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2017.09.04 19:09

『ダンケルク』、鬼才クリストファー・ノーランが生み出した驚異の体験映画

  • kanio

※本記事では、『ダンケルク』で用いられている音響・表現の演出内容を紹介している箇所があります。

『ダークナイト』(08年)、『インセプション』(10年)で知られるクリストファー・ノーラン監督の最新作『ダンケルク』が9月9日(土)より日本公開される。米、仏、英を始めすでに公開された国では多くの批評家や観客から絶賛され2018年度アカデミー賞の呼び声も高い。

 

© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

舞台となるのは、第二次世界大戦下のフランスで1940年に実際に起こった「ダンケルクの戦い」である。ナチス・ドイツ軍の戦略によりダンケルクまで追い詰められた約40万人の英仏連合軍を撤退・救出させるため、時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルにより発動され軍艦のみならず民間の船舶や漁船まで総動員した史上最大の救出作戦「ダイナモ作戦」が描かれる。

 

と、ここまで聞くと「何だよいつもの戦争映画かよ!」と食指が動かない人もいることだろう。しかし、まず声を大にして言いたいのが、この作品は「戦争映画」という枠にとどまらず、歴史やミリタリーに明るくない人”だからこそ”その魅力の多くを堪能できる作品ということだ。

 

戦争映画の固定観念を覆す新たなアプローチ

まず、本作はいわゆる「戦争映画」ではない。ユニークなアプローチで戦場からの脱出劇を描いた「サバイバルストーリーのサスペンス映画」なのである。この事は監督のクリストファー・ノーランもそのつもりで製作した事を明言している。

 

「ダンケルクの戦い」は、舞台背景(歴史)であって、作中では従来の戦争映画のように小難しい作戦や各地の細かい戦況が描かれることは殆どない。それどころか、登場人物のセリフ自体がほとんど存在しないのだ。

 

映画が始まって1秒後、観客は戦時下のダンケルクに突然放り込まれ、そこからは「映像体験」としての戦場を休む間もなくひたすら体感させられる。登場人物の置かれている状況のディテールが不明確で、言葉でも多くを語らないことで、観客は、いま戦場で何が起きていてこれから何が起きようとしているのか、登場人物がいま何を考えて何をしようとしているかなどのイメージが限りなく広がり、自然と意識がそのキャラクターや舞台に没頭してしまうのである。

 

そして、戦争が舞台でありながら「敵の姿」というものが徹底して画面に映されないように撮影されている。これにより、視聴者は誰と戦っているのか分からない緊張を受け、戦争における”顔も知らない何者か”に命を奪われる理不尽さを直感的に感じとる。

 

そしてもうひとつ、本作では戦争を題材にした映画には珍しく「あるもの」が映されないようになっている。それが「血」だ。これには、ノーラン曰く「『ダンケルク』はサバイバルでありサスペンス。物語の強度を高めるには必ずしも流血表現は必要ではない」と述べている。

 

例えば『プライベート・ライアン』(98年)あるいは最近の『ハクソーリッジ』(16年)では、銃火器や兵器を用いられた血生臭い人命の駆け引きが描かれるが、『ダンケルク』を観ると納得できるのだが、確かにこの作品が「観客に与えようとしている体験」という観点から見ると、その体験を与えるために流血やゴア表現を入れることは重要とはいえないだろう。さらに、レーティングを下げたことで、この作品を1人でも多くの人が観賞できる環境に持ち込んだ事に大きな意味があるのだ。

 

そしてこの「血を流さない演出」は、本編中ものすごく効果的なギミックとして機能する場面が用意されている。意識しないと何気ないものとして見逃してしまうかもしれないが、是非その場面を見つけてその意図に注目してみてほしい。

 

息を飲む撤退戦。生存し故郷に帰るための“逃げる戦争”

基本的に戦争映画の多くは、その悲惨さを通して人の「生」や「死」、また歴史の「過去」や「未来」を描くものが数多い。

 

『ダンケルク』でもそういった本質的テーマが内包されていないわけではないのだが、本作でスポットが当てられるのはあくまでも「撤退戦」であり、「自ら生き残り、他者を生存させ、故郷に帰る」ことにフォーカスされた戦争映画なのである。題材が「ダンケルクの戦い」であることからもある程度窺えるのだが、本作は安直に形骸化された反戦思想やイデオロギー的に戦争の悲惨さを訴える映画ではない。ダンケルクの絶望的な戦いの中でも消えることのない人々の勇気や希望、そしてそれにより未来を繋げていく団結の精神(ダンケルク・スピリット)を描く作品なのだ。

 

本作には3人の主人公が設定されており、それぞれ陸・海・空の視点から群像劇形式を用いた異なる時間軸で撤退作戦の行方が描かれる。陸では英国の二等兵を主人公としたダンケルク海岸からの脱出が、海では兵士たちを祖国へ返すため、ダンケルク海岸へ船で向かおうとする民間人の親子が、空では飛行可能時間1時間となった戦闘機パイロットの物語が描かれる。

 

そして、これら3つの物語を引き立てるのは「時計の秒針」だ。本作では、作中ほとんどのシーンで時計の秒針の音がカチカチと流れ続けるのである。これは「無限音階(シェパード・トーン)」と呼ばれるクリストファー・ノーラン監督が得意としている演出の1つなのだが、秒針の音だけでなく時にそれは環境音だったり、BGMの音階だったりと様々に形を変えて視聴者の緊張や焦燥感を煽ってくる。

 

本作の登場人物は誰もが常に「何か」に追われて、それから逃げたり抗ったりしている。それは時に「敵」であり「時間」でもある。これにあいまって、「立ち止まってはいけない」、「常に動き続けなければならない」という焦燥感や緊張が観客にも湧いてくるのだ。この秒針(無限音階)のギミックも演出として画面上の展開に合わせてとても上手く用いられている箇所があるので、余裕があれば注意しながら聴いてみるとおそらく新たな発見があるだろう。

 

実物至上主義が生んだ、究極の映画体験

クリストファー・ノーランは実写撮影至上主義者であることで有名だ。『ダークナイト』(08年)ではCGではない本物の病院を丸ごと爆破する様子を撮影し、『インターステラー』(14年)では宇宙船をプロップモデルとして実際に組み上げたり、ジェット機の先端にカメラを取り付け成層圏から見える本物の地球を撮影したりと、とにかく実物撮影にこだわる姿勢を貫いている。このノーラン監督のこだわりは、もちろん本作『ダンケルク』でも徹底されており、戦闘機や軍艦の多くは実物を用意し、主要の場面も史実に沿いダンケルクの海岸で撮影されている。

 

しかし、この『ダンケルク』ではIMAXカメラで撮影された美麗かつダイナミックな映像だけでなく、是非その「音響」をも堪能してもらいたい。いつ止まるか分からない無骨なエンジン音、遠くから次第に迫ってくる爆撃音、鉄を貫通する銃弾の音、そのどれもが思わず目を瞑ってしまうくらい身体の芯まで重く鳴り響いてくるのだ。

 

当たり前のことだが、映画を観る観客は、理屈で作品を見ているわけではない。そうなると、いかにして観客に対して「映像」と「音」で直感的に訴えかけ、行ったこともない場所、経験したこともない戦争を映像で体験させるかという工夫が必要となる。この作品では、「人が死んだら悲しい」とか「銃弾が当たったら痛い」とか、そういう共通認識で持っている実際に目の前にない本能的かつ直感的なフィクションを体験させる設計がとてもよく作り込まれている。「戦場体験」に対する難易度的なものと体験的なもののバランスが絶妙に均衡して、誰でも楽しめるように落とし込まれているのだ。

 

もしあなたがIMAXで観賞できる環境にいるならば、是非この絶妙にマスタリングされた映像や音響を最大限に楽しむために、個人的には「観ること」以上に「聴くこと」に注力することを強く推奨したい。

 

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© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

『ダンケルク』(英題:Dunkirk)

フランスの最北端の港の町、ダンケルク。ナチスドイツ軍によって追いつめられた英仏軍約40万人の史上最大の救出作戦を、若き英国兵士トミーらの視点から描く。『ダークナイト』、『インセプション』で知られるハリウッドのヒットメーカー、クリストファー・ノーラン監督が初めて実話をベースにした戦争映画に挑戦した話題作。

 

監督・脚本・製作/クリストファー・ノーラン

出演/フィオン・ホワイトヘッド、トム・ハーディ、マーク・ライランス、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、ハリー・スタイルズ ほか

上映時間106分/7月21日全米公開、9月9日日本公開

公式サイト