/ジョー・ライト
出演/ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、スティーヴン・ディレイン、ロナルド・ピックアップ、ベン・メンデルソーン
2017年/イギリス/125分
ユニバーサル作品

日本公開/2018年3月30日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給/ビターズ・エンド/パルコ
公式サイト

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